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『ラシーヌ便り』no. 119

no. 119

――アレッサンドロ・モーリ/イル・マッロネートの来日

 9月2日ブルネッロ・ディ・モンタルチーノの造り手、アレッサンドロ・モーリが来日しました。一週間の滞在を通して感じたことは、並外れた情熱、集中力、サービス精神でした。優れたワインを造る人は皆そうですが、生来の明るい性格と同時に繊細な一面があり、まわりへの配慮を怠りません。長らくブルネッロ・ディ・モンタルチーノでは、強くて、色調が濃く、新樽風味の強いワインが支配していました。それとは正反対のピュアで、エレガントなアレッサンドロのワインは、主流の強い味わいのワインに隠れて、目立たない存在だったのでしょう。

 9月3日東京試飲会

*眠れる森の美女イル・マッロネートが表舞台へ

 2010年の《マドンナ・デッレ・グラツィエ》(注1)がパーカー評価で100点を得たことから、アレッサンドロの生活は一変します。世界中から届くメールと、鳴りつづける注文の電話。彼は販売方針を一から組直す作業を迫られて、取り掛かりました。各国のマーケットの実力、投資でなく愛情を持って彼のワインを楽しんでくれるかどうかを自分の眼で確かめ、判断し、誠実に一人一人の取引先と話し合いを重ねました。100点を得たことに、単純に浮かれ、価格をつりあげるなどというバカなことをせず、じっくりと自分のワインが楽しまれる行先を見つめたのです。

 

*アレッサンドロとの出会い

 私たちは、この春のヴィニタリーでアレッサンドロと出会いました。塚原の「今年は、ブルネッロに集中するぞ」という掛け声のもと、全員でこれは面白そうだと選んだ造り手のブースをまわりました。その中で深く印象に残ったのがイル・マッロネートでした。朝一番にブースを訪問した私と塚原は、アレッサンドロ本人に会えなかったのですが、ラシーヌのスタッフ二名(堀野晃弘・合田玲英)のテイスティングに集中する様子と、ワインへの深い敬意に感心したと言っていただきました。ヴィニタリー後にカンティーナを訪問し、幸運にも取引が決まりました。「5月に香港に行くから、その時に日本を訪問したい」と提案いただいたのですが、その時はまだワインが到着しておらず、9月の来日となりました。

 

*『ワイン、その偉大さは、創造するためにこめられた愛情と手間暇に比例する

 この言葉は、イル・マッロネートのホームページを飾る言葉ですが、この考え方はもちろん重要なのですが、その他にも重要なキィがあります。

 シエナで弁護士をしていた彼の父が、はるかキアンティまで見渡す高台の眺めに魅せられ、イル・マッロネートの地を購入したのが1974年、アレッサンドロ13歳の時でした。1246年に建てられた塔は、昔マロン(栗)の乾燥室でしたが、そこでわずかな本数のワインを家族の楽しみに造り始めました。この時幸運にもワイン造りを指導したのが、マリオ・コルテヴェジオという醸造コンサルタントです。(注2)マリオは、『地元の古老たちに栽培の教えを乞い、どのサンジョヴェーゼをどのように植えるべきかを教わることの大切さ』をまず説き、『サンジョヴェーゼ・ブドウの偉大さ』、『自然に敬意を持ってワイン造りをする大切さ』を教えました。師の言葉に真実を見いだし、自然はあるがままにして完璧であり、人間はそれを手助けすることしかできない、という教えを守り続けてきました。マリオが健康を崩した後は、ジュリオ・ガンベッリがコンサルタントを引き継ぎました。二人の偉大な醸造家にワイン造りを教わったというアレッサンドロは、このように話していました。「オーナーがワイン哲学を持ち、ワイナリーの大黒柱そのものであり、自らも醸造するワイナリーでは、エノロゴはあくまでも教師の役割にとどまる。オーナーに哲学がなく、エノロゴとワインメーカーが造っているワイナリーでは、偉大なワインは生まれない。」

 今回の来日では、1989年と2003年をセラーから持ってきていただきました。1989年はアレッサンドロ28歳、まだローマの銀行に弁護士として勤務していた時代のもの。当時は、マリオが主にワインを造っていたようです。作柄としてはかなり悪い年にもかかわらず、見事な酸に支えられて、フィネスそのものの味わい。気高く繊細で、奥深く複雑で調和がとれ、怪しいまでの魅力にあふれていました。古いブルゴーニュでも、特別優れたコンディションと、素晴らしい味わいをともに有するワインと出会えることは稀なので、イル・マッロネートのテロワールの素晴らしさ、偉大なエノロゴに導かれたワイン造りの素晴らしさを、深く認識しました。

 1989年のブルネッロ

*マドンナ・デッレ・グラッツィエ2010、『ワイン・アドヴォケイト』100点評価を受ける

 しっとりとした香気があふれる彼のワインが、何故このような評価を得たのかと、私たちはパーカーポイント100点らしからぬ味わいの、彼のブルネッロを味わいながら何度も自問しました。「乱れのなくまっすぐで複雑な味わい、口に含んだ時の最初の印象が長く続く、これがこのワインの素晴らしさだ」とセミナーで何度もアレッサンドロは話していました。このワインに100点を与えるほど、今の『ワイン・アドヴォケイト』のイタリアチームは、従来と異なった視点でワインを評価しているのかと大変驚き、もしそうなら何といい時代になったのだろうと嬉しくなります。

 

*最上の作柄に恵まれた収穫を待つモンタルチーノへ

 9月10日、アレサンドロは帰国の途につきました。自然を敬いながらワイン造りを生きてきたアレッサンドロは、最後に日本の印象を次のように話してくれました。「素晴らしいフレンチやイタリアンと比べて、今回味わった日本料理は、何かもっと別の世界を感じる。繊細で上品であり、料理が食べ手に一瞬止まって考えさせる、思考へと導く料理だろう。日本の食文化は、日常の食べ物も、特別な京料理のいずれも作り手の自然に対する敬いが感じられ、ワクワクとした驚きと喜びにあふれている。皆さんのワインに対する真摯な姿勢に心を動かされました。日本の素晴らしい食の世界と仕事ができることは大きな喜びです」。

9月7日京都セミナー

注1:古くから当地区最上の畑と評されていた畑では、介入を最小限に抑え、醸造では伝統的な大樽を使用。セラーは13世紀の雄大堅固な屋敷内にあって、冷気と適度な湿気がこもります。良質な酸に富むワインは、長期の熟成を経て、デリケートさとエレガンスを身につけ、しっとりとした香気があふれる、《長熟型ワイン》です。なかでも、標高400m,1.6haの単独畑がその典型であり、世界中から注目されています。

 注2;Mario Cortevesio:資料はほとんど見つかりませんが、ジュリオ・ガンベッリの幼いころからの友であり、イル・ポッジョーネで醸造家として働いていました。ジュリオが亡くなった10日後に亡くなり、同時代を共に盟友として歩み、古典的なサンジョヴェーゼを造り続けたトスカーナの重要な醸造家です。


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