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ドイツワイン通信Vol.43

公開日: : 最終更新日:2015/05/08 北嶋 裕の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ

デイリーワイン市場とドイツワイン

 「ドイツワインは甘口」という先入観は、果たして克服されつつあるのだろうか。答えは然り、だ。しかし諸手を挙げての肯定ではない。リースリングに興味を持つ過程でドイツワインを再発見する人々は増えているが、それはまだごく一部の、狭い範囲に留まっているように思われる。

 先日ホテル椿山荘東京で開催された、リースリング・リングの試飲イヴェントに行ってきた。18社のインポーターがそれぞれ6~12種類のリースリングを試飲に供しており、ざっとみたところその約6割をドイツワインが占めていた。3年前、13年間滞在したドイツから帰国した翌年にこのイヴェントに初めて参加した時、日本ではドイツ以外のリースリングがこれほど幅を利かせているのか、と驚いた記憶がある。会場にはアルザス、オーストラリア、ニュージーランド、チリ、北米のリースリングが溢れ、ドイツ産は影が薄かった。

ドイツワインは復興したか

 あの当時に比べるとリースリングの市場は広がりつつあるようだ。昨年はニューヨークからリースリングの伝道師ことポール・グレコを招いてセミナーを開催して話題になったり(http://dacapo.magazineworld.jp/gourmet/146493/)、食関連の雑誌でもリースリングを集中的に取り上げた記事があった(例えばDancyu 2014年12月号「リースリングの愛し方」他)。こうした流れからして、リースリングの主要生産国としてのドイツへの認識も改まりつつあるのではと期待したのだが、状況はそれほど甘くはないようだ。今回出展していたインポーターの何人かに聞いてみると、売れ行きは手堅く毎年2, 3%ずつ伸びているという所もあれば、以前と変わらないですよ、という所もあって、新しくドイツワインを扱うことを考えているという所もあれば、扱いを減らすことを検討しているという所もあった。「生産者が来日してイヴェントをすると、一時的には売り上げが伸びるんですけどね」と苦笑いしたインポーターは、「やはり『ドイツワインは甘口』という先入観が根強いんじゃないでしょうか」と付け加えた。表面的には存在感を回復しつつあるものの、販売の実情はなかなか厳しい様子がうかがわれ、それはスティルワインの輸入量推移において、ドイツワインのシェアが2013年には1.8%と前年の2.0%から後退している統計を裏付けているように思われた(参照:「ワイン参考資料」2014年8月付、メルシャン株式会社)。

 念のため補足すると、私は甘口のドイツワインを否定するつもりは毛頭ない。むしろ逆に、軽く繊細な辛口から濃厚な甘口に至るまで、幅広いヴァリエーションの見事なワインを造ることが出来るという事実は、ドイツワインの懐の深さの現れだと考えている。しかしそれでもやはり、「ドイツワインは甘口なんでしょ」と言われると反論したくなってしまうのは、そこに「甘口いだけが取り柄なんでしょ」という偏見が透けて見えるからだ。だから、そんなことはない、リースリングやピノ・ノワールの偉大な辛口を造る生産者は数多いし、そもそもドイツでは辛口や中辛口の生産量が約65%で甘口よりもずっと多いんだと、ドイツワインインスティトゥートが毎年発表している統計データを持ち出して、半ばムキになって反論してしまうのである。

バルクワインの遍在

 現在輸入ワインにドイツワインが占めるシェアが2%以下という、ほとんど隙間市場と化した現状を抜け出すには、「ドイツワイン=チープな甘口」という固定観念を壊さないといけないことは明らかだ。その一方で、日本国内で流通するドイツワインの大半が、量販店で販売されるリープフラウミルヒやシュヴァルツェ・カッツなどの量産ワインが占めているという現実がある。そうしたワインの輸出を専門にした業者がドイツにはいくつかあり、今年も3月のフーデックスや4月のワイン&グルメといった業界向け展示会に、大口の取引相手を探しに来日していた。ドイツ国内では小売価格が2~3ユーロ(約260~360円)前後の、バルクワインをブレンドして工業的に造られた味も値段も清涼飲料水と大差ないワインが、日本では大手の流通業者を通じて津々浦々のワイン売り場に並び、手ごろな価格と相まって一般消費者のドイツワインのイメージを形作っている。聞くところによれば、ドイツワインの生産量が天候の影響で落ち込んだ2013年産は、大手量販店で扱われるシュヴァルツェ・カッツが品切れして、インポーターはクレームを受けたという。そうしたワインが日本で好まれるのは悪いことではないし、手頃な価格の甘口が手堅く売れるのは良いと思う。しかし、そこから先に繋がらないことが問題だ。繋がろうにも、安甘ワインよりワンランク上の、ある程度質が良くて手頃な価格(1500~2000円前後)のワインが日本では非常に手薄であるように思われる。ドイツ国内ならば小売価格5~8ユーロ(約650~1040円)前後の、量販店やスーパーマーケットではなく、専門のスタッフをおいた百貨店かワインショップで扱われるワインか、地域密着型の小規模生産者が顧客に直売するワインの中の、エントリークラスの価格帯にある商品である。

高級ワイン=甘口という先入観

 ドイツワインがなかなか普及しないもう一つの理由は、矛盾するようだが甘口=高級ワインというドイツワインの格付けの影響もある。フランスやイタリア、スペインなどは辛口のファインワインの生産国というポジティヴなイメージが先にあり、多かれ少なかれその普及版という位置づけで、手頃な価格のワインが豊富に輸入されている。チリやカリフォルニアなどの新世界のワインもスタイル的には同様で、販売側にも消費者にも安心感がある。しかしドイツは旧世界の伝統生産国であっても、甘口を前面に押し出して来た。かつてはそれが他の生産国と対等に、異なる個性の高品質なワインとして認識され、廉価な甘口はその普及版として受け入れられていたのだが、90年代の赤ワインブームと食事にあわせてワインを飲むスタイルの定着、さらにコストパフォーマンスの良いチリや南欧のワインの浸透で、甘口のドイツワインは取り残され、ガラパゴス化してしまった。恐らくドイツの輸出商社にしても大規模醸造会社にしても、日本は甘口ワインの市場としてしか見てこなかっただろうし、今も恐らくそうなのだろう。ドイツでプロヴァインなどの業界向け展示会に行くと「アイスヴァインあります、いかがですか」と、日本人と見ると親しげに声をかけてくるあの人達に、近年の日本のワイン市場の変化は見えていないに違いない。同時に、売り上げとシェアが第一の食品商社のバイヤーも、ドイツワインは甘口さえあれば十分なのだろう。

デイリーなドイツワインの不在

 私は某輸入食品店でコーヒー豆のついでにデイリーワインを買うことが多いのだが、1000円から2000円台の品揃えが豊富なそのチェーン店のワインコーナーの国別比率は、おおよそ日本の輸入ワインのシェアを反映しているかのように、ドイツワインの数が少ない。シュヴァルツェ・カッツと地元では見たことのないモーゼルのリースリング(一応辛口)と、ドイツ最大規模を誇るフランケンの醸造協同組合の白と赤の4種類しか置いていない。そのワインコーナーを目にするたびに溜息をつきつつ、やむなくフランスやイタリアワインの売り上げに貢献している。ドイツワインを飲みたくても購入意欲の湧く商品がないのである。結果、その店のドイツワインの売り上げは停滞し、品揃えが変わることもなく、新しいアイテムも入ってこないのだろう。デス・スパイラルに陥っている日本のドイツワイン市場を象徴しているかもしれない。

 ちなみに私がドイツでしばしばお世話になったのは、Jacque´s Wein Depotというデイリーワインに力を入れたワインショップだった。ドイツ各地に約280もの支店を有し、5~10ユーロ(約650~1300円)の品揃えが充実していて、しかもほとんどのワインを試飲してから買うことが出来たから、ケース単位で買って行くお客が多かった。業界最大手のHaweskoグループの傘下にあるので、聞いたことのある人もいるかもしれない。ショップの直販サイト(http://www.jacques.de/wein/12/weisswein/deutschland/)に掲載されているようなワインが、私の思い描くところのデイリーでそこそこそこ品質の良いドイツワインである。小規模生産者の多いドイツとしては比較的規模の大きな、30ha以上のブドウ畑を所有する個人経営の醸造所か醸造協同組合のワインだが、バルクワインをブレンドして販売するのではなく、自家醸造したワインであることが重要なポイントだ。一般に著名な生産者でもベーシックなワインを収入の柱としていて、フラッグシップの評判の良い醸造所は、名刺代わりでもあるベーシックなワインも良質なことが多い。逆に言えば、ベーシックなワインが美味しくない醸造所は、他のワインもあまり期待出来ない。

 高品質で手頃な価格のドイツワインを生産する醸造所は、ゴー・ミヨのドイツワインガイド(Gault & Millau Weinguide Deutschland)に1000軒以上の推奨生産者が紹介されていることからもわかるように非常に多数ある。しかしそれを積極的に日本に紹介しようというインポーターはごく限られている。デイリーワインとして販売され、最も飲まれる機会の多いドイツワインに、バルクワインのブレンドではなく、そこそこ高品質なワインが幅広く手に入りやすい状況を作れば、ドイツワインに対するイメージも変わり、評価は改まるのではないだろうか。そうなって初めて、日本のドイツワインは新しい時代を迎える事が出来るように思われる。

 甘口か辛口かが問題なのではない。質の善し悪しが問題なのだ。それはどこの生産国であっても同じことであり、そうであれば同等のクオリティを持つドイツワインが、同等の価格対で流通することも可能なのではないだろうか。デイリーワインのヘビーユーザーとしてはそう期待している。

(以上)

北嶋 裕 氏 プロフィール:
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会 員。


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