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合田玲英のフィールド・ノートVol.30

公開日: : 最終更新日:2015/04/22 ライブラリー, 新・連載エッセイ, 合田 玲英のフィールドノート

Vol.30 

 春分を過ぎ、日を追って暖かさが増してきました。高緯度のヨーロッパでは、すでに2月の中頃にはずいぶん日の出が早まってきたな、と感じていました。雨が降るとまだ少し寒いのですが、晴れの日が増え、過ごしやすくなってきています。

 トルコのカッパドキアでは「目を開く」“göz-açmak”(ギョズ・アヂュマック)という、冬の寒さから守るためブドウ樹の根元に被せていた土を取り除く作業が、春先の風物詩となっています――と、ゲルヴェリ・ワイナリーのウドからメールが届きました。そしてローマ時代とビザンツ時代の古い醸造用の甕を新たに手に入れた、との知らせも添えられていました。

 ヨーロッパの2月、3月は試飲会シーズンですが、毎年のように新たな生産者の参加が増えています。そんな生産者の中から、近々入荷する新規取り扱いの生産者たちをご紹介します。

《 ラ・フェルム・ドゥ・ヴェール 》

 現当主のジェローム・ギャローは、ガイヤックで長年農場を経営している家系の6代目に当たる。フェルム=農場なので、ブドウ畑だけでなく家畜を飼い、穀物の栽培もしています。2013年から畑の一部を引き継ぎ栽培醸造。必要とあればビオロジック農法で認められている以外の農薬だって撒くと言いながらも、実際に散布したことはまだありません。ガイヤックの町から車で30分ほど離れた、隣人もいない山の中にワイナリーと住居があり、オーベルジュも経営しています。

 まだ30歳にも満たない私が言うのも変ですが、若いのに一昔前のような暮らしをしている人がいるのには驚きました。親戚や家族とともに暮らし、朝から晩まで牛を世話し、畑の作業をこなして、家の補修までやっています。文字に起こすとそのくらいのことか、特にワイン生産者ならなおさら、と当然視されがちです。が、感銘を受けたのは、ワインのテイスティングを家のリビングでしている時でした。10歳前後の姉弟もともにテーブルに座り、父親となんだか見たことのない感じの人がワインについて話しているのを、興味深げに聞いているのでした。ジェロームの人柄もあるのでしょうが、子供達が冗談も交えながら話に参加してくるのが、とても素朴で新鮮な感じでした。素直にいい家族だな、いい人たちなのだな、と感じ入ります。

 ワイン醸造は、手探りしながらナチュラルな醸造を行っていますが、まずは良いワインを造ることが第一。仲の良いカヴィストの勧めで、亜硫酸無添加のキュヴェを造ったりもしています。今回入荷するキュヴェL’Ange Loup《ランジュ・ルー》は、スパークリングなのですが、ブドウを搾って発酵が終了前にビン詰めする―あまりにも大雑把な説明ですが―「ペティヤン・ナチュレル」ではありません。あまり聞いたことない方法ですが、一次発酵が終わる前に、0℃まで冷やし、フィルターにかけて亜硫酸を添加し発酵を一度止めてビン詰め。春先からビン内2次発酵がとてもゆっくりと進行するため、糖分を発酵し尽くすには約半年かかるので、リリースは翌年の9〜10月。冷やした上に濾過しているから、液体はクリアで、繊細な泡と豊かな香りが特徴です。一見テクニカルなワインに思えるかもしれませんが、素朴で真摯で、手元にあるものを活かして工夫を重ねる、ジェロームの人柄の表れたワインです。

 ジェロームギャロー

《 コンプレモンテール 》

 ジョゼフ・ランドロンの息子、マニュエル・ランドロンが独立し、新たにドメーヌをたちあげました。ジョゼフ・ランドロンはいうまでもなく、ロワールのミュスカデの名手として知られる存在です。マニュエルは2013年12月、妻のマリヨン・ペシューと共にブルターニュ地方の街ナント近くで、ミュスカデ・少量のガメイ・地品種のフォール・ブランシュの植わる畑を見出し、醸造を始めました。2月の試飲会でビン詰め前のサンプルを飲みましたが、ミュスカデのペティヤン・ナチュレルもスパークリングでないワインも、ともに出来上がりが大いに期待できる味わいでした。

  醸造学校を卒業後、チリのルイ=アントワーヌなどの若いヴァン・ナチュレルの生産者の元でも経験を積んだマニュエルのワインは、父ジョゼフのスタイルとはまた違った、挑戦的な造りが面白いワインです。今年で28歳を迎えるマニュエル。これからが楽しみです。

 マニュエル・ランドロン

《 テロワール・ボーギュス 》

 最後は、新たなチリワインの予告編です。新しく醸造を始めた生産者ではありませんが、長年の経験をもとに新天地での醸造に挑戦しています。オーナーのクリストフ・ボーは、南仏のピクサンルーで長年ナチュラルワインを造ってきました。ルネサンス・デ・アペラシオンにも初期から参加しています。彼のチリへの取り組みは1980年代に始まります。NGOの活動として農業の実態調査と助言の為にやってきたのが最初で、ワインを造るようになったのは2011年からのことです。 

 2014年までは、現地の友人(ワイナリー経営者)の畑とセラーを間借りして、栽培醸造を行っていました。場所は、サンティアゴとヴィーニャ・デル・マールの間に位置する山間部。森に囲まれた、ほとんど雨の降らない地域です。また、チリでは森の残っている地域で、鳥害や虫害が甚大だとか。買いブドウで醸造をしなければならないこともあるそうです。

 2014年11月に建てた新しい醸造所は、エコ・アーキテクト(エコ建築)という考えに則っています。使用されているのは、土と藁と木だけ。簡素ながら素晴らしいセラーです。今回は入荷しませんが、醸造は牛の皮の醗酵袋でも行っていたりして、とてもユニーク。牛革醸造のものは、近々ルイ=アントワーヌから1キュヴェ入荷しますが、独特の雰囲気があります。昔は発酵容器として、何でも使っていたのですね。

 クリストフ・ボーの本格的なチリ暮らしは、2015年からのこと。新しくパイスを植えましたが、理想は他の果樹も育てながら、少量のワインを造って行きたいとのことです。
ボギュス畑ボギュスのセラークリストフ・ボー

 

なお、来月も引き続き、新しいキュヴェについてお知らせします。

 

合田 玲英(ごうだ れい)プロフィール
1986年生まれ。東京都出身。≪2007年、2009年≫フランスの造り手(ドメーヌ・レオン・バラル:写真左)で収穫≪2009年秋~2012年2月≫レオン・バラルのもとで研修 ≪2012年2月~2013年2月≫ギリシャ・ケファロニア島の造り手(ドメーヌ・スクラヴォス)のもとで研修 ≪2014年現在≫イタリア・トリノ在住

 
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