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ファイン・ワインへの道Vol.103

響きます。偉大な古木守護ワイナリーの、生の声。

 トランプのEU産ワイン200% 関税で、シャトー・ペトリュス他、高級ワインの価格が下がる!、との刺激的な予測も現れた3月ですが……。 今月も、先月に続き、古木の話を少し掘り下げて、お届けさせてください。

 ちなみにトランプ関税とペトリュス値下げの関連ですが、「世界最大のワイン 消費国であるアメリカで、ヨーロッパ産ワインやシャンパーニュに残忍にも200%の関税が課され、市場価格が3倍になった場合、アメリカでのワイン消費が激減し、関税前から法外で強欲な価格設定だった、だぶついたワインを抱えた高級ワインやシャンパーニュの生産者は、EU圏内及び他国輸出の価格見直しに、引きつった笑顔で向き合わざるを得なくなる。それはEUやアメリカ以外の国の消費者にとっては大変歓迎すべきことだ、との推論です」。 これは、フランスの社会派週刊誌「マリアンヌ(Marianne)」編集長、ペリコ・レガス(Périco Légasse )氏の見解。パッと聞くと、それなら、頑張れトランプ! と思えなくもないですが、この論は、ヨーロッパの多くの中小規模、中~低価格帯ワインの生産者が陥るであろう厄難をほぼ無視している点で、同じく残忍とも、私には思えました。

目次:
1:樹齢144年サンジョヴェーゼは、トスカーナの知られざる辺境に
2:バローロ村94年古木、モーゼル130年リースリングは気候変動にも有益。
3:ピノ・ノワールの最古木は、オーストラリアに

 

1:樹齢144年サンジョヴェーゼは、トスカーナの知られざる辺境に

 先日お伝えしたサイト、「オールド・ヴァイン・レジストリー(Old Vine Registry)」の検索機能がなかなかに楽しく、この1ヶ月ほど、 品種別に古木を検索し、興味深いワイナリーへのメール・インタビューを繰り返してきました。

 まずは、サンジョヴェーゼの最古木、樹齢144年の樹を保持する、ポデーレ・ベッロスグアルド(Podere Bellosguardo)。モンタルチーノでも モンテプルチアーノでもないトスカーナの辺境、カセンティーノ・ヴァレイ(Casentino Valley)、フィレンツェから南東に30km ほど内陸に入った、知られざる小村のワイナリーです。こちら古木は、フィロキセラを生き延びた自根の樹。「砂とシルトの比率が高く、非常に乏しい粘土比率の土壌が、フィロキセラの繁殖を妨げる防壁となった」とオーナーのニコレッタ・ミラーリア。樹齢は、ヴェネト州コネリアーノの醸造学研究所により確認されているそう。

 このサンジョヴェーゼは、彼らの”ピエ・フラン(Pied Franc)”にブレンドされ、全房発酵で「フローラルで、スパイシーで三次元的なモレロチェリーの香りをワインに与える」役割を果たしている、とのことです。“三次元的な香り”とは、何ともインパクトある表現ですね。

 ちなみにトスカーナの王冠であるブドウ品種、サンジョヴェーゼの古木は、イタリア国内には意外なほど少なく、モンタルチーノで11区画登録されているものの、1区画を除き全て樹齢50年以下。 唯一の50年超え区画は、ビオンディ・サンティがわずか0.6ha所有する“テニス”区画のみ、といった様相。
 同様に、約7万haもの広大な面積を誇るキアンティ・クラッシコ地区でも、古木登録はわずかに8区画しかないのです。

 当然これには、1990年代に一気に進んだサンジョヴェーゼの優良クローンへの植え替え、 つまり終戦後に生産量最優先で支配的に植えられたR-10 を、一気に品質優先でR-23、BBS-11、CC2000/1~7などのクローンに植え替えた経緯があるわけですが…。そんな背景もあり、サンジョヴェーゼの古木はその他のメジャー品種より、さらに貴重とも思えてきます。

 またこの品種の古木を調べていると、意外にも目立つのが 新世界勢(半・死語ですが)。 ソノマ、アレクサンダー・ヴァレーにはセゲシオが115年古木を、オーストラリア、マクラーレン・ヴェイルではダーレンベルグが90年古木を保存するなど、イタリア以外で9区画が登録されています。
 それはつまり、100年以上も前に、この気難しい品種をイタリアからアメリカ西海岸やオーストラリアに持ち込み、奮闘した先人たちがいて、その情熱が今も受け継がれているということは……。歴史が語る、人類のワイン造りの執念のようなものさえ、古木から伝わって来るようにも、思えますね。

 

2:バローロ村94年古木、モーゼル130年リースリングは、気候変動にも有益。

 ランゲ地方、ネッビオーロの最古木は1931年植樹・樹齢94年。その区画を保持するG.D.ヴァイラのマネージャー、イシドロ・ヴァイラ(Isidoro Vaira)が最初に強調したのは、古木の気候耐性の強さと、その意義深さでした。
「古木から生まれるワインは、特に”極端な”ヴィンテージでは、信じられないほどの品質の一貫性を維持することに成功している。すなわち、古木を守ることは気候変動への対応にもなり得るのです」。そしてその味わいは「より深く、より複雑なワインとなる」と強調しました。

ヴァイラ家の古木区画は、バローロ村を代表する高標高のトップ・クリュ”ブリッコ・デル・ヴィオレ”内。この栄えあるクリュには1949年、1968年植樹の樹も混在し、同家のワインを代表するフラッグシップ・ワイン”バローロ ブリッコ・デル・ヴィオレ”としてリリースされます。

このワインは筆者も度々試飲しましたが、まさに“スミレの丘”とのクリュ名どおり。ラズベリー、リコリス、なめし革のトーンにミントとスミレ、およびバラのドライフラワーのニュアンスが美しく伸び広がる味わいは、真摯に保存された古木の力の偉大さを本当に雄弁に語るものでした。

 またヴァイラ家は、ドルチェットやモスカートの古木保存にも注力しており(すなわち、量が 追求されがちな品種にさえ 品質を優先する姿勢を保ち)、 樹齢80年以上のドルチェット、樹齢60年以上のモスカートなども保持しているとのこと。あまり、高い価格を付けにくいドルチェットやモスカートでも……、古木を保持する志の高さにも、畏敬すべき職人気質が、しっかりと感じられました。
 バローロのヴァイラ家同様に、古木の極端な気候への耐性の強さを強調してくれたのは、ドイツ、モーゼルで1895年植樹、樹齢130年の自根リースリングを守るワイングート・ゲッシンガー(Weingut Gessinger)の栽培・醸造責任者サラ・ゲッシンガー(Sarah Gessinger)。「気候変動で夏がますます乾燥した際、古樹の深い根は大きな助けになる。 地下20mまで伸びた根は、干ばつが続いても十分な水分供給と良好な成長が保証される。もちろん、言うまでもなく深い根は土壌条件とテロワールの持ち味をより深く反映します」と語る。 このワイナリーで特筆すべきは、100年越えの古木の区画のみのキュヴェをリリースしている点。それは
Rothlay Riesling Erste Lage trocken Edition 1895
Hifflay Riesling Grosses Gewächs trocken Edition 1895
の2区画。
ともに年産わずか500本程度。どちらも「古木ゆえの特徴で粒が小さく、果皮に対する果肉の割合が小さくなる。また樹齢が増すとともに自然に葉の数も少なくなることにより、房がより多くの日光を浴び、フェノール類の形成に有益となる。その結果、より複雑で濃厚なワインが生まれる」とサラ・ゲッシンガーは語ってくれました。
ちなみにこのワイナリーは40年以上も前から有機農法に取り組み、野生酵母のみの発酵で、テロワール表現を重視してきた志の高さも、記憶に値することでしょう。

ワイングート・ゲッシンガーの樹齢 130 年のリースリング。一房の粒の数も少なくなり、さらに風味が凝縮される。

 

ワイングート・ゲッシンガーの 130 年古木。葉の繁り方も、若木よりはずっとおとなしめ。

 

3:ピノ・ノワールの最古木は、オーストラリアに。

 最後にはやはり、 ピノ・ノワールの古木について、ふれない訳にはいきませんね。
ブルゴーニュではジョセフ・ロティがジュヴレに125年 古木を、フーリエがコート・ド・ニュイ各地に70~90年級の 区画を複数所有するのですが……、 現在“オールド・ヴァイン・レジストリー”登録ワイナリーで、ピノ・ノワール最古木を守るのは、オーストラリア、ヴィクトリア州グレート・ウェスタンのベスツ・ワインズ(Best’s Wines)。1868年(明治維新の年!)植樹、157歳で自根のピノ・ノワールが、コンコンジェッラ(Concongella)区画に、同年植樹のピノ・ムニエと共に、今も生きています。

 ワイナリー5代目オーナー、ハーミッシュ・トムソン(Hamish Thomson)によると「古木ワインは、より穏やかで、パワーよりもエレガントなフレーヴァ―が際立つ」とのこと。彼らの ピノ・ノワールは、ピノ・ムニエとブレンドされ”オールド・ヴァイン ピノ・ムニエ”として、良年のみリリースされています。

 そしてもちろん。
 ハーミッシュ氏を含め、回答をいただいたワイナリー全員が、「古木を植え替えるつもりは一切なく、その保存に最大の努力をしている」と回答。その高樹齢により、ヴィンテージによっては全く房をつけない、つまり経済上の合理性には全く反しても、 「私たちの子供や孫娘が、この古木の世話をすることを願っています」 とさえ、先述したポデーレ・ベッロスグアルドのニコレッタ・ミラーリアは語ってくれました。

 今回、回答をいただいたワイナリーにも、それ以外に無数に尽力する古木の守護者たちにも。あらためて深まりませんでしたか? 畏敬と感謝の気持ち。彼らが並外れた情熱で守る偉大な古木たちが今後10年、20年と樹齢を重ねた後、さらに深遠で壮麗なワインを生んでくれるであろう日が、本当に楽しみでなりません、ね。

※註1:今回使用する、「最古木」の表記は、前回同様、あくまで“オールド・ヴァイン・レジストリー”協会に登録されているものに限定した表記です。このサイトにまだ登録申請されていない古木は、世界に無数にあることを、再度強調しておきます。

※註2:締め切り直前(原稿が書きあがった後)、返信をいただいたロワール屈指の古木保持ドメーヌ、ドメーヌ・フィリアトロー(Filliatreau)、当主クリスティーナ・フィリアトロ―さんからも一言。育成する1933年植樹・樹齢92年のカベルネ・フランは、若い樹にはない「強烈な黒系果実、土、キノコの香りを生み出します。力強く、長い余韻は、まさにソミュール・シャンピニーのアペラシオンの典型的特徴の表現となるのです。樹は古くなるほど収量は落ちるかわりに、風味が凝集されるのです」。やはり。そうなのです。
ビオディナミの認証も持つこのドメーヌの古木ワインは、樹齢60~92年のもののみ限定の“ソミュール・シャンピニー・キュヴェ・ヴィエイユ・ヴィーニュ”としてリリースされ、フランス国内価格はわずかに18ユーロ。そのあたりにもまた、このドメーヌの良心と消費者への誠意が、有難く映っているように思えます。

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:

ウルグアイのボサノヴァ・ラヴァー作。
ゆる~い浮遊感を、花の季節に。

Inéditas Diane Denoir, Eduardo Mateo

 長かった冬が終わり、やっと水ぬるみ、花がほころび始める季節。その、ほのぼのとゆる~い弛緩空気を音にすると、こんな風? でしょうか。
 ウルグアイで1970年代初頭から活躍し、ブラジル~ボサノヴァを大きく取り入れた独自の音の“間合い”で、南米音楽のレジェンドとなったギタリスト、エドアルド・マテオの代表作の一つです。血圧低め(?)の女性ヴォーカルとともに、ブラジルのスタンダード曲などもひときわソフト&レイドバックさせて展開する独自世界は、まさに耳で味わう春霞のよう。
 桜の花が見えるテラスや公園で、アルコール低めの淡いロゼや、酸が高すぎないペティアンなどと合わせて……、至福の音マリアージュを咲かせてくれますね。

https://www.youtube.com/watch?v=vIiM77FXdB4

 

今月のワインの言葉:

「偉大なブドウ園からのワインを飲むことは、私たち一人一人が主人公であり参加者である人生の真の美しさを、毎日祝うことなのです」。
   イシドラ・ヴァイラ(バローロ、G.D.ヴァイラ、ディレクター)

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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