合田玲英のフィールド・ノートVol.31
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最終更新日:2015/07/01
ライブラリー, 新・連載エッセイ, 合田 玲英のフィールドノート
Vol.31
今月号は、5月末にご紹介をはじめたフランス3生産者についてです。
《 レ・ヴィーニュ・ドュ・パラディ 》
オート=サヴォワ地方、レマン湖に面した村バレゾン(Ballaison)に、ブルゴーニュ出身者ドミニク・リュカスが2008年に立ち上げたワイナリーです。元々はポマールのドメーヌの5代目であり、現在もオート・コート・ドゥ・ボーヌとブルゴーニュのキュヴェを造っています。ビオディナミの考え方でブドウ栽培をしていますが、認証は取らず、ビオディナミの調合剤の他にも、山歩きで得たハーブを煎じて病害の管理をおこなっています。醸造は650Lの卵型セメントタンクと500Lのトノーのみを用い、木製のプレスで圧搾後はビン詰め時まで一切手を加えず、発酵熟成が完了します。セラー内に金属を置くことも敬遠しり、ステンレス製タンクは使いません。
なぜドミニクは、ブルゴーニュからオート=サヴォワに新しい土地を求めにきたのでしょうか。隣人の畑もない新鮮で純粋な環境が、気に入ったのかもしれません。車で行くと(というより車で行くより他ないのですが)、彼の村が近づいてくるにつれて標高が高まり、あるところまでくると急に空気の質が変わります。キリッと冷たく澄み渡った山の空気です。村の標高は500m前後と極端に高くはありませんが、アルプス山脈と湖に挟まれた一年を通して冷涼な地域です。
移り住んだドミニクは、すぐにソーヴィニョンやピノ・グリなどの白品種を植えましたが、それとは別に引き取った樹齢20歳〜50歳のシャスラの畑も持っています。シャスラはレマン湖を挟んで反対側のスイスでもよく栽培されている白品種で、土壌のミネラルをしっかりと表すブドウ品種です。また彼は、1つ1つのブドウ果が完全に熟すのを待つため、収穫を複数回に分けています。今回リリースされるC de Marin(シャスラ・ドゥ・マラン)は、卵型セメントタンクとトノーで1樽ずつ発酵・熟成(プレス後はビン詰めまで一切手をつけない)ののち、アソンブラージュしています。余計な味わいのない、花崗岩土壌由来のミネラルとオート=サヴォワの山の涼しさの感じられるワインです。
《 オピ・ダキ 》
南仏方言、オック語でアヘンを意味する変わった名前のワイナリーです。モンペリエから真西に内陸の方に入ったクレルモン・レローという街の郊外に古い邸宅の一部を借りて2011年に立ち上げられました。フィリップ・フォルマンタンは10年間モンペリエのワイナリーで働き、カリフォルニア、コルシカ、ロシアやインドでエノロゴとしての経験を更に積みました。念願叶い、自分のワイナリーを手に入れ初年度から亜硫酸無添加で醸造しています。
栽培品種は赤をグルナッシュ、モヴェードルと白品種のピックプールの畑を購入しビオディナミ農法による栽培をしています。低温カーボニック・マセレーションを行っていますがありがちな単調な味わいにはならず、スキンコンタクト中に抽出されたブドウの果皮の成分が滑らかに感じられます。フィリップはまだ若手と呼ばれる年だと思いますが、長く多彩な醸造経験のおかげかワインを綺麗に仕上げます。
畑の標高は300〜350mほどで、粘土石灰質土壌。南仏では、ドメーヌ・ゴビーのあるペルピニャンのあたりから収穫が始まりますが、クレルモン・レローでは収穫開始日が平均して2週間ほど遅い。夏の間も南仏からイメージするほどの酷暑ではないらしく、ワインからもそれが感じられます。テイスティングでは熟した果実が感じられるのに、南仏ワインから連想されるアルコリックな要素が皆無で、驚きました。まだ始めたばかりで設備がないと言いながらも、味わいにブレたところが感じられず、これからの数年どうなるかを見ていたい若手生産者の一人です。
《 ラ・フェルム・ドゥ・ヴェール 》
最後に、3月号でも取り上げましたし、春のスパークリングワインのオフィス試飲会に参加された方はご存知でしょうが、もう一度取り上げさせていただきます。
ガイヤックで長年農場を経営している家系の6代目に当たる、現当主のジェローム・ギャロー。ここは名前どおり「フェルム」=農場なので、ブドウ畑だけでなく、家畜を飼い、穀物の栽培もしています。2013年から畑の一部を引き継いで、栽培醸造。「必要ならばビオロジック農法で認められていない農薬だって撒く」と言いながらも、実際に散布したことは無いようです。ガイヤックの町から車で30分ほど離れた、隣人もいない山の中にワイナリーと住居があり、オーベルジュも経営しています。
まだ30歳にも満たない自分が言うのも変ですが、この世代の人で一昔前の暮らしをしている人がいるのに驚きました。親戚家族とともに暮らし、朝から晩まで牛の世話に追われ、畑の作業をして、家の補修までしています。文字にすればそれほどには感じられないかもしれず、ましてワイン生産者ならなおさら当然と思われかねませんが、感銘を受けたのは家のリビングでテイスティングしている時でした。10歳前後の姉弟もともにテーブルに座り、なんだか見たことのない人が、父親とワインについて話しているのを、興味深げに聞いているのです。ジェロームの人柄ゆえか、子供たちが冗談も交えながら話に加ってくるのがとても素朴で新鮮に感じられ、いい家族、いい人たちなのだなと、素直に感じます。
模索しながらナチュラルなワインづくりをしていますが、まずは良いワインを造ることが第一と、仲の良いカヴィストの勧めで亜硫酸無添加のキュヴェを造ったりもしています。今回入荷するキュヴェ、L’Ange Loupはスパークリングですが、発酵終了前にビン詰めする型のペティヤン・ナチュレルではありません。あまり聞いたことない方法ですが、一次発酵が終わる前に0℃まで冷やして濾過機にとおし、亜硫酸を加えて発酵を一度止めてからビン詰め。デゴルジュマン直後の春先からビン内二次発酵がとてもゆっくり始まり、糖分を発酵し尽くすには約半年かかる。そのためリリースは、翌年の9〜10月。冷却濾過というステップを踏むために液体はクリアで、繊細な泡と豊かな香りが特徴です。テクニカルなワインに思えるかもしれませんが、手元にあるもので工夫を重ねるジェロームの人柄が表れた、素朴で真摯な手作り感あふれるワインです。
合田 玲英(ごうだ れい)プロフィール
1986年生まれ。東京都出身。≪2007年、2009年≫フランスの造り手(ドメーヌ・レオン・バラル:写真左)で収穫≪2009年秋~2012年2月≫レオン・バラルのもとで研修 ≪2012年2月~2013年2月≫ギリシャ・ケファロニア島の造り手(ドメーヌ・スクラヴォス)のもとで研修 ≪2014年現在≫イタリア・トリノ在住
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