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ドイツワイン通信 Vol. 31

公開日: : 最終更新日:2014/09/08 北嶋 裕の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ

ドイツワインとこれからの日本市場

ここ数日肌寒い日が続いている。
家族も風邪気味でゴホンゴホンと咳などしているが、三年ぶりのドイツ再訪を目前に控えている身としては二重の意味で気が気では無い。
一つは私自身体調を崩しては元も子もなく、3月のプロヴァイン断念のリベンジが不発に終わってしまうのはなんとしても避けたい。
もう一点は家族が寝込んでしまったら、それはそれで動くに動けない状況になり、せっかく大枚をはたいて買った航空券が無駄になってしまうのも悔しい。

寒の戻りと霜の害

そんな訳で寒の戻りに戦々恐々としている今日このごろなのだが、ドイツではつい先日の16日(水)と17日(木)早朝、各地のブドウ畑で氷点下2~4℃前後の寒気を記録した。
バーデン、ファルツ、フランケンでは畝の間で焚き火を炊いて送風機で暖気を送ったり、ヘリコプターを低空飛行させたりして新梢の凍結を防いだそうである。
霜害対策にはお金がかかる。
ヘリコプターを一機早朝に飛ばすと一回で5~6000Euro (約70~84万円)かかり、焚き火用のパラフィンの入ったバケツが一個9Euro (約1260円)前後で1ヘクタールあたり最低200個は必要だという。しかし手をこまねいていれば2011年5月4日早朝のように壊滅的な被害を被らないとも限らないから選択の余地は無い。
あの時はフランケンでは収穫ゼロという畑もあったが、それに比べれば今回の被害はまだ軽微で、深刻な所でもせいぜい3割止まりと聞いている。不幸中の幸いと言うべきか。
近年は温暖化の進行でブドウ樹の発芽時期が早まるとともに遅霜のリスクが高まっている。
特に今年は暖冬で平年より発芽が2~3週間も早かったので、生産者達は4月上旬から寒の戻りを心配していた。
みずみずしい緑色をした新梢は木質化した枝と違って寒さにあっという間にやられてしまう。水分が凍って細胞が破壊された枝は、霜焼けのように褐色になって枯れ落ちる(下写真参照)。
日本では暑さ寒さも彼岸までという。ドイツの言い習わしでは「聖ゾフィー(5月14日)過ぎれば霜はなし」である。5月下旬にはいるとようやく、少なくとも霜に関しては、農業関係者は胸をなで下ろすことが出来るのだ。

2011年5月4日の遅霜にやられたリースリング。ザールのカンツェムにて。(筆者撮影)

 

日本市場に関するドイツワイン基金のコメント

さて、前回のドイツワイン通信(Vol. 30)では日本のドイツワイン市場が息を吹き返しつつあるとお伝えした。長年続いていた輸入量の減少は2009年に底を打ち、2012年から明らかな上昇傾向に転じている。
その背景には近年新たにドイツワインを扱う輸入商社が登場したことがあるのではないかと述べたのだが、私のあてずっぽうではどうも物足りなかったので、マインツのドイツワイン基金で長年アジア市場担当マネージャーを務めるマニュエラ・リープヒェンさんに聞いてみた。
以下は彼女のメールの意訳である。

「日本人は実験が好きでいつも目新しいものを探しているようだけれど、ワインについては慣れ親しんだ旧世界のワインに回帰しつつある。その流れでドイツワインの品質の高さが再び見直されている。
ここ数年は収穫量がとても少なかったから、ドイツから輸出量を大幅には増やせなかった。日本向けの輸出量は一定水準を保っていたけれど、その市場自体は成長している。だからいずれにしてもドイツワインがこれから伸びる可能性はあるでしょう。
近年はヨーロッパでもより軽めのワインが好まれる傾向があり、ドイツワインにとっては有利な状況です。だからドイツの生産者は500円ワインとして販売されるような低価格帯の商品を、今後日本に出荷することは出来ません。」

なるほど、見る立場が違えば見えてくるものも違うものだ。リープヒェンさんの目からすると、日本人は好奇心旺盛で新しい物好きのようだ。何をもって「実験好き」と言うのかイマイチよくわからないが、脂肪燃焼効果のあるお茶とかコーヒーやサプリメントの氾濫を想起すると、彼女の指摘もわからないではない。
目新しいものに振り回される傾向があるということか。 また、旧世界のワインが見直されていることが事実であるとしても、そこからすぐにドイツワインが見直されるかどうか。日本では旧世界のワインと言えばフランス・イタリアであって、ドイツはどちらかといえば新世界と旧世界の中間のグレーゾーン、ある意味この世とあの世の真ん中あたりにある。だから怖がってだれも正体を確かめに行こうとしないし、昔の状況から今も変わっていないと信じている人も少なからずいるようだ。
とにかく、フランス・イタリアのワインが売れたからドイツワインが見直されたのではなく、そこには別の原因があると思うのだが。

 

オーストリアワイン大使選抜制度とドイツワインケナー試験

彼女のコメントを読んで正直なところ、ドイツワイン基金は日本市場でドイツワインがどう受け入れられているのか、わかっているのか少々不安になった。
ともあれ、日本でドイツワインの認知度を高めるために何か仕組みを作る必要がありそうだ。
そこで思い浮かぶのが、先日開催されたオーストリアワイン大使選抜試験である。
2008年以来3年に一度プロフェッショナルを対象に開催されるコンテストで、今回は77名の応募者の中から筆記試験で20名が最終選考に進み、産地と品種、土壌と醸造方法、さらに料理との相性まで問われるブラインドテイスティングと、5名の審査員を前に行われる口頭試問で選ばれた上位10名がオーストリア研修旅行に招待された。

去る4月10日にオーストリア大使公邸で行われた表彰式では一人ずつ壇上に呼ばれ、駐日オーストリア大使とオーストリアワインマーケティング協会会長のヴィリ・クリンガー氏からバッジと表彰状を渡され、華やかな喜びに満ちた表彰式だった。
一方、ドイツワインにも資格認定試験はある。日本ドイツワイン協会連合会が主催するドイツワインケナー試験だ。ワインケナーとはドイツ語でワイン通を意味する。
ケナー試験と上級ケナー試験の二部門からなり、ケナー試験の合格者が上級ケナー試験を受験することができる。
受験資格にアマチュアとプロの区別はなく、昨年はケナー・上級ケナー合わせて145名が受験し112名が合格した。筆記試験とテイスティング試験があり、認定証授与式ではトップ合格者2名がケナークラブの主催するドイツワインツアーに優待された。
この二つの資格試験を同列に比較することは出来ないだろう。
前者はプロを対象とした選抜試験であり、大使資格を与えられた者はその後オーストリアワインに関するイヴェントやセミナーを開催し、情報を発信していくことが求められている。資格の授与はスタート地点なのである。

一方、ケナー試験は合格をもってゴールとなっている。
受験者は試験の準備で知識を深めたり確実なものにしていくので、ドイツワインの認知度を上げる制度という点では大いに意味があるのだが、その後の情報の発信までは求められていない。
また、ケナー試験が様々な知識を三択で問われるのに対し、オーストリアワイン大使の筆記試験は以下の設問に対する解答を自宅で執筆し提出するのだが、規定の書式や枚数制限はなく、中には150ページを超える大作もあったという。

1.  世界の中のオーストリアワイン 世界のワインの中で見た場合、オーストリアワインはどのような特徴をもち、どのような位置づけにあるのかを、自由な視点から述べて下さい。
2. 日本でのオーストリアワイン あなたが日本市場のオーストリアワインPR・マーケティング担当の場合、その魅力を効果的に伝えられる具体的な提案をして下さい。
この他にワイン教育関係者には授業で使うテキスト例の作成、その他ワイン業務関係者には商品構成案とその理由が求められたが、全員に課される上記の2問「世界のオーストリアワイン」と「日本でのオーストリアワイン」は、そのままドイツワインに置き換えて考えてみたいテーマである。
世界のワインの中でドイツワインはどのような特徴を持ち、どのような位置づけにあるのか。また日本市場でドイツワインの魅力を効果的に伝えるにはどうしたらよいのか。ドイツワインに関わる仕事をしているなら、一度真剣に向き合う意味のある設問だと思う。

実際、ドイツワインでもオーストリアワインにならって、ドイツワインを積極的に発信する大使のような任務を負った人材を増やしていってはどうかという案もある。その際オーソライゼーションという意味でもドイツワイン基金の支援は欠かせないだろう。
ただドイツワインの場合はオーストリアワインよりもファン層が厚いことが、審査基準上のネックになりそうな気もする。私のような若輩者は大御所より若手醸造家を注目し、甘口よりも辛口系に魅力を感じるのだが、人生の先達には甘口と伝統的な醸造所のワインこそ本物と信じている方も少なくないようだ。
ドイツワインファンの年齢層の幅広さや異なる価値観はドイツワインの潜在的な強さであると同時に、意見の対立をも内包しているように思われる。しかし市場を活性化させるためには新しい息吹を吹き込まなければならないことは自明の理であろうし、認知度を高め定着させるには空虚なイメージ戦略ではなく、ありのままの真実を伝えていかなければならないと思う。 私ごときがあれこれ考えても仕方のないことかもしれないが、せめてドイツワイン基金にはこうしたことを真剣に考えてほしいと願っている。
(以上)

 

北嶋 裕 氏 プロフィール:
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会 員。

 

 
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