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合田玲英のフィールド・ノートVol.28

公開日: : 最終更新日:2015/02/03 ライブラリー, 新・連載エッセイ, 合田 玲英のフィールドノート

Vol.28

 1月も終わりに近づき、ヨーロッパの各地に寒さが到来しました。大雪に見舞われたところもあり、前年の暖冬に苦労した各地の生産者達からも、喜びの声が届いています。1月27日現在、南仏のモンペリエは暖かいのですが(最高気温9度)、先週まではしっかりと寒さ続きだったとか。真夏のチリから真冬のフランスへ戻ったばかりで、寒さが身に染みますが、やはり寒い方が冬らしいですね。

 毎年この時期に、多くの試飲会が開かれます。今年もまた新たに、若い生産者達を中心とした小さなグループが生まれました。フランス国外からは、ポルタ・ディ・ヴェルティーネのジャコモが、別の小さな試飲会に初参加。オーストリアのゼップ・ムスターも、友人の生産者達と共に数年前からフランスの試飲会に加わるといった具合。毎回新たな動きがあり、新しいものに目移りしてしまいます。色々なものをテイスティングしているうちに、「あれ、自分はどんなワインが好きなんだったっけ?」と思うこともあります。

 モンペリエでの試飲会を終えた数日後、アンジェでの試飲会に出かける前に、かつて(2009年秋~2013年1月末)大変お世話になったレオン・バラルを訪問して、少し休憩。バラル家はあいかわらず沢山の動物達とともに迎えてくれました。
ジャコモ(左)ムスター(右)

《 ドメーヌ・レオン・バラル 》

 セラーや畑を見る前に、まず飼っている牛や豚を見に。葉や果実のない冬の間、牛を畑に放し飼いにしています。産まれたばかりの仔牛と、草やブドウの枝を食べる牛たちがいる畑を見て、地元に帰ったような気持ちになりました。がそれ以上に、ここを離れてみて初めて、畑と景色の美しさに気づきました。レオン・バラル所有地のなかでも標高の高い畑には岩がごろつき、南仏特有の強い風が吹き、草もあまりないという厳しい環境です。しかしそこに植わるゴブレ仕立てのブドウ樹と牛の群れには活気があふれ、何回も見慣れた光景のはずなのに、その美しさに胸を打たれました。レオン・バラルで働き始めたころは、ワインのことも全く知らないなか、ブドウ畑での作業のほか、牛豚の世話から、屠殺、セラーの建設など、多くの仕事をさせていただきました。1つ1つの作業で教えられてきたことが、どれだけ自分の糧になってきていたかを実感できるようになったのは、ようやく最近のことです。
 ディディエは、思っていた疑問をぶつけてみると全てよどみなく答えてくれました。が、その内容は、5年前にレオン・バラルで生活を始めた時から変わらぬ答えです。例えば、南仏では果実が過熟して重たいワインになるのを避けるため、カーボニック・マセレーションをおこなったり、高い酸を保つために収穫時期を少し早めて醸造することが、しばしばあります。レオン・バラルは、地域一帯で一番収穫が遅く、ブドウは完全に熟してから収穫します。けれども飲むたびに、ボディを支える(未熟の果実由来でない)しっかりとした酸が、いったいどこから来るのか、不思議に思っていました。ディディエは第一に《収穫時期を早めることが美しい酸を持つことには繋がらない》と言い、彼が畑で行っていることの重要性を説明してくれました。

標高の高い畑、エスタケット畑で放し飼いの牛たち

  ブドウの糖度が上がるにつれて酸度が下がる現象は、水分の不足時に起こる。だから、ブドウが熟す時期に十分な水分が土中にあれば、酸度を下げずに糖度が上がる。ですから、とても乾燥する夏に、いかに土中に水を確保するかが問題となります。冬の間の雨が、土中深くまで達するためには、地面がトラクターなどで踏み固められないまま、虫やミミズ類の活動によって土中に水の通り道が無数に出来ている必要があります。雨がより多く土中にとどまり、極乾燥の夏にもブドウの根が水分と虫やミミズを呼びよせるためには、牛の糞が効果的です。排せつ後数か月の牛糞の裏側には、常にミミズがいます。因果関係が理解出来れば理の当然と思えますが、理解できるまでは少し難しい、とはディディエの言です。言葉も、その言葉通りに行っている作業も知っており、なにより出来上がったワインに説得力があるので、納得せざるをえません。

ディディエ

 ご馳走になった昼食は、いつもどおり畑で採れた野草や野菜と、彼らの牛の肉を焼いただけの、シンプルな食事。ですが、とても豊か。初めて僕がやってきたときと、何も変わっていない。生産量の若干の増加や、新しいセラーの建築などの新しいプロジェクトはあっても、ディディエは目新しさに惑わされることなく、自分の信じるワイン造りを変わらず行っています。結果的には、とてもユニークなワイン造りをしているように見えても、その思考と行動が一貫して変わっていないことが、ワインを飲んで感じられます。

 そして単純にこのワイン美味しいと思えるところが、ディディエの凄さなのです。

 

 

 

合田 玲英(ごうだ れい)プロフィール
1986年生まれ。東京都出身。≪2007年、2009年≫フランスの造り手(ドメーヌ・レオン・バラル:写真左)で収穫≪2009年秋~2012年2月≫レオン・バラルのもとで研修 ≪2012年2月~2013年2月≫ギリシャ・ケファロニア島の造り手(ドメーヌ・スクラヴォス)のもとで研修 ≪2014年現在≫イタリア・トリノ在住

 
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