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『ラシーヌ便り』no. 111

公開日: : 最終更新日:2015/02/03 定番エッセイ, 合田 泰子のラシーヌ便り, ライブラリー

no. 111

Gelveriゲルヴェリ醸造所 ウド・ヒルシュさんからのお便り

 トルコ・カッパドキアのウド・ヒルシュさんから、新年の挨拶が届きました。「カッパドキアでは、1月初め激しい嵐が吹きあれ、雪が降り、氷点下16度になりました。キュップ(アンフォラ)の中でワインの温度は-6℃ですが、凍ることもなく静かに眠っています。この4年間、毎年同じような厳しい寒さがやってきます。 
 とても嬉しいお知らせがあります。政府から、醸造量を増やしてよいという許可が下りました。醸造所に認められた増加容量は、生産本数を増やすのではなく、キュップでの熟成期間を延ばす目的で、キュップの数を増やすために用います。そうすれば、より優れたクオリティのワインができるでしょう。さらに太古の素晴らしいキュップを購入することにします。さあ、また新しい素晴らしい、大昔にワインが醸造されていたキュップを探さなくては。きっと望んでいるものが、見つかります。昨年すでに一つ、素晴らしい400ℓのキュップを手に入れました。写真に写っている、おなじみの大きなキュップの隣に、綿帽子をかぶっているキュップです。今年・来年と続いて、ワインのクオリティがめざましく向上するに間違いありません。あなた方と共にワインを分かち合い、ワイン造りの成功への道を共に歩むことを、心から誇りに思っています。 ウド・ヒルシュ」

 ウドさんの第二便のワインは、イスタンブルからイタリアに運び、先週東京港に着きました。この度は、前回入荷しなかった、さらに熟成の長いキュヴェが入荷しています。
 私たちもテイスティングするのを大変楽しみにしております。

 

ルイ=アントワーヌ・リュイット来日レポート

 新年初の催しとして、チリからルイ=アントワーヌ・リュイット氏を迎え、大阪と東京でセミナーと試飲会を開きました。2015年の新春を、新たな世界への出発で飾れたことを、誇りに思っております。

≪何故今、チリ・ワインを扱うか?≫

 ラシーヌ初の新世界ワイン。〈大量生産型安ワイン〉イメージに染まったチリ・ワインを、何故いまラシーヌがあえて扱うことになったのかと、多くの方から興味をお寄せいただきました。
 その答えは、常に《新しくて古い》ワインを求めて前進するラシーヌの最前線が、チリにあったからです。

ワイナリー名:≪アグリコーラ・リュイット・リミタダ≫
造り手名:ルイ=アントワーヌ・リュイット 

 チリの山中に残された野性あふれる畑の、高い樹齢のブドウをもとに、マルセル・ラピエールに学んだ若きフランス人が初めて挑戦した、本格的なヴァン・ナチュールです。
 会場では、従来のチリ・ワインの観念を揺るがすような出会いに、多くの方々が仰天。繰り返しテイスティングしながら、味わいをじっくり確認されている様子で、ふだんとは異なる試飲光景でした。
 樹齢250年から400―500年の古木はもちろんながら、若樹にしても樹齢70年の接ぎ木をしないブドウから、しかもヴァン・ナチュールの考えで造られるワインには、特別な奥行きと素直でのびやかで味わいがあります。コンクール入賞を競うために造られているワインと、幾重にも恵まれたチリの驚異的な環境のなかで、創意をこらしながら可能性を引き出しているワイン造りとでは、根本的に意味合いが違います。
 また、取材についても、今までで最も多くのライターさんからの取材に恵まれました。メディアの方々から常ならぬ高い関心をお寄せいただき、輸入元として感謝しております。 
 ルイ=アントワーヌは、決して、いつも同じ話をするわけでなく、インタヴュアーの方によって、今まで聞いたことがないような話がでてきたりします。ずっと横で聞いていて、新たな発見があり、より深く彼の背景や考え方を理解することができました。その中でも、最も興味深かったことは、マルセル・ラピエールに会う前、フィリップ・パカレのもとで研修していたことでした。
インタヴュアー:パカレで研修したと聞きましたが、マルセル・ラピエールの紹介ですか?
L・A:いいえ、父がミシェル・クーヴレイ(長年サヴィニーで比類ないウィスキーを造ってきた奇才)と大変親しくしており、クーヴレイこそ私の一番目のワインの師なのです。 
 そこでワイン造りをしたいと相談したら、「今、ワイナリーをこれからたちあげるパカレというヴィニュロンが、うちのセラーで醸造しているから、彼に研修を頼めばいい」と、パカレを紹介されたということです。
L・A:「パカレはそのころ、オーセイ・デュレスの造り手を手伝っていました」。
 それを聞いて、私は「あっ、アントワーヌ・マクマホンのことだ!」と本当に驚きました。(ラシーヌは、2000年~2005年VTのマクマホン製ワインを輸入していました。)
 ルイ=アントワーヌはその後2002年に、醸造学校でマチュー・ラピエールに出会い、
ラピエール家との交流が始まりました。マルセルは、2010年10月21日に亡くなりました。生涯モルゴンを離れることはなかったと伝えられてきましたが、実は2008年と2009年、マルセルはチリのルイ=アントワーヌを訪ね、クリスマスから一か月、チリのイタタ・ヴァリーとオソルノ(クルションの醸造所)で過ごしたということです。

ルイ=アントワーヌと原画

 さて、帰国する前日、最後の食事に、ルイ=アントワーヌのワインとともに、ほかのワインも顔をそろえました。ムルソー・メ・シャヴォー2000/マクマホン、ピルゴス2005/ハツィダキス(フラン・ピエ樹齢250-300年)、ヴォーヌ・ロマネ・レ・スショ2000/ プリューレ・ロック(マクマホンの出荷の時に数ケースをロックでわけていただいて、同じコンテナーで運んだもの)です。「あっ、マクマホンの2000は、ぼくがビン詰めしたんだ。2002のタイエもしたことを思い出した。合田さんとは、その頃セラーで出会っていたかもしれないね」と、ルイ=アントワーヌ。その夜のマクマホンの素晴らしい味わいを、皆で心から楽しみました。

焼鳥今井
 それにしても、よいコンディション下での輸送と保管は、ワインを見事に美しく熟成させてくれます。味わいに寸部のブレもなく、まっすぐに酸が貫いています。古い縁をなつかしみながら、最後の夜を満喫しました。

 滞在中、多くのワイン専門店の方やレストランの方々にお目にかかり、各地のワイン・バーでヴァン・ナチュールが楽しまれる様子に、すごい熱気を感じたルイ=アントワーヌは、「これまで楽しまれてきた歴史と今の成熟を感じた」と驚いていました。
 さて、1月21日に帰国したルイ=アントワーヌからは、日本でたくさんのエネルギーを得たという、大喜びのメイルをいただきました。

“J’ai fait bon vol jusque Paris. MERCI encore vous m’avez honoré. Je rentre au Chili avec beaucoup de votre énergie.”

 多くのお問い合わせをいただきましたが、レーニョ・ドゥーロ2013年を除いて、すべて完売いたしました。レーニョ・ドゥーロは、ルイ=アントワーヌのシンボルマークというべきラベルを付したワインで、サンチアゴのバスの車体に描かれた停留所案内板をもとにしたデザインですが、こちらは十分な本数を輸入しました。他のキュヴェは、新しくビン詰めされた2014年VTが、本年4月末頃に入荷する予定。2013年VTよりさらに前進したルイ=アントワーヌの世界が、詰まっています。醸造環境が格段に整うにつれて、ルイ=アントワーヌが手掛けるワインは、ますます新たな世界を開いていくに相違ありません。ぜひ、ご期待ください。
LEGNO DURO


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