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『ラシーヌ便り』no. 100

公開日: : 最終更新日:2014/09/03 定番エッセイ, 合田 泰子のラシーヌ便り, ライブラリー

no.100

100号となり図らずもクロード・クルトワ記念号となりました。

3月2日「フェスティヴァン」が開催されます。 2010年11月以来、毎年11月にフェスティヴァンが開催されてきましたが、会場の都合で、昨年は実施できませんでした。恒例となった会場のエビス 303は2014年11月に竣工予定なので、同地で今年11月に第4回フェスティヴァンが開かれます。なお、「1年間、とんでしまうのは寂しい」という多 くの声が、事務局に寄せられたため、3月2日に小規模ですが開催されることとなりました。表参道・BA-TSU ART GALLERY(東京都渋谷区神宮前5-11-5)会場は、表参道BA-TSU ART GALLERY、詳しくはhttps://www.facebook.com/festivin?fref=tsをご覧ください。

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クロード&クロディーヌ・クルトワ 初来日

さて、本年3月のフェスティヴァンに「クロード&クロディーヌ・クルトワ」が初来日して参加します。 1996年か1997年だったと思いますが、パリのワインバー「ランジュ・ヴァン( L’Ange Vin)」で初めてクロードのラシーヌ1995を味わって、未体験の不思議な、奥深い世界に引き込まれました。以来、前社ル・テロワールから私がヴァン・ ナチュールとともに歩み来た道は、まさしくクロード&クロディーヌとともに歩んで来た道でもありました。また、それは日本でのヴァン・ナチュール市場の広 がりとも、ほぼそのまま重なります。「奇妙なワイン」とたくさんの非難を浴びされながら、一部の熱狂的なファンの方々に支えられて、苦労しながら、少しず つですが、紹介を続けてくることができました。

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妥協を許さない、激しいほどの強い意志をもつクロードは、「ロワールの岩窟王」と呼ばれることもしばしば。また優しいまなざしの大柄な風貌から「優しい巨人」とも異名をもちますが、私の知る限り、最も苦労を重ねてきた造り手です。 クロードはシャブリに近いヨンヌ県にある、1700年代にさかのぼる農家に生まれました。実家は栽培・醸造も兼ねる大きなネゴシアンでしたが、父の死後、 23歳の時に兄と意見を異にし、クロディーヌと二人の子供を連れて家を出、プロヴァンスでワインを造り始めました。自然への深い畏敬は、彼の生き方そのも の。[une culture à l’ancinne] 昔からの流儀で、それこそがテロワールの神髄を表現できる方法だと信じるやり方で、土地の声を聴きながら、ひたすら働いてきたといえるでしょう。彼にとっ て「有機栽培」や「ビオディナミ」という言葉は、あとから付けられた言葉であり、彼の仕事を説明するものではありません。

1991年自然火災で、精魂傾けた畑と家を失い、一家はキャンピングカ―で流浪の旅に出ることとなりました。

十分な貯えもなかったと聞きますから、四人の 子供とともにどれほど大変な日々だったでしょうか。新聞広告で、ブドウ畑と古い家が売りに出ていたのを見て、ロワール地方ソローニュの森の中にある現在の 地にやってきました。私と出会ったころは、銀行への支払いに悲鳴をあげながら、野外に近い自然状態のなかでかろうじてワインを造っていました。造りかけの セラーは、屋根もなく、畑仕事と醸造のかたわら、子供たちの手を借りながら、少しずつセラーができあがってきました。当時は、牛、ロバ、ヤギ、豚、鶏、う さぎ、食べられる動物は何でも飼っていました。子供たちは登校前に、動物の世話をするのが日課でした。クロードの畑の周りは、名高い大量生産のワイン生産 地なので、賢い野生動物たちは、クロードの地所に集まってきましたから、狩猟の季節にはたくさんのハンターがやってきました。巨大な冷凍庫には、通行料代 わりにもらったジビエが入っていて、大切な友がくるときには、おしみなくたっぷりの澱で煮込まれたジビエがふるまわれました。

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クロードはINAOとは常に激しい攻防を続け、「私は自分のワインを造る、AOCなど必要ない、誇り高き『ヴァン・ド・ターブル(現在はヴァン・ド・フ ランス)』で結構」と、入口に旗をたて、「クルトワ王国、何人も許可なくして入るべからず」と、INAOの訪問を拒絶してきたと聞きます。 苦労人のクロードは、2003年に私たちが前社を去ることになった時には、最初の応援者となってくれ、共に泣き、励ましてくれました。当時まだ幼かった子供たちは成人し、次男ジュリアンと三男エティエンヌはそれぞれ素晴らしいヴィニュロンになりました。

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パリのビストロ・ワイン・バー「ラシーヌ」の元オーナーであるピエール・ジャンクが、詩人のジェラール・ギィとともに「クルトワ賛歌」ともいうべき美しい 詩集を出版しています。その中で「私にとって、強く興味をひかれるヴィニュロン。興味のありかはその敬うべき仕事の仕方であり、ワインに見え隠れする人 柄、それはクロード・クルトワを置いて他にない。・・・クロード・クルトワのワインを表現するとすれば、考えるまでもなく、私は瞬時にこういうだろう。 〈Purete, Respect, Bonheur〉 純粋さ、敬、幸福と。 100_06

美しい挿絵と一節をご紹介します

Le Vin d’arche et L’homme au Chataignier
懸け橋なるワインと栗の樹の男
Le Vin de Claude et vins d’amours
クロードのワインは愛のワイン
Que Verse Claudine
クロディーヌは流す
l’epouse aux yeux de source.
泉のように明るいその瞳で
Que portent les enfants
子供達は(愛のワイン)を運び
Chaque jours plus precieux
日に尊さは増す
Le vin de Claude est vin d’arche
クロードのワインは懸け橋となるワイン
de l’arche de Noe
ノアの方舟であり
de mon arche a moi
私の懸け橋であり
de votre arche a vous
あなたの懸け橋である
haute arche
高くそびえる懸け橋を
qu’il faut boire
飲みましょう
dans calice de la vie
命の聖杯に注いで

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今では、屋根も壁もエアコンも備わったセラーで醸造されるワインは、香りも味わいも大変にきれいなりました。

奥底 からつかんで離さないユニークさは健在ですが、かつての強烈な個性を懐かしむ声もあります。私は、エティエンヌの若い力が加わり、樽管理が以前よりよく なったため味わいがピュアになったと思います。なお、ご存じの方もあると思いますが、日本に輸出される「ラシーヌ」はいずれも、クロードがポテンシャルの 高い樽を選び、一年長く熟成された特別キュヴェです。なので、パリで流通しているラシーヌとは、異なる味わいです。古くからのファンの方々は、自分流のク ルトワ・ワインとの付き合い方を会得し、楽しんでいただいているようです。リリース直後の澱にまみれた欠点というべき臭いが、時とともに現れだす様々な要 素が力強くまとまるとともに覆いかくされて、魅力あふれる味わいに変化した味わいを経験し、それが楽しくて気長におつきあいいただいて、そのようなファン のおかげで、語りつがれるように、クロードのワインはひろまってきました。 長年の皆様の応援に、心より感謝申し上げするとともに、二人の来日を多いに楽しみたいと思います。フェスティヴァン以外にも、来日の催しを企画しております。詳細は、ラシーヌのフェイスブックをご覧ください。

 


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