合田玲英のフィールド・ノートVol.35
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ライブラリー, 新・連載エッセイ, 合田 玲英のフィールドノート
Vol.35
本年10月にスローフード協会により、トスカーナで開催された試飲会でのこと。2016年版『スローワインガイド』出版お披露目も兼ねていたので、試飲会の始まる前に参加生産者たちにより会合が開かれた。ガイドの責任者たちが壇上でスローワインの理念を語り、話の要所々々で生産者たちが大きな拍手を送っていた。全ての内容を理解するには語学力が全く足りなかったが、近くにいた生産者達の助けを借りながら少しばかり理解出来たところもあった。まだまだワイン関連以外の単語は分からないものばかりだ。
「マヌファット」(Manufatto)という単語は、イタリア語で製造品というの意味で、特に手作りによるものに使われる単語だと思っていた。ので、会合の中で”ワインはマヌファットであってはならない!”という言葉とともに生産者達が拍手喝采した時は、聞き間違えかと思った。辞書で調べると、手作りの製品という意味が見つかるけれど、文脈によっては工業製品という意味になってしまうようだ。
ワインは人間が造り出したものであってはならず、自然からの賜物であるブドウが、誰の手と手助けによって生まれたのかが大事であり、つまりはワイン生産で重要なのはブドウ栽培だということなのだが、話はそこで終わらなかった。現在ピエモンテを見渡すと畑の耕作者はマケドニア人やルーマニア人をはじめとする東欧の人ばかりで、これでピエモンテのワインと言えるのかということまで言っていた。だけれど、イタリアの重要産業であるワイン造りを法的に締め付け、機械化を進めないと採算が合わないような仕組みを作り上げている政策批判にまで話は発展せずに、会は終わった。
フランスとイタリアのような主要なワイン生産国では、栽培からビン詰めまでをその地域の人の手だけで行えているところは、ナチュラルワインの生産者といえども、ほとんどない。フランスでは収穫時期やその他の繁忙期には、イタリア人やスペイン人、ポルトガル人が季節労働者として働きにやってきている。そのイタリアやスペインでは、東欧や北アフリカから多くの人が働きに来ている。生産者の友達や、日本人が気軽に収穫を手伝いにいっても、見つかったら即罰金。季節労働者を雇いたい場合は、彼ら生産者が登録をしている地域の共同組合や斡旋所から派遣してもらう仕組みだが、その場合は毎回ゼロから作業の注意点を教え直さなければならないし、説明しようにも言葉が壁になる場合も多い。
地域の人の手のみで生産されているワインと言われると、ジョージアのワインくらいしか思いつかない。醸造家が外国からやってきて、ある地域のブドウを買い付けて醸造することも多いが、その場合は醸造家に興味がいってしまい、ブドウの栽培者にはスポットライトが当たりにくい。
もちろんフランスやイタリアでも、全工程が地域の人だけでおこなわれているところはあって、一番に思いつくのはシチリア島エトナ山のイ・ヴィニェーリだろうか。働いている人は皆エトナの人間で、牛飼いがいたりチーズ職人がいたりと他の本業を持っているが、収穫の時期には手伝いに来る。それも毎年ほぼ同じメンバーで、余計な説明の必要もないし、剪定ばさみも彼らが持参するという具合。イ・ヴィニェーリの醸造の指揮をとっているサルヴォ・フォティもエトナの出身で、彼がエトナでワインを造るというプロジェクトを立ち上げた時は、この地の人間だけでワインを造ると強く心に決めたそうだ。
他にはトスカーナのラ・ジネストラというワイナリーもある。ここは古い農家の協同組合を地域の若者たちが引き継いでいて、ブドウを栽培してワインも造れば、動物も飼っており、蜂蜜や穀物も生産している。それぞれ役割分担されているが、それぞれの生産物の繁忙期がずれているので、お互いの仕事を手伝うことができるようになっている。バルバレスコのリヴェッラ・セラフィーノでは、2haの土地をオウナーのテオバルドが一人で管理し、収穫時期も妻と親戚1名という極端な少数精鋭。だが、有名生産地で昔からそこに住んでいるからこそできることでもある。
しかし、ワイン造りになによりも大切なのは情熱だ、といろいろな生産者を見ていて思う。情熱があり誠実であれば、どこの国の人間であろうと働きに来てくれたら、生産者としては大歓迎だ。しかし、たまに働ける生産者を紹介してくれないかと聞かれるけれど、フランスやイタリアでは本当に難しい。ドイツ、モーゼルのトロッセンはWWOOFを活用していて、様々な国籍の人がブドウ栽培やビオディナミについて学びに来る。収穫期に体験料として形だけお金をとり、友人や興味のある人が手伝いに来たり、参加できるようにする方法もあるみたいだ。フランスではあまりそういう話を聞かないけれど、生産者側も有用な人材を集めるための情報を、積極的に集めたほうが良いのかもしれない。
むろん、ワイン造りはフランスやイタリアだけではないので、ワイナリーで研修をしたい人はいろんな国へ行ってみてほしいと思う。さまざまな地方でワイン造りを体験して学ぶことが多かったので、研修希望のかたにはぜひとも各地で体験をすることをおすすめしたい。
合田 玲英(ごうだ れい)プロフィール
1986年生まれ。東京都出身。≪2007年、2009年≫フランスの造り手(ドメーヌ・レオン・バラル)で収穫≪2009年秋~2012年2月≫レオン・バラルのもとで研修 ≪2012年2月~2013年2月≫ギリシャ・ケファロニア島の造り手(ドメーヌ・スクラヴォス)のもとで研修 ≪2014年~現在≫イタリア・トリノ在住
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