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『ラシーヌ便り』no. 122

公開日: : 最終更新日:2016/01/04 定番エッセイ, 合田 泰子のラシーヌ便り, ライブラリー

no. 122

 新年おめでとうございます。

 新年を明るい話題で出発したいと思っていたところ、待望のワインの船積みが暮れぎりぎりに確定したという連絡が届きました。

  一つは、我らがニコラ・ルナール。やっと。リリースです。

 ラシーヌ便り108号でお知らせしましたように、「ニコラ・ルナールの本気」が姿を現します。「ヤスコ、僕を覚えてますか? ワインを作ったので見に来てください」

と、携帯からショートメールが届いたのが、2014年1月。早速アンボワーズを訪ねて、ー樽に満たないシュナン・ブラン2013年をテイスティングし、ニコラの復活を感激のうちに祝いました。当時われらのニコラはまだローヌに住んでいて、サン・ペルレの2011年、2012年と2013年が醸造中。と同時にニコラは、ロワールでのワイン作りに向けて準備を始めていました。

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 ところが、2011年のサン・ペルレが無事届いた後、2012年と2013年産が予定の時期が来ても音沙汰がありません。連絡がプッツリと途切れたまま、梨のつぶてです。「また、どこかに消えちゃったのかしら?」と半ば諦めかけていました。

 風来坊のニコラは、周辺の作り手とも交流がない様子。 誰に聞いても、「最後に見かけたのは2003年頃のディーヴかな」という始末。フランスでも、いまや忘れられた存在も同然でした。1995年と1996年に、あのすさまじいジャニエールを作っていたことを知っている人も、もうほとんどいません。

 2015年4月には、アンボワーズのセラーに様子を見にラシーヌのスタッフが行くという連絡を、期待せずに送りました。いざ訪問してみたら、ネット環境も整っていない作業場で、ニコラは寝泊まりしながらワインを作っていたのです。それで少し安心したのでしたが、2013年と2014年のシュナン・ブラン、ソーヴィニョン2014年がいつ出てくるか、待てど暮らせど連絡がありません。

 「私も50歳、最後にいい仕事をしたいからね」

というニコラの言葉に歓喜していたのに、まさかのぬか喜びだったのか、と歎きながら時間が過ぎて行きました。

 ところが2015年も押し詰まった12月2日になって突然、

 「12月7日、集荷に来てください。ラベルと印刷代用のお金が足りない」

と、いきなり入金催促メールです。ニコラもワインも無事というわけで、一同、安堵の胸をなでおろしました。

 さて、2016年2月にはサン・ペルレ、シュナン・ブラン、ソーヴィニョン、が一挙に届きます。ニコラの復活を祝してロワール地方のお料理と、細身で繊細なシュナン・ブランを楽しむ会を開かなくては、と大きく期待がふくらみます。

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   さて、もう一つはイタリアです。全貌をお知らせするのは、もう少しお待ちください。ラシーヌの今後数十年を共に歩む、至宝の登場です。暮れに訪問いたしました際、ジャンフランコ・ソルデラさんがおっしゃっていました。「人生には、いろんなことがあるし、どんなに国の政治がひどくったって、笑って前に進んで生きていかなくてはね」。その言葉が印象に残っています。

 今年も、世界のどこかで、戦(いくさ)の響きが収まりそうもありません。攻撃の応酬はやまず、憂いは絶えることはありません。「正義のための戦い」という言葉だけが、むなしく飛びかっているだけ。ですが、せめて身近な人々への温かな思いやりをいつも持って、おたがいに良い年となりますよう努力していきたいと思います。

 

 いつもながら、変わりつつある「ラシーヌの今」を、ご一緒に楽しんでおつきいただきますよう、お願い申し上げます。

合田泰子

 
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