ドイツワイン通信Vol.50
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北嶋 裕の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
収穫総括と転機に立つ日本市場
早くも師走が目の前に迫ってきた。時が過ぎるのは早いものだ。ドイツでは11月下旬からクリスマスマーケットが始まり、年末の気配がグリューヴァイン、焼きたてのクッキーや樅の木の香りとともに漂い始める。この時期、ぶらりとワインバーへ立ち寄ろうとすると「本日貸し切り」の看板に遮られることがある。ドイツの会社でも忘年会があるのだ。冬のボーナスは「ヴァイナハツゲルト」、つまりクリスマスの臨時手当と呼ばれ、もともと家族や親類に贈るプレゼントやごちそうを作る材料を買うための一時金として支払われたそうだ。昔は一ヶ月分の給料額が出るのが普通だったらしいが、最近ではほんの気持ち程度の額だったり、全く支給されないというか、毎月の給料に含まれている場合も多いと聞く。いずれにしても、醸造所やワインショップにとっては重要な商機であり、試飲会やクリスマスセールの案内が頻繁に届くのもこの時期の風物詩である。
さて、11月も下旬に入り、ドイツの収穫はアイスヴァインを残して無事完了した。11月16日にマインツに本部のあるドイツワインの広報マーケティング組織ドイツワインインスティトゥート(DWI)は、『ヴィンテッジ2015に生産者は歓喜』と題したレポートを発表している。それによれば、「非常に健全で完熟した香り高いブドウにより、白ワインは素晴らしく果実味豊かで調和がとれ、赤ワインは凝縮して充実したものとなるだろう。さらにアウスレーゼからトロッケンベーレンアウスレーゼに至る高貴な甘口ワインも、例年にないほど質量ともに素晴らしいものとなった。(改行)全国の生産地域の収穫量総計は最新の見込みでは約900万hℓと、ここ10年間の平均値前後であり、昨年をわずかに2%あまり下回った。非常に乾燥した夏のため収穫量は同じ醸造所でも土壌の保水力や樹齢により大きく異なり、個々の生産地域の中でも差がある」という。続いて各生産地域の状況を手短にまとめているので、先月お伝えしたモーゼルのリタ&ルドルフ・トロッセン、バーデンのエンデルレ&モル、ファルツのオーディンスタールの収穫状況報告に関連して、今回はDWIのレポートの中からバーデン、モーゼル、ファルツについて紹介する。まずはモーゼルから。
「モーゼル:心配は杞憂に終わり、見事な生産年に。
9月にモーゼル、ザール、ルーヴァーの生産者たちは不安に震え始めた。昨年のようにブドウが熟し切る直前になって雨が降り、また稲妻のように猛烈な早さの収穫が必要になるのだろうか?と。しかし黄金色に輝いた10月は、それまでの心配を吹き飛ばしてくれた。夜の冷気と、雨が降るたびにブドウを乾かした東風が、収穫を完璧に健康な状態に保った。早熟品種の中には9月中旬に収穫されたものもあったが、本収穫は9月下旬のミュラー・トゥルガウから始まり、ブルグンダー系、そしてエルプリングへと続いた。10月最初の2週間に理想的な秋晴れのもとで行われたリースリングの収穫は、急斜面では11月初旬まで続いた。総括して振り返るとリラックスした収穫で、時折計測した果汁糖度に期待をふくらませた年だった。例えばリースリングの果汁糖度は平均85エクスレ度でシュペートレーゼに相当した。このとても良い生産年の有終の美をアイスヴァインで飾ろうと、ブドウ畑の一部を収穫せずに残している生産者も少なくない。唯一残念だった点は、収穫量が多くの地区で前年を下回ったことだ。合計795,000hℓで平年を3%下回り、前年に比べると8%も少ない。2015年産はフルーティで大変調和のとれた、甘味と酸味のバランスが美しい白ワインになるだろう。赤ワインは生産量の10%を占めるが、色の濃いものになるだろう。愛好家とモーゼル地方を訪れる人々は、多くの高品質なワインを楽しむことが出来そうだ。」
「バーデン:絵に描いたような秋、でも量は少なめ
南北に長く延びた生産地域なので、当然ながら気象条件は様々だった。しかし夏に40℃以上の暑さが何日も続き乾燥も8週間続いたことが、今年のバーデン産ワインの個性に影響を与えている。猛暑で知られる2003年産がしばしば引き合いに出されるが、カイザーシュトゥールとトゥニベルクの周辺では5月13日に雹を伴う豪雨が降った。ブドウ樹の生育は当初から平年よりも約10日あまり先行した。開花は5月末に始まり6月10日には完了。古木のブドウ畑は乾燥によく耐え(当然立地条件と土壌次第だったが)、例年よりもブドウは小粒で、得られた果汁も少なかった。結果、バーデンの収穫量は合計116万hℓで、前年を10%以上下回り、平年と比べても明らかに少なかった(-6%)。9月14日から10月最初の週まで続いた本収穫は最上の天気に恵まれ、速やかに、しかしリラックスして行われた。大変健康で見事に熟したブドウは、非常に上質でフルーティかつストラクチャーの明瞭な白ワインと、黒みを帯びて力強い赤ワインになるだろう。酸度はほどほどで、消費者の好む水準に落ち着いている。」
「ファルツ:猛暑と偉大なワイン
ブドウ樹が4月に発芽した当時から既に、ファルツでは普段よりも乾燥していた。4月の降雨量は平年よりも46%少なく、5月には60%も下回った。夏はずっと乾燥して、7月と8月は非常に暑かった。しかし8月末に降り始めた雨とともに涼しくなったことは、極度の乾燥と果汁糖度の上がりすぎを防ぐには丁度良いタイミングだった。ブドウは健康に熟して、時期的には早かったが、落ち着いたスムーズな収穫となった。全体的に素晴らしい状態で、ワインの仕上がりも期待出来る。赤ワイン用ブドウは乾燥と暑さが幸いして、充実し洗練されたものになるだろう。甘口は非常に華やかで、リースリングやブルグンダー系は酸のバランスが見事でエレガントな、なめらかな果実味が期待できる。アロマティックなゲヴュルツトラミーナー、ショイレーベ、ソーヴィニヨン・ブランはこの気象条件でポテンシャルを余すところなく発揮した。ファルツの収穫量は約220万hℓで平年を約1%下回る。砂質土壌は他の下層土壌よりもブドウ樹が深くまで根を伸ばして給水可能だったので、収穫量の低下は少なくて済んだ。」
(DWIのレポート原文:
http://www.deutscheweine.de/aktuelles/meldungen/details/news/detail/News/weinjahrgang-2015-laesst-winzer-schwaermen-1/)
・減少が続いた日本への輸入
いずれの産地も2015年産の仕上がりには期待して良さそうだ。2005年、2009年、2011年に続く優良年となるものと思われる。その一方で日本国内のドイツワインの状況は、昨年も順調とは言えない状況だったようだ。今年7月に発表されたメルシャン(株)の『ワイン参考資料』(http://www.kirin.co.jp/company/data/marketdata/pdf/market_wine_2015.pdf)によれば、2014年のドイツ産ワインの輸入ワイン全体に占める割合は、2013年の1.8%をさらに下回る1.6%に減少し、輸入量では2013年の3,324kℓから2014年の2,980kℓへと10.3%減っている(統計は1~12月、財務省関税局調べによる「ぶどう酒(2L未満)」の数量による)。ドイツのDWIが今年9月に発表した統計資料(2015/2016 Deutscher Wein Statistik)によれば2013年のドイツからの日本向け輸出量は3,400kℓ、2014年は2,800kℓで、ドイツ統計局の数字を使っている為か日本側の数値とズレがあるが、やはり前年比17.6%の減少で、金額ベースでは1400万ユーロから1100万ユーロと21.4%も落ち込んでいる。もっとも、これは日本だけの状況ではなく、フランス向け輸出も量ベースで21.1%、金額ベースで37.5%、最大の輸出相手国である合衆国向けも量ベースで10.7%、金額ベースで8.2%減少しており、ドイツからの輸出量全体では9.3%、輸出額全体で5.7%減少していることからも、2013年産の収穫量が平年よりも8.2%少ない840万hℓに留まったことが影響したものと見られる。
2015年産は上述の通り平年並みの900万hℓの収穫が予想されており、今年主に輸出された2014年産も収穫量は920万hℓであったことから、2015年の日本への輸入量は上昇へと転じていることが期待される。
・DWI日本支部の再開
来年以降の日本のドイツワインをとりまく状況が良い方向に向かうことが期待されるもう一つの理由は、2009年に一度撤収したDWIの日本支部が再開されることである。といっても現地から人員が送り込まれるのではなく、公募により選ばれたPRやイヴェントの企画運営実績のある会社なり事務所が事業を請け負うことになる。書類選考で絞られた複数の候補者が、本部のあるマインツでプレゼンテーションを行い、年内には決定するという。
来年7年ぶりにドイツワインのプロモーション拠点が再開されることは、何はともあれ喜ばしく、その活動にも期待が寄せられる。一方、これまで草の根運動のように地道にドイツワインの普及啓蒙活動を続けてきた団体-例えば各地のドイツワイン協会やリースリング・リング、あるいはほぼ毎月ドイツワインセミナーを開催してきたフェイスブックの東京ドイツワインサークルや、自主的にインポーターを集めて青山ファーマーズマーケットでドイツワイン試飲イヴェントを主催した有志たち-の志がつながるよう、サポートすべき団体には今後も支援の手をさしのべて欲しいと思う。
そういえば、伝え聞くところによると来年から新しくドイツワインの国際的な資格試験を始めることが検討されているという。運営はマインツのDWI本部が行うが、日本にも導入されることになるらしい。新しい試験がどのような形で開催され、誰が審査にあたるのかはわからない。しかしいずれにしても、日本のドイツワイン市場に新風を吹き込むことになりそうだ。
今年ドイツでは素晴らしい収穫に恵まれた。そして来年日本では広報拠点が再開される。日本におけるドイツワインをとりまく環境は、今、大きな転機を迎えていると言えそうだ。
(以上)
北嶋 裕 氏 プロフィール:
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。
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