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ドイツワイン通信Vol.44

公開日: : 最終更新日:2015/07/01 北嶋 裕の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ

バーデンの雹と日本市場雑感

 4月下旬、ヴィノテーク誌の取材でファルツとバーデンを、日本からのジャーナリスト達数人と一緒に駆け足で巡った。ドイツワインの広報組織であるドイツワインインスティトゥート(DWI)が企画した日本向けプレスツアーだったが、昨年3月に数年振りに再開してからこれが二度目だと思う。

 なぜ中断していたのか。その理由は2009年からの緊縮財政にあった。DWIは個々の生産者から栽培面積もしくは生産量に応じて支払われる拠出金(1アールもしくは1ヘクトリットルにつき0.67ユーロ)をもとに広報活動を行っている。しかし大手醸造会社を含む一部の生産者がこれを不服として2009年に裁判を起こした。DWIは原告の拠出金に手を付けることが出来ずに資金不足に陥り、日本を含む世界各地の支部の閉鎖を余儀なくされた。やがて2011年にドイツ連邦行政裁判所が、拠出金支払い義務は合憲との判決を下したことでDWIは資金難を脱して中断していた活動を徐々に復活させた。今年中には中国に事務所を開設し、実現するかどうかは未定だが、日本支部の再開も来年を目処に検討しているという。

 今回見聞したドイツワインの最新事情は後日誌上でレポートするが、訪問したときは丁度ホワイトアスパラガスの最盛期で、あちこちで収穫風景が見られた。ブドウ畑では芽吹きが始まり、5~10cmほどの若枝が初夏の風に揺れていた。

初夏の脅威:遅霜と雹

 4月下旬から5月にかけてドイツの生産者が恐れているのは、遅霜と雹である。遅霜は5月中旬、農民達が「氷の聖人」と呼ぶ時期を過ぎると、その危険は過ぎ去る。具体的には5月11日(聖マメルトゥス)、12日(聖パンクラティウス)、13日(聖セルヴァティウス)、14日(聖ボニファティウス)、15日(聖ソフィア)の五日間だ。この聖人たちはそれぞれ直接寒さに縁があるという訳ではなく、かつて日付を聖人の名で呼んでいた時代の名残りでそう呼ばれている。この時期、北極をとりまく寒気がドイツまで降りてくることがある。日中晴れていると夜間の放射冷却をうけ、朝方地表に霜が降りて、ブドウを含む農作物に被害を与える。近年では2011年5月4日早朝の、モーゼルからフランケンにかけての遅霜が記憶に新しい。

 一方、雹は4月から8月にかけて局地的かつ突発的に短時間降り、毎年どこかで多かれ少なかれ損害をもたらしている。昨年は4月21日にザールでシャルツホーフベルクからヴァヴェルンにかけて降り、ファン・フォルクセン醸造所の所有するブドウ畑の一部で約90%の新梢が損傷を受けたが、今はそれも快復して順調に生育しているという。

バーデンを襲った雹

 そして今年も5月13日の夜、氷の聖人で言えば聖セルヴァティウスの日、ドイツ南部のバーデンで雹が降った。エンデルレ&モル醸造所のフロリアン・モルはその時醸造所のあるミュンヒヴァイアーではなく、約40km南にある都市フライブルク・イム・ブライスガウにいたが、雷鳴とともに突然激しい音を立ててバラバラと氷の粒が降り注ぎ、みるみるうちに白く積もって行くのを目の当たりにした。「あぁ、なんてこった!ブドウ樹が無事だとよいのだが…」と、手のひらに載せた直径1cm前後の雹の粒と道路の写真とともにフェイスブックに書き込んでいる。

 「畜生!」「フライブルクか?」「マジかよ」という友人達のコメントに続いて、フロリアンは「本当だ。こんな激しい雹はこれまで見たことがない。俺たちのブドウ畑はここから40km北で雷雲は東に向かっているから、もしかしたら助かったかも…」と書き込んだ。約30分後、畑を見に行った相棒のスヴェン・エンデルレがアップロードした『ミュラートゥルガウ』と題した写真には、暗闇の中で緑の枝葉がフラッシュの光に鮮やかに浮かび上がっていた。「これって実際のところ、全然OKに見えるけど?」と半信半疑のフロリアン。『ムシェルカルク』『グラウブルグンダー』『ブントザントシュタイン』と次々と写真がアップロードされ、いずれも無事な様子を示していた。「破れた葉もあるが…枝はまだ大丈夫なようだ…あと何列か懐中電灯で見回ってみるけど…朝になったらもっと詳しくわかるだろう…でも俺たちの畑は大体助かったと思う」とスヴェン。「ああよかったぁ!まずは一安心だ。みんなが幸運を祈ってくれたお陰だな…」と胸をなで下ろすフロリアン。ドイツ時間の夜9時から11時頃にかけての緊張感と安堵が画面の向こうから伝わってきた。

 今回の雹はエンデルレ&モル醸造所よりも南にあるカイザーシュトゥール南部からフライブルク周辺にかけて降り注ぎ、約1000haのブドウ畑と果樹園に被害を与え、うち約100haが深刻な損害を被ったそうだ。特にカイザーシュトゥール南部のイーリンゲン、ヴァーゼンヴァイラー、アッハカーレンがひどかったという。不幸中の幸いと言うべきは、これがブドウの開花前だったこと。1~2週間すると折れた枝をリカバリーしようと新しい枝が伸び、その中には房をつけるものもあるそうだ。また、雹がぶつかった傷跡から病気や黴が発生しやすくなっているので、農薬散布などの速やかな対応が必要だという。

SNS時代の情報伝達

 考えてみれば私はほぼ毎年、ドイツで霜や雹の被害の知らせがあるたびにブログなどで伝えてきたので、「またか」と思われた方もいるかもしれない。1980年代以前であれば、そうした知らせは月遅れでワイン雑誌を通じて伝えられたり、生産者からファックスで関係者に知らされたことだろう。90年代にはインターネットプロバイダーが運営するワインフォーラムの、限られたメンバーたちの間で語られたかもしれない。しかし今は、SNSを通じて詳細な目撃情報がリアルタイムで世界中に拡散される時代である。言語の壁も、翻訳機能である程度は乗り越えられるようになった。生産者と消費者の距離は、これまでにないほどに近づいている。しかしそうした情報は断片的な場合が多いので、ワインライターは素材を通時的・共時的に俯瞰して整理し分析を施すことで、なにがしかの付加価値を加えることが欠かせない時代になっているのではないかと思う。

日本市場の現状

 ところで話は全然変わるけれど、先日気になるデータを見つけた。DWIが今年4月に世界各国のソムリエを集めて開催したセミナーで配布されたプレゼン資料“Facts & Figures on German Wine“の一部なのだが、2014年の輸出金額と輸出量がまとめられている(S. 53)。

 ドイツワイン通信用画像_表

 お気づきかと思われるが、日本向けの輸出は金額ベースで前年比マイナス18.2%、輸出量でもマイナス17.8%と、明らかに後退している。さらに今回初めて中国に追い越されてしまった。もっとも日本だけではなく、世界のほとんどの国で後退しているので、2013年の気象条件による生産量の減少が一つの原因であることは間違いないだろう(2012年:910万hℓ、2013年:840万hℓで7.7%減。ちなみに2014年の生産量は930万hℓに回復している)。

 ただ気になるのは、日本向け輸出の後退が目立って大きいのと、供給が減れば価格は上がるのが自然なのだが、逆に金額ベースでの後退の方が若干大きく、ヘクトリットル当たりの価格も2013年の399Euroから397Euroへとわずかだが減っている点だ。日本でドイツ産輸入ワインの高品質化が進んでいるならば、この数字はありえない。いずれにしてもこの様子だと、日本におけるドイツワインのシェアは2013年の1.8%を下回っていることだろう。

 これは前回のドイツワイン通信でお伝えした、リースリング・リング試飲会に出展していた複数のインポーターの、楽観的とは言えない見解を裏付けた格好だ。ドイツワインは初心者向けの甘口」というイメージを払拭し、小売り価格2000円以下の手を出しやすい値段で、デイリーワインとしてお総菜にもあわせやすい辛口系ドイツワインが入手しやすくならない限り、減少傾向を止めるのは難しいかもしれない。もっとも統計値とは裏腹に、近年新しくドイツワインに参入したインポーターが複数あることからも明らかなように、日本に紹介される優れた生産者は増えている。そして高品質な辛口系ドイツワインへの理解も、インポーター、ワインショップ、リースリング・リングや各地のドイツワイン協会、あるいはドイツワインを盛り上げようという有志によるセミナーとイヴェントを通じて、徐々に浸透・定着しつつあるという手応えを私は感じている。日本におけるドイツワインをとりまく状況は、数値には表れないけれども確実に良い方向へと向かっている。

 先日日本で会ったあるドイツ人はこう言っていた。「リープフラウミルヒ(安くて甘いドイツワインの代名詞)のイメージを否定して、なんとかそれを打ち消そうとするんじゃなくて、素直に受け入れるんだ。その上でさらに高品質なドイツワインもありますよと、豊富な品揃えをアピールすればいいんじゃないか」と。その言葉を聞いた時、私は悟った。悪を否定するのではなく受け入れることで、ありのままの姿が見えてくる。光あれば影あり、善あれば悪あり。好き嫌いの感情に惑わされてはいけない、先入観で判断を曇らせてはいけない。ワインの善し悪しと価値判断は、お金を払う消費者に任せればよいのだ、と。

 とはいえやはり、良心的な生産者の良質なワインが、それに見合った妥当な価格で入手できれば嬉しくなるし、現地小売価格が3ユーロもしないような質より量で工業的に造られたワインが、デイリーワインとは言い難い値段で販売されているのを見ると、暗澹とした気持ちになる。悟りの境地にはまだ遠い。しかし、日本のドイツワインの夜明けは近いことを切に願っている。

(以上)

 

北嶋 裕 氏 プロフィール:
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会 員。


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