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合田玲英のフィールド・ノートVol.36

公開日: : 最終更新日:2016/01/04 ライブラリー, 新・連載エッセイ, 合田 玲英のフィールドノート

 Vol.36

 ピエモンテ州に住み始めてから、2年になる。けれども、南イタリアへはそうそう行くことがなかった。地元固有品種の宝庫とも呼ばれるイタリア。ピエモンテにも、ティモラッソやグリニョリーノなどの魅力的な地元品種があるし、南に行けば行くほど、イタリアは聞いたことのないブドウ品種で溢れている。特にナポリ周辺は、仕立てや文化的背景なども含めて何度きても飽きない。

  アマルフィ海岸とベスビオ山に挟まれた狭い地域にも、独特の文化がある。山の斜面のブドウ棚は、人の背よりも高く仕立てられている。アマルフィの名産であるレモンも同じように仕立てられ、それらの仕立てに使われる木材用の栗林が広がる光景は、見飽きることがない。

モンテ・ディ・グラツィア社 栗材組のブドウ棚

グァスタフェッロ社 樹齢100歳を超えるアリアニコ種

   けれど2015年秋の南イタリア生産者訪問では、もう少し南へと足を伸ばした。プーリア州のワイナリー、ファタローネを訪問することが出来たことが嬉しかった。当主のパスクアーレとは毎年4月にヴィニタリーで顔をあわせるだけ。だが、彼のプリミティーヴォには品種からイメージするような暑苦しい味わいがないので、どんな特別な理由があるのかと気になっていた。

 パスクアーレはその疑問にすっきり明快に答えてくれた。南の人らしく快活で、父から学んだワイン造りに加え独学で様々なことを試しており、考え方はとても論理的で、細部にまで神経が行き届いている。畑に入るのにも、わざわざナイロン製の靴袋を履くように言われたのも初めてだった。樽熟成用のセラーに微生物殺菌用の紫外線装置が置かれているのは、やりすぎのようにも思える。が、地肌を残した壁面から水が滲み出るセラーは美しい。紫外線装置のせいか、カビが全く無いのが物足りないが、スピリチュアルな音楽をセラーに流しているのも面白い。話には聞いたことはあったけれど、実際に音楽を流しているワイナリーを訪問したのは初めてだった。なんでも、熟成中のアロマ形成に影響を与える様々な周波数の波(近くを走る車が起こす振動など)を、中和する目的なのだとか。

トゥルッロと呼ばれる伝統的な家屋。パスクアーレの曽祖父もここに住んでいた。

 ファタローネがワイン畑を所有する地域は、「ジョイア・デッレ・コッレ」(DOC)。プーリア州を挟む2つの海からそれぞれ40kmほど隔たっている。海抜335mで、昼にどんなに暑くても夜はしっかりと気温が下がる。「プリミティーヴォ・ディ・マンドゥリア」(DOC)との1番の大きな違いはこの温度差だ、とパスクアーレは言う。土壌は、数十センチも土を掘れば真っ白な岩だらけ。だから、この地域の伝統的な家屋ではこれらの岩が使われている。アルベロベッロもその一つだ。また、高速道路を降りてワイナリーへ向かう途中も、道路脇や田畑の境界には白い石垣が延々と続いている。ブドウ樹の仕立ては、アルベレッロ・プリエーゼと呼ばれる伝統的な仕立てを、グイヨーなどのように針金で樹列を管理するという、彼独特の方式。ブドウがなるべくゆっくりと熟すよう葉をあまり落とさず、日照りが一番強い時間帯に果房が日差しが隠れるように管理している。

  パスクアーレによると、プリミティーヴォを栽培する上で一番大切なのは、”ラチェーミ”をちゃんと残す、とのこと。ラチェーミとはこの地域の言葉で、通常よりも遅く熟す果房の1種(第二新梢にできる果実)をさしていて、通常のブドウ栽培では芽かき作業中に取り除かれてしまうことが多い。また他品種では芽かきを行わなくても、ラチェーミが採れることが珍しく、多くても4HL/ha分の果実しか収穫できない。しかしプリミティーヴォの場合は、平均して18HL/haも収穫出来るほどラチェーミが実る。そし。これは、果実の熟しを管理する上でとても重要。

ラチェーミの説明をするパスクアーレ

 日没いくら涼しくなっても、日中の日差しの強烈なこの地域では、収穫時期に気を許すとあっという間に過熟してしまう。それを恐れるなら、一斉に収穫をして短期間で終わらせなければならない。しかしファタローネでは、本収穫用のブドウが熟すとブドウ樹がラチェーミを熟させることにエネルギーを回すので、過熟に陥る心配がないのだ。

  ファタローネの本収穫は、大体9月の中頃から末にかけて行われ、2〜3週間後にラチェーミを収穫してロゼワインを造っている。パスクアーレによると、現在彼の周りでラチェーミを残しつつブドウ栽培を行っているところはあまりないとか。だが、プリミティーヴォを栽培する地域ではロゼワインを造ることがよくあり、長期熟成を必要とする赤の代わりに、日常的にはロゼが楽しまれてきた。特にラチェーミは糖度があまり上がらず、香りが豊かになる性質があるため、ロゼワインにも適して。だから、グレコなどの白品種よりも親しまれてきたのかもしれない。



合田 玲英(ごうだ れい)プロフィール
1986年生まれ。東京都出身。≪2007年、2009年≫フランスの造り手(ドメーヌ・レオン・バラル)で収穫≪2009年秋~2012年2月≫レオン・バラルのもとで研修 ≪2012年2月~2013年2月≫ギリシャ・ケファロニア島の造り手(ドメーヌ・スクラヴォス)のもとで研修 ≪2014年~現在≫イタリア・トリノ在住

 
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