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ドイツワイン通信Vol.39

公開日: : 最終更新日:2015/01/30 北嶋 裕の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ

冬至雑感

 数ヶ月前から朝型に切り替えて、毎日朝日を眺めるようになった。寄る年波-と言うには少し早いかもしれないが、夜中までモニターを眺めていると目が疲れるのと、午前中の方が精神活動のフットワークが軽いことに気が付いたからだ。別に朝日を拝むわけでもなく、ただ空の色が変わって行く様子を見たり写真を撮ったりしているだけなのだが、冬至が近づくにつれて日の出の位置が少しずつ南へと移動して行くことに気が付いた。22日の冬至を過ぎると次第に東へと戻って行き、黄道の高さも増していくのだろう。

 キリスト教が普及する以前、北欧諸民族は冬至をもって一年の始まりとしたという。寒くて暗い季節がようやく終わり、次第に春へと一歩ずつ近づいていくという感覚は、北国へ行くほど切実なものとなる。ドイツの冬至の頃の日の出は8時半頃だが、弱々しい光を放つ太陽が昇ってから景色が明るくなるまでしばらく時間を要し、午後4時半頃には早々に夜が戻ってくるので、一日の三分の二は暗闇に閉ざされている。だからクリスマスの頃は町中にイルミネーションを灯したり、家の中でもクリスマスの飾りに灯りを灯して、イエス・キリストの誕生日が近づく期待感とともに寒さと暗さを忘れるのである。その様子は、冬至を過ぎて春へと向かう季節を先取りしているようにも見える。

ザールの火災

 しかし、周囲を明るく照らし心を暖める炎は、時として不幸を招くことがある。去る18日の午前2時頃、ザールのブドウ畑の斜面中腹にある、築約百年になる農場の建物で火災が発生した。そこはホーフグート・ファルケンシュタイン醸造所のヴェーバー家と、トリーア大学でドイツ中世史を教えていて、数年前に引退したフランツ・イルジーグラー教授夫妻とご母堂が暮らしていたが、火元は醸造所に隣接する教授宅の屋根裏の書庫であった。トリーア在住のワインジャーナリスト、ラース・カールベルクの報告(http://www.larscarlberg.com/a-fire-at-falkensteiner-hof/)によれば、ヴェーバー父子が隣家の叫び声と煙の匂いに気づいて救援に駆けつけた時にはすでに遅く、燃え広がる炎の勢いを止めることは出来なかったという。書庫にはイルジーグラー教授が長年かけて収集した歴史関連の書物が3~6万冊所蔵されていて、教授が師事したドイツ中世都市史の第一人者エーディト・エネン女史から受け継いだ蔵書や、多数のワインの歴史関連の書籍が含まれていた。それらがまるで石炭のように赤々と燃え上がって建物とともに天を焦がす様子は、数キロ離れた隣村からも見えたという。近郊の町から消防隊が駆けつけて約120人が消火にあたった結果、醸造所は屋根の一部を炎と放水の勢いで損傷したものの、地下セラーと離れにあった圧搾所は事なきを得た。しかし、教授宅は全焼を免れることは出来なかった。6人が負傷し2名が重傷を負い、73歳の教授は火傷と一酸化中毒で専門病院に入院したが、幸い快方に向かいつつあるそうだ。

 イルジーグラー教授は中世ドイツのワインの歴史研究に関する第一人者である。アイフェルの山中にあるプリュム修道院の13世紀の御料地台帳から、その当時既にモーゼル川沿いにブドウ栽培とワイン醸造に特化した村があったことを指摘された。中世後期のケルンにおけるワイン市場に関する研究をはじめとする、教授の緻密な資料分析と洞察力には定評がある。私がトリーア大に留学していた時、教授は一学期間『中世のワイン』をテーマにした講義をされた。中世初期にキリスト教の布教とともに北ドイツまでブドウ栽培が普及したことや、モーゼル川沿いの村メーリングの発掘調査結果に基づいた中世のブドウ栽培の状況など、世間話でもするかのように楽しそうに語っていた。「良い教師は物語を語るように授業することが出来なくてはならないよ」と、授業で言っていたことが記憶に残っている。その他、15世紀にアルザスから北ドイツのハンザ都市リューベックまでライン川を経由してワインを輸送した際の会計記録を追体験するべく、授業の一環として学生をつれてライン川下りをしたことも昔あったそうだ。そんな訳で、ワインをこよなく愛するイルジーグラー教授が、ザールのブドウ畑の斜面中腹に建つ、見晴らしの良い農場の建物の一画を1985年に購入した気持ちはとてもよくわかるし、講義でも醸造所の隣に住むことの快適さを語っておられた。

 火災の原因は警察の調べによれば屋根裏の配線のショートではないかと見られている。人生何があるかわからない。教授とご母堂の順調な快復を祈念して止まない。

日本市場の最近の動向

 話は変わって、12月9日ドイツ大使公邸でワインセミナーがあった。今年着任したフォン・ヴェアテルン大使の主催という形で、ゴー・ミヨ・ドイツワインガイドの編集長ジョエル・ペイン氏がVDPドイツ高品質ワイン醸造所連盟のワインを紹介した。集まったのはドイツワインに縁のあるジャーナリストやインポーターなど約30人。公邸の庭に聳える銀杏の大木が見事に黄色に染まり、午後の日差しに映えていた。

 試飲ワインはグローセス・ゲヴェクスを中心に21種類に及んだ。グローセス・ゲヴェクス(略称GG)とは、VDPの自主基準に従って栽培醸造されたドイツワインのグラン・クリュである。単一畑の中の区画まで特定して、ヘクタールあたりの収穫量を50hℓ/ha以下に絞り込んだ伝統品種による辛口で、ドイツ国内の小売価格は大体25~40Euro(約3750~6000円)とけっこう高価だ。セミナーではGGのシルヴァーナー、ヴァイスブルグンダー、グラウブルグンダーの醸造所違い、リースリングの格付け比較と生産地域別比較、甘口3種類、シュペートブルグンダーの産地別比較といった具合に複数の視点から選択されたワインを、ジョエル・ペインの解説とともに二時間の予定のところ三時間かけて試飲した。

 現在のドイツワインを知るにはとても良い機会だったし、こうした機会をもっと増やして、幅広くアピールしていって欲しいと思う。また、私のようなフリーランスのライターが呼ばれること自体、日本のドイツワインの風向きが変わってきた一つの兆候なのかもしれない。長年使い回されているという噂のあった招待客リストを、今回はいくつかの席を先着順で申し込んだ人々にあてて、ある程度多めの人数に招待をかけたようだ。お陰で声のかからなかった古参の参加者もいたと聞く。でも、同じ様な内容のセミナーに何度も出席しても、新たに学ぶことはあまりないだろう。

 2012年のフーデックスの際、マインツのドイツワイン基金本部でアジア市場を担当しているリープヒェン女史から聞いた『市場浄化』という言葉を思い出した。たとえドイツワイン基金の日本事務所が閉鎖されたままでも廉価な量産ワインのシェアは減少して行き、次第に高品質ワインに移行するだろう、我々はそれを待っているのだ、と言っていた。確かに高品質なドイツワインへの関心は高まりつつあると思う。例えば年6回前後開催しているフェイスブックの「東京ドイツワインサークル」が主催するセミナーも、最近は参加申し込みの受付開始から一日以内で定員に達することが増えているし、11月に開催されたヴィネクスポ・ニッポンの『土壌によるリースリングの個性』と題したドイツワインセミナーも盛況だったと聞く。有志で立ち上げた「ドイツワインを盛り上げる会」が、10月31日~11月3日にかけて都立青山公園で開催されたドイツフェスティヴァルで3回行ったミニセミナーも毎回満員御礼で、日本ドイツワイン協会連合会が主催する「ドイツワインケナー及び上級ケナー試験」も今年の受験者数は過去最高の177名に達し、月刊誌dancyuの12月号はリースリングに力を入れたワイン特集だった。こうした状況から、日本のドイツワインは復活の兆しを見せているのではないかと思われる。

 ただ、その一方で2012年から2013年にかけての輸入量は、財務省関税局の調べでは2ℓ以下のボトルで3,580kℓから3.324kℓへと減少しており、輸入ワインにおけるドイツワインのシェアは2.0%から1.8%へと縮小している(http://www.kirin.co.jp/company/data/marketdata/pdf/market_wine_2014.pdf)。また、DWIドイツワインインスティトゥートの統計資料によれば、2012年と2013年の日本向け輸出量は約3,400kℓでほとんど変化がなく(+0.2%)、リットルあたりの価格は€ 403/hlから€ 399/hlで若干値下がりしている(-0.8%) (http://www.deutscheweine.de/icc/internet-de/med/cd3/cd35d944-9498-9412-4781-41406f135e25,11111111-1111-1111-1111-111111111111.pdf)。DWIの統計にはバルクワインが含まれ、ドイツ連邦統計局のデータをもとにした数字を丸めているので日本側の数字とズレがあるが、いずれにしてもあまり喜べる数値ではない。この背景には2013年に主に輸出された2012年産の生産量が、天候に恵まれた2011年産より少なかったということもある(2011年産約913万hℓ→2012年産約901万hℓ)。2013年産の生産量は約841万hℓと2012年産よりもさらに少ないので、今年の輸入量が昨年より減少していても不思議ではない。

 ドイツワインに対する関心は静かに広がり、新しい風が吹き始めていることは間違いないのだが、本格的な回復はまだ少し先のようだ。日本のドイツワインは今、丁度冬至のあたりにいるのかもしれない。春の訪れが待ち遠しい今日この頃である。

(以上)

 

北嶋 裕 氏 プロフィール:
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会 員。


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