ドイツワイン通信Vol.40
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最終更新日:2015/02/03
北嶋 裕の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ
合衆国におけるドイツ産リースリング市場
先日、別件でマスター・オブ・ワインの審査論文を調べていたところ、ジーン・ライリーJean Railly MWが2010年に提出した「合衆国のソムリエのドイツ産リースリングに対する姿勢」(Jean Railly, US Sommelier Attitudes Towards German Riesling)を見つけた(http://www.mastersofwine.org/download.cfm/docid/F20B4205-F93A-4C65-958BF8BA7CCBA677)。2010年当時の合衆国のドイツ産リースリング市場を、ソムリエに対するアンケート調査から分析したもので、序論にドイツワインの歴史をコンパクトに紹介した上で、本論の構成もしっかりしている。日本におけるドイツワインの状況を考える参考になるかもしれないので、以下におおまかな内容を紹介したいが、その前に合衆国におけるドイツワインの統計を少し見ておきたい。
合衆国におけるドイツワインの数量的実態
合衆国はドイツワインの世界最大の輸出相手国である。2013年の合衆国向け輸出額は8500万ユーロ(約119億円)、輸出量は22万3千hℓ、1ℓあたりの単価は3.64ユーロ(約510円)で、ドイツから輸出されたドイツワインのうち金額ベースで25.5%が合衆国に向かった。それに対して日本向け輸出額は1400万ユーロ(約19億6千万円)、輸出量は3万4千hℓ、1ℓあたりの単価は3.99ユーロ(約559円)なので、合衆国におけるドイツワインの市場規模は金額ベースで日本の約6倍に相当する。一方、合衆国の輸入ワインに占めるドイツワインのシェアは量ベースで4.8%、カリフォルニアなど国内産ワインを含めると1.2%となり(2010年)、日本の輸入ワインに占めるドイツワインのシェア1.8%(2013年)に比較的近い。また、合衆国の輸入白ワインのうち最も飲まれているのがピノ・グリ(34.7%)、続いてシャルドネ(23.2%)、そしてリースリング(9.4%)、ソーヴィニヨン・ブラン(8.9%)と続く。また、ワイン消費者人口9700万人のうち5400万人がコアな消費者で、彼らの飲むワインの34%を輸入ワインが占め、60%が自宅で、20%がレストラン、バーまたはラウンジ等でワインを飲むという(参照:DWI Statistik 2014/15; DWI Forum Export, Exporting German WInes to the United States, June 12, 2013他)。以上を前提にライリーの分析を検討したい。
ライリーの問題提起
さて、ライリーによれば合衆国ではドイツ産リースリングのメディアでの評価は高いのに、消費者の需要が低く、平均価格もワインスペクテイターでほぼ同等の評点を得ているブルゴーニュ白の半額程度であるのはなぜかと疑問を提示している。彼女はその原因がソムリエのドイツ産リースリングの販売姿勢にあるのではないかと考え、6つの州(ニューヨーク、フロリダ、イリノイ、テキサス、カリフォルニア、ネヴァダ)で働く現役のソムリエに対してアンケートを行って得た192名からの回答とインタビューをもとに、以下の4つの仮説を検証している。
仮説1.ドイツ産リースリングは合衆国のソムリエ達に高く評価されている。
仮説2.合衆国のソムリエはドイツ産リースリングを勧めることが多い。
仮説3.合衆国のソムリエはリースリングは食事に合わせやすい品種と認識している。
仮説4.合衆国のソムリエがドイツ産リースリングを顧客に勧めて断られた際、もっともしばしば耳にするのは「甘口は嫌い」という理由だ。
仮説1.ドイツ産リースリングは合衆国のソムリエ達に高く評価されている。
なんと回答者の99%がドイツ産リースリングを扱っているか、扱いたいと答えているそうだ。回答者の70%はドイツ産リースリングを自宅でも好んで飲み、84%がリースリングはドイツ産が良いと答え、「ドイツ産リースリングは過大評価されていると思う」という項目には92%が「否」と回答している。合衆国のソムリエのドイツ産リースリングへの好感度の高さが伺える。
その背景はヒュー・ジョンソンやジャンシス・ロビンソンの惜しみない賞賛(「リースリングは議論の余地無く世界で最も偉大な白用ワイン品種です」など)や、ウォールストリートジャーナルのワインコラム(「我々の様なワインライターは、この非常に楽しめる、美しく、あらゆる種類の食べ物と素晴らしくよくあうワインを応援してやまない」by Dorothy Gaiter & John Brecher)等、多数の著名なワインジャーナリスト達のリースリングへの賛辞が、ソムリエやワイン商たちに影響しているという。
仮説2.合衆国のソムリエはドイツ産リースリングを勧めることが多い。
ところが、リースリングを大好きな筈のソムリエ達は、ドイツ産リースリングを頻繁には顧客に勧めていないそうだ。ここでいう「頻繁」とは、ソムリエが勧める白ワインの20%以上を占めていることを指す。回答数187のうち125が20%以下で平均は13%、赤ワインなどを含めると5%に留まるという。
最も比率の高かったのはラスヴェガスのあるネヴァダ州で19%。ここには高級レストランが集中しており、合衆国のマスター・ソムリエが最も多く働いている州ということから、彼らの知識と技能の高さが影響しているのではないかとライリーは推測している。「できるソムリエはドイツ産リースリングを勧める」といったところか。また、ディナーの席でドイツ産リースリングを勧めた際、アクセプトされるかどうかはその他のワインと同程度と最も多くの回答者が答えているが、28%がアクセプトされにくいと答え、17%が逆にアクセプトされやすいと答えている。提案が断られる背景として、廉価な甘口ワインのイメージから、消費者はリースリングをカジュアルな家飲みワインと認識していて、レストランではもっと良いワインを飲みたいと考えている人がいるという。他には「保守的なお客様が多いから」とか、「ドイツ産リースリングをお勧めするには説明に時間がかかる。忙しい時間帯には知名度の高い、お客様がすぐわかるワインをお勧めする」といった内容のコメントが挙げられている。
ドイツ産リースリングは説明に手間がかかるというのはわかる気がする。そこで、説明するより試飲させるのが一番手っ取り早いという、もっともな指摘も寄せられている一方、ソムリエがより頻繁にドイツ産リースリングを勧めれば、顧客の認知度と理解度も高まり、アクセプトされやすくなるという報告もある。
どうやら、ソムリエ達と顧客の認識の差が壁となっているようだ。世代別でみるとリースリングを好むのは40歳以下の世代で、若い世代の方がドイツ産リースリングを新鮮なイメージで受け入れる傾向があるという。リープフラウミルヒなどの廉価な甘口の輸入がピークを迎えたのは1970年代から1980年代前半であり、それ以降に生まれた世代はそれを体験していないので、ドイツワインは低品質というネガティヴな先入観はあまりないという。また、専門知識のあるスタッフがいるレストランではドイツ産リースリングをオーダーする顧客が多く、またお勧めしてもアクセプトされやすいが、何でもいいから甘口が欲しいという、普段ワインを飲み慣れていないか、いつも廉価なホワイトジンファンデルを飲んでいる顧客にもアクセプトされやすいという。
日本ではリープフラウミルヒの輸入量は1990年代前半にピークに達しているので、ドイツの安くて甘くて低品質というイメージは、まだある程度残っている。ここ数年で次第に辛口リースリングが認知されつつあるとはいうものの、高品質なドイツワインのイメージ浸透にはまだ少し時間がかかりそうだ。
仮説3.合衆国のソムリエはリースリングは食事に合わせやすい品種と認識している。
71%の回答者がリースリングは食事に最も合わせやすい白ワインだと答え、69%がドイツ産リースリングで料理の印象は良くなると考えているそうだ。どんなタイプの料理が合うと思うかという質問に対しては、99%のタイ料理とアジア風多国籍料理を筆頭として、中華(97%)、和食(93%)、インド料理(89%)とアジア系料理の支持率が非常に高いが、フレンチ、イタリアン、コンチネンタル、バーベキュー、ニュー・アメリカンといった幅広い料理についても過半数が合うと答えている。
和食にリースリングの取り合わせは、日本では雑誌などで割とよく目にするし、中華や南インド料理との相性も良い。あの新鮮な酸味と繊細さ、ほのかなミネラル感と優しい甘味と上品さは、確かにどんな料理にでもあわせやすそうに思われるし、なにより押しつけがましい樽香が基本的にない。もっとも、どの程度の心地よさや調和を求めるかによって、あわせ方も考える余地はあるし、あの酸味とミネラルの硬さは、時として我々日本人の嗜好には自己主張が強すぎる感じられることもあるように思うのだが、それは私見なのでここでは脇にのけておこう。
仮説4.合衆国のソムリエがドイツ産リースリングを顧客に勧めて拒絶された際、もっともしばしば挙げられるのは「甘口は嫌い」という理由だ。
これは実際その通りで、65%の回答者は「甘口ワインは好きじゃないから」と、ドイツ産リースリングの提案が断られる時にしばしば聞かされるそうだ。勧めたワインが実際に甘口であろうとなかろうと関係ないという。同じ理由を34%が時々聞くというから、回答者の99%は一度はこの台詞を聞いていることになり、「ドイツワイン=甘口」という先入観がいかに根強いかということを示している。
他にも「リースリングは好みではないので」という理由も20%はしばしば、65%は時々聞かされ、「ドイツワインのことはよくわからないから」という理由は21%がしばしば、68%が時々聞くそうだ。また、ドイツワインは甘口だから要らないという顧客に対しては、大抵のソムリエはその場で訂正を試みるが、非常に高級なレストランでは顧客の意見を尊重して、必ずしも訂正するとは限らないという(まぁ、わかる気がする)。一部のソムリエは先入観を回避するため、とりあえずワインを提供して、それがリースリングであることを後で明かすことがあるという。あるソムリエは「試してもらえば必ず気に入ってもらえる」という確信があるので、説明する前に試飲してもらうそうだ。
仮説2の「ドイツ産リースリングを売るには説明に手間がかかる」というコメントとも関連しているが、消費者が試飲する機会を設けることが重要だとライリーは強調している。例えばリースリングとシャルドネを比較しながら料理に合わせてみたり、生産者を招いて試飲セミナーを開催したりすると、消費者はもとよりワイン業界関係者の理解は格段に深まるという。
甘口か辛口か、はたまた中辛口かというドイツ産リースリングの残糖度の幅の広さも、わかりにくくしている原因の一つだ。例えばカリフォルニアのシャルドネでも、実は相当な残糖が含まれていることがあるにもかかわらず、辛口として問題なく受け入れられているという。甘味という点では酸とエキストラクトとのバランスが決め手で、分析値では残糖があるにもかかわらず辛口に感じることも少なくない。そして実際に比較試飲すると、完全発酵した辛口よりも残糖が若干残されたものの方が好まれることが多いのだが、ワインを飲む前に選ぶ際、甘口は好きじゃない、食事にあわないという先入観が邪魔をする。より多くの試飲の機会を設けるべきという指摘がなされる所以である。
もう一つ問題となるのはドイツワインの表記の複雑さで、アンケートの回答者の80%がエティケットが読みにくいと感じ、81%が格付けの仕組みがわかりにくいと答えている。シンプルでわかりやすいエティケットにした方が売り上げは伸びるという意見が89%を占める一方、甘口の度合いが書いてあるとわかりやすいので売りやすいという意見もある。一つの解決策としては、インターナショナル・リースリング・ファウンデーションInternational Riesling Foundation (http://drinkriesling.com)の提唱するリースリングの甘味表示メーターで、北米と一部のドイツの生産者が採用しているという。
日本でもライトからフルボディの識別表示をしている裏ラベルを見かけるので、受け入れられる余地はあるように思う。ドイツワインを飲む頻度が高くない消費者には便利かもしれない。
以上、とても大ざっぱな要約で私の読み違いもあるかもしれないので、出来れば原文をお読み頂ければと思う。ライリーの行った調査を日本でも行ってみると面白いかもしれない。日本と合衆国では一人あたり消費量(合衆国9.1ℓ、日本2.3ℓ, 2011年)はもとより食習慣も異なるが、昨年リースリング・リングのイヴェントに「リースリングの伝道師」ことポール・グレコが来日するなど、次第に盛り上がりを見せている。今後も情報と体験の両面で、ドイツワインの存在をしっかりとアピールしていく必要があるだろう。
(以上)
北嶋 裕 氏 プロフィール:
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会 員。
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