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ドイツワイン通信Vol.51

公開日: : 最終更新日:2016/01/04 北嶋 裕の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ

ドイツのナチュラルワイン最新事情など

 11月末から12月初旬までドイツに行ってきた。これで2年続けて年3回訪独していることになる。今回は久しぶりにトリーアをまる一日かけて散策した。13年間住んでいたアパートは相変わらずそこにあったし、ローマ時代に建築された劇場跡を見下ろす丘にある、足繁く通ってはブドウの生長を写真に撮った畑も、大体変わっていなかった。大体、というのは一部の区画が以前より丁寧に栽培されている一方で、逆に荒れ放題になっている区画もあり、その差はトリーアを去る直前の4年前の記憶よりも歴然としていた。そして駅の裏手の斜面にある畑ではブドウ樹が引き抜かれ、赤茶けた地面が寒々しく露出していた。幸いそこに何かが建設される訳ではなく、リースリングに植え替えるだけだとその畑を所有する醸造所から聞いて、ほっとした。トリーアは私の心の故郷である。いつまでも変わらないでいて欲しい。そしていつかまた、舞い戻って住みたいと願っている。

 

ドイツワインのプロモーション再開

  さて、前回のドイツワイン通信でお伝えしたドイツワインの広報機関の日本支部は、ソペクサ・ジャポンが担当することになったそうだ。フランス食品振興会がドイツのワインをプロモーションするとはいささか奇異の念を禁じ得ないが、現在はフランスの農産物だけでなくポルトガルワインやメキシコ産のアヴォカドの日本でのプロモーションも手がけているそうだから、ドイツワインのPRに手を貸しても不都合はないのだろう。ワインのイヴェント運営は手慣れているし、プロモーションはお手のものだ。さらに世界各地に事務所を構える組織力からしても、マインツのドイツワインインスティトゥート(DWI)が彼らを選んだのもわかる気がする。

  しかし考えてみれば、日本のワイン市場ではフランスワインが基本となっているようだ。先日とあるワインスクールでドイツワインの歴史についてお話させて頂いた際、フランスワインの歴史をからめると参加者に伝わりやすかったのでは、というご意見を頂いた。というのも、ワインの資格を取得する際の受験勉強のお陰でフランスワインの歴史はよく知られているのだという。また別の参加者からは、ドイツワインについてもっと知りたいとは思うのだけれど、ドイツワイン好きの人が集まっているところは「蛇がとぐろを巻いている」( ! )ような感じで近寄りがたく感じていたそうだ。同じワイン好きであっても愛好する生産国によって、そこに集う人々の印象がいくらか異なるのはよくあることだが、ドイツワイン好きがそのように見られていたとは迂闊にも気づかなかった。もっとも、ドイツワイン好きの中にも色々あって、土壌による個性の違いを楽しむのが好きな人々もいれば、銘醸といわれる「高級」ドイツワインの、なかんずく甘口を愛好する人々や、さらにその銘醸の古酒をこよなく愛する人々もいたりして、一概にドイツワイン好きで十把一絡げにされるのはどうも、という思いがなきにしもあらずだが、ともあれ、ドイツワインはフランスワインに比べて一般に理解しがたく、近づきにくいというのが大勢の感じているところのようだ。

  そこからすると、ソペクサがフランス目線でドイツワインをプロモーションすることは、日本のワイン業界の共通認識を出発点とすることが出来る点でメリットと言える。ドイツワインにある程度慣れ親しんでいる立場からは当たり前になっていることも、誰でもわかるように説明してくれるかもしれない。フランスワインで培った人脈を駆使して、これまでドイツワインに関心を持たなかったワイン業界の人々にも容易にアプローチすることが出来るだろう。そう考えると来年からのドイツワインのプロモーション活動に期待出来そうな気がするし、期待している。

  実を言えば、先日ドイツへ行ってきたのもソペクサの競合候補の一つとしてコンペに参加することが目的だった。私の役割は公募の一次審査を通過したM氏のチームの一員として、日本のドイツワイン市場について説明することだった。私たちはドイツの食文化とドイツワインに通じていること、数年前からドイツワインの最新情報をSNSを通じて紹介し、試飲イヴェントも開催してきたこと等をアピールしたのだが、残念ながら及ばなかった。しかし良い経験をさせてもらったと思う。フランクフルトへ向かう飛行機の中でドイツ語のプレゼン原稿を何度も読み返し、2日前に現地入りしてからもコンペ当日まで早朝から練習に勤しんだ。あれほど口頭発表の準備に集中して取り組んだのは本当に久しぶりだった。

  ともあれ、終わってほっとした気持ちと、結局選ばれなかったことに対する失望と、もしかしたら背負うことになっていたかもしれない諸々の責務からの解放感とがない交ぜになった、複雑な気持ちをしばらく味わった。それはコンペの後で一人モーゼルへ赴き、現地に住む友人と共に醸造所を訪問するうちに次第に薄れていったが、時々脈絡もなく蘇っては、ほろ苦い思いをかみしめなければならなかった。

 

オーバーモーゼルとナチュラルワイン

  今回モーゼルを訪れた目的には二つあり、一つはオーバーモーゼル、つまりモーゼル上流のテロワールを知ることだった。モーゼル川は約45kmに渡りドイツ、ルクセンブルク、そしてフランスの国境を流れているが、ドイツ側とルクセンブルク側の両岸にブドウ畑の広がる地域がある。そこはパリ盆地の周縁部にあたり、土壌は貝殻石灰質主体で共通しており、ブドウ品種もエルプリング、ミュラー・トゥルガウ、ヴァイスブルグンダー、グラウブルグンダー、一部リースリングが主に栽培されているという点でも類似しているのだが、ワインの味わいは異なる。ドイツ側では真っ直ぐで素直でややシンプルなものが多く、ルクセンブルク側では繊細でしなやかで、対岸よりもどちらかといえばアルザスを思わせるものが多い。距離的にはこれほど近いのに、川を一本挟んでどうしてこのような違いが生じるのだろうか。醸造所のセラーに住む酵母によるのか、醸造手法によるのか、それとも栽培方法が違うのか、あるいは土壌や地形の影響なのか。ワインの個性にその土地の文化が与える影響を知りたいと思った。時間的な制約から訪問したのはルクセンブルク側が2生産者(Château Pauqué/ Grevenmacher, Alice Hartmann/ Wormeldange)、ドイツ側が1生産者(Weingut Stephan Steinmetz/ Wehr)に留まったが、一応の報告を近いうちにまとめる予定だ。

  もう一つの目的はモーゼルのナチュラルワインの生産者を訪問することだった。数年前は考えられなかったことだが、2010年にルドルフ・トロッセンが亜硫酸無添加のリースリングを試験的に醸造して以来、最近は白ワイン用ブドウをマセレーション発酵した、アンバー系の色調を帯びることが多い「オレンジワイン」や、亜硫酸無添加の醸造を試みる生産者が増えてきた。これまでに訪問したのは上記のルドルフ&リタ・トロッセンの他に、リースリングの亜硫酸無添加醸造を始めたトーステン・メルスハイマー(Weingut Melsheimer/ Reil)、リースリングのマセレーション発酵を行いバリック樽で熟成しているDr. ターニッシュ・エルベン・ミュラー・ブルクグレーフ(Weingut Wwe. Dr. Thanisch – Erben Müller Burggräf/ Bernkastel)、2014年産から一部のリースリングを炻器でマセレーション発酵しているツァ・レーマーケルター醸造所(Weingut Zur Römerkelter/ Maring-Noviand)だが、今回はさらに三つの生産者を訪問した。

 

エバーナッハ修道院醸造所のセラミックタンク

  一つはコッヘムのエバーナッハ修道院醸造所(ebernachwein.de)。12世紀に遡る由緒ある修道院に付属する醸造所だが、2014年産からマーティン・クーパーが25年契約で運営を引き継いだ。オーストラリア南西部のグレート・サザン出身のマーティンは、15年間醸造コンサルタントとしてオーストラリア、ニュージーランド、カリフォルニア、南アフリカで活動し、2009年から故郷にあるザブレガス(Xabregas Wines)の醸造責任者を務めていた。その彼が2013年にコンサルタントとしてエバーナッハ修道院を訪れ、その翌月に醸造所を引き受けてくれないかというオファーがあったのだという。

  マーティンが醸造所を引き受けた2014年から早々にオレンジワインを醸造したのは、もともとザブレガスでもマッドメン・オブ・リースリングと名付けてリースリングのマセレーション発酵を行っていたからだ。野生酵母発酵も同じだが、発酵タンクはモーゼルの伝統的な容量約1000ℓの木樽の片方の鏡板を外したもの2樽と、イタリアのクレイヴァーClayver社(www.clayver.it)が製造する蚕の繭のような形をしたセラミックタンク1基(450ℓ)を使った。材質は花崗岩と同様の性質を持つ高温で焼き固めた砂岩(highly consistent compact sandstone)で、アンフォラ等陶製の容器と異なり透水性がなく、木樽に比べて酸素を通す量も約10分の1で、ワインの揮発と過剰な酸化を防ぐ為のコーティングも必要ないし、卵型をしたコンクリート製タンクで指摘されているような、酸度の高いワインを醸造すると内側表面が腐食されることもないそうだ。

クレイヴァー社のタンクとマーティン・クーパー氏。

クレイヴァー社のタンクとマーティン・クーパー氏。

 また、上部に設けられた開口部の上面は平面になっており、ガラス板でぴったりとふさぐことが出来るようになっているのは、昨年カッパドキアのウド・ヒルシュさんが教えてくれた、ビザンツ時代から用いられている醸造用キュプの構造と同じだった。ヒルシュさんは開口部の平面の上に粘土状のシール剤を盛って、その上からガス抜き用の管を通したガラス板を乗せて密封する。ジョージアのクヴェヴリも開口部の縁は平面になっている。一方スペイン製のティナハは開口部の縁が丸くなっているので密封の仕方は違ってくる。トレンティーノの著名生産者はステンレス製の蓋と受け口を開口部に取り付けているし、ファルツのとある生産者は、最初にティナハで醸造した時に乾燥で粘土にヒビが入り、そこから酢酸菌が入り込んでワインが酢になってしまったという。

 エバーナッハ修道院に話しを戻すと、オレンジワインの生産は全体の4%程度にすぎず、他はステンレスタンクで醸造している。9haの畑はリースリング100%。オーストラリアでもリースリングに力を入れていたから、マーティンにとってモーゼルはブルゴーニュのコート・ドールのようなものだろうか。彼のオレンジワインは酸化のヒントは控えめで清潔感があり、真っ直ぐな果実味に穏やかなリンゴ、洋なし、ショウガ、ウーロン茶のヒント。47日間マセレーション発酵しただけあってタンニンは明瞭だが、全体として繊細で綺麗な印象を受けた。訪問前は正直あまり期待していなかったが良い方向に裏切られた。嬉しい誤算だった。

 

世代交代と同時に始めた亜硫酸無添加醸造

  もう一軒の醸造所はクレーフにあるシュタッフェルターホーフ醸造所(www.staffelter-hof.de)で、ここでは昨年37歳で醸造所を継いだヤン・マティアス・クラインが、2014年産のリースリング一樽を亜硫酸無添加で醸造していた。彼にとって初めての挑戦だ。

  この醸造所は2011年にビオロジックに切り替えて2014年にEUの認証を取得。来年からビオディナミに移行するという。伝統的なフーダー樽から試飲した2014年産の亜硫酸無添加のリースリングには、野生酵母が6月まで発酵を続けて完全に辛口になっていた。酸とミネラルで引き締まって充実した味わいだったが、真価が問われるのは1月の瓶詰め後だろう。通常は瓶詰め前に必要最低限(といつも生産者は言う)亜硫酸を添加するので、現段階では他にもある伝統的醸造によるリースリングにすぎない。亜硫酸無添加でのリリースを予定しているこの樽に比べると、他の辛口・中辛口のワインは親しみやすく飲みやすいスタイルだった。

 

オーストリアのナチュラルワインの影響

  モーゼル下流のルベンティウスホーフ醸造所でも、今年から白ワイン用ブドウのマセレーション発酵を試験的に始めた。VDPモーゼルの同僚たちと一緒に、毎年恒例の他の産地への旅行でオーストリアのシュタイヤーマルクを訪れ、ナチュラルワインを朝から数多く試飲したが、不思議なほど疲れなかったという。とりわけゼップ・ムスター、ヴェアリッチ、クリスチャン・チダのワインにインスピレーションを受けたそうだ。ムスターやチダが使っているのと同じ上部に開閉可能な蓋がついた木樽で、リースリングのマセレーション発酵を4~5週間行ってから圧搾して現在は熟成中だ。残念ながら試飲は出来なかったが、他のワインの品質の高さからも仕上がりは期待出来る。

  ナチュラルワインの醸造がモーゼルで静かに広がりつつあることは確かで、他にもいくつかリースリングのマセレーション発酵を行っている醸造所があると聞いた(Weingut Christoph Koenen/ Minnheim, Weingut Meierer/ Kesten)。また、亜硫酸無添加醸造にしてもルドルフ・トロッセンが始めるまでは誰もが否定的だったが、近年はドイツ各地で好奇心旺盛な一部の醸造所が取り組んでいる。その背景には栽培醸造技術の進歩で、どんな生産年でも一定の品質を確保出来るようになった反面、多かれ少なかれ画一化したワインの個性に対する反省と、現代の醸造技術による修正(ある意味では誤魔化し)をとことんまで排除した、正直なワインを造ってみたいという生産者たちの良心、それにいくらかの野心がある。また、そうしたこれまでにないスタイルを理解し、受け入れる市場が育ちつつあることを示しているように思われる。

 

ドイツのナチュラルワイン市場の現状

  去る11月29日にベルリンにおいてドイツで初めて開催された大規模なナチュラルワインの見本市RAW The Artisan Wine Fairは、国内外から122の生産者が出展し大盛況だった一方、批判的な声も少なからずあったそうだ。とあるブログでは「試飲したうち少なくとも半分の亜硫酸無添加ワインは(訳注:このブログの筆者はナチュラルワインを亜硫酸無添加ワインのことだと思っている)、はっきり言ってひどく奇妙な味で、シェリーと腐ったフルーツジュースを混ぜたようだった。大抵はひどい代物というほかはない」とこきおろしていた(genuss-ist-notwehr.de)。これに対してケルンでナチュラルワインを扱うワイン商Surk-ki Schradeは、ドイツではこの種のワインの実情があまりにも知られていない、書くならちゃんと調べてから書いてほしいとフェイスブックで大いに憤慨していた(12月8日付の彼女の投稿参照)。

  ドイツのナチュラルワインの現状について、RAWの公式サイトに興味深いインタビューが公開されている。「ドイツは外側から見ると、再生エネルギーやオーガニック食品が人気を集めるなど、とても環境意識の高い国のように見えるが、RAWの生産者から時々聞かれるのは、醸造の際の介入を控えたり、オーガニックやバイオダイナミックで栽培したワインを売るのがドイツではとても大変だという声だ。何故だろうか?」という主催者の質問に対して、ベルリンでワインショップVinicultureを営むホルガー・シュヴァルツは以下のように答えている。「クラシックなドイツワインは果実味が持ち味で、残糖をいくらか残すことが多かった。それを安定させるにはフィルターを通して多めに亜硫酸を添加することが最も容易な手法だった。だからナチュラルワインとその他のワインの味の違いが、例えばフランスやイタリアのような果実味が決定的な要素ではない生産国よりも大きい。(訳注補足:従って消費者のナチュラルワインに対する抵抗も大きい。)さらにドイツ人は安売りに積極的なディスカウンターで食料を買うことが多く、工業的に生産された食べ物に慣れてしまっている。この国ほど食品と酒類にお金を払わない国は他にない。ナチュラルワインはまさにその反対で、(訳注補足:工業的に生産された食品やワインに対する)差別化と変革を目的に生産されている。でも状況は変わりつつあるし、ベルリンのRAWはそれを後押しする一助になっている」(berlin.rawfair.com/blog/interview-vinicultures-holger-schwarz)。確かにハムやソーセージやチーズに代表されるドイツの食文化は、保存と倹約の伝統的価値観の上に成り立っており、それがひいてはディスカウンターでの食品調達が好まれる背景になっているように思われる。ワインもまた、自宅で消費するワインの約50%弱がディスカウンターで購入されている(Deutsche Wein Statistik 2015/2016 Table 28)。

  いずれにしても、シュヴァルツ氏の言うように、今回ベルリンで開催されたRAWはナチュラルワインに対するドイツのワイン業界と消費者の認知度を上げたことだろう。振り返ってみると、ドイツでは1990年代までビオロジックによるブドウ栽培にも批判的な意見が根強かったが、2000年代に入って見方は変わり、現在はドイツのブドウ畑の約8%がビオロジックで栽培され、バイオダイナミック農法も一つの手法として次第に受け入れられつつある(DWI, “Öko-Weinbau in Deutschland immer beliebter”参照)。その次の段階が恐らく出来るだけ醸造上の介入を減らして最小限の亜硫酸を添加したワインや、新しいスタイルのワイン、つまりマセレーション発酵した白ブドウ(オレンジワイン)や亜硫酸無添加醸造といった、いわゆるナチュラルワインの浸透なのかもしれない。もっとも、それはドイツワインの総生産量の1%以下であり、生産上の手間やリスクからも速やかに広がるとは考えにくい。当面は好奇心旺盛な生産者のスペシャリティとして小規模に生産されるだろうが、高品質なものは積極的に評価されつつあり、近い将来、ナチュラルワインのアイコンワインが登場する可能性もあると思う。もっとも、それはほんの数年前までは到底考えられなかった事態ではあるのだが。

 (以上)

北嶋 裕 氏 プロフィール:
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会員。

 
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