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ファイン・ワインへの道Vol.102

祝、”OVR”登録、世界の古木ブドウ園、4000突破。国別1位は、ポルトガル。

 古木の重要度を伝え、その保存に寄与する機関「オールド・ヴァイン・レジストリー(The Old Vine Registry)」に登録されたブドウ園が、 機関創立から約1年半で4000ブドウ園を超えたというニュースが伝わってきました。その労を祝し、今回は今一度、古木の魅力と要所を、まとめてみました。

目次:
1:樹齢20~25年を超えて、やっと現れるブドウ樹の真価と潜在力。
2:国別、樹齢別で“OVR”、世界の古木データを検索すると……。
3:フランスは、75年越え古木では劣勢気味?
4:古木の適応力と耐性は、気候変動対策の手がかりにも。

 

1 :樹齢20~25年を超えて、やっと現れるブドウ樹の真価と潜在力。

 もちろん、古けりゃいい、ではないですが。若すぎるものはやはり、深みに欠けるのです。
 「バローロやバルバレスコ の区画でも樹齢が25年未満のものは、 バローロとも、 バルバレスコとも名乗らせず、単にランゲ・ロッソとして出荷する。 古木と表示するのは樹齢50年以上のもののみ」。 このよく知られたポリシーは、かのロアーニャ家のもの。そしてワイン 生産における古木の重要性を雄弁に現すものと言えるでしょう。
 そう。まるで知見を重ねた古老哲学者のように。古い樹から生まれるワインには、若樹にはない深遠さ、奥行き、陰翳、はてしない魔性、そして時には深い精神性さえも現すものです。
 ゆえ、ボルドー上級シャトー などでも、トップキュヴェに使われる樹は、概ね樹齢15~20年以上、それ以下のものは通常セカンドやサードに回されます。
 また、盲点としては、その表示はAOCやDOCの規定外で生産者の任意、もし生産者が良しとすれば樹齢20年ちょっと程度の畑でも ラベルに古木表示(ヴィエイユ・ヴィーニュ、などなど)ができてしまうという死角も、よく知られていますね。
 もう一つ古木の宿命が、歳と共に樹がつける房の数が落ちるという点。 若木 なら1本の木に12~15の房がなるわけですが、 樹齢が80年を超えると「多くて2~3房。 年によっては一房も 実らない時もある。 それでも我々は古木がつける房の深淵な表現力を畏敬し、けっして植え替えず大切に育んでいるのだ」。 こちらも ロアーニャ家・当主、ルーカ・ロアーニャが筆者に直接語ってくれた話でした。

シチリア、エトナに古木が非常に多いのは、耕作放棄された期間も少なくなかったから、だとか。

 

2:国別、樹齢別で“OVR”、世界の古木データを検索すると……。

 そんな中、古木の重要度を伝え、その保存に寄与する機関「オールド・ヴァイン・レジストリー(The Old Vine Registry)」に登録されたブドウ園がこの年始に、機関創立から約1年半で4000ブドウ園を超えました。
  この機関が規定する古木の条件は、区画の85%以上が樹齢35年以上であること。 ウェブサイトも非常にシステマティックで、 国別、 品種別、樹齢別 など様々なファクターで古木畑を検索できる、なかなかに楽しいサイトです。

 現在の登録区画は全4235、 計12617ha。 国別ではフランス623、 イタリア380 、スペイン 448、 アメリカ合衆国500、オーストラリア 338、そしてフランスをはるかに超える最多登録国は、ポルトガル 847 という結果が出ています。オーストラリアがイタリアと拮抗し、 アメリカがスペインを上回っているという現状は、なかなかに意外ではないでしょうか。
 もちろん、まだこの組織に登録申請していない有名ワイナリーは数多くあります。ロアーニャもその一つです。

 この検索でもう一つ 興味深いのは樹齢別に調べて、95~114年、115~134年などなど、超・高樹齢のレンジになるほど目に見えてフランスの有名産地(ローヌを除く)が少なくなり、イタリアと、ポルトガル、そしてまたも意外にも(?)オーストラリア勢が目立つ点です。
 最・古木レンジとなる155年以上には世界で92のブドウ園。うちイタリアは10、オーストラリアは23、フランスはわすが2にとどまります。
 このレンジのイタリアで目立つのはやはりエトナで、アルタ・モーラ(Alta Mora)という生産者が 1865年植樹のネレッロ・マスカレーゼ、カッリカンテなどの区画を3ha所有。イ・クストーディが標高 650m前後の地点に所有する1.3 ha の区画も登録されています。 この区画はなんと1775年、 江戸時代で平賀源内や喜多川歌麿が活躍した時代に植樹され、樹齢250年。 もちろんフィロキセラ・フリーで、ブドウ樹の生命力に改めて驚かされますね。

イ・クストーディの 1770 年代植樹の区画

 

ポルトガル/ アントニオ・マデイラ 1890 年代の区画

 

 オーストラリアではバロッサ勢がやはり強く、ヘンチキ(Henschke)のカルトワイン、ヒル・オブ・グレースの”グランドファーザーズ”区画が1860年植樹、 トルブレックのヒルサイド1850がブロック名どおり1850年植樹、 といった 有名どころも散見します。
 また150年越え、まではゆかずとも 樹齢75~94年といったレンジ に含まれる496のブドウ園の中でもフランス勢はどうにも影が薄く、シャトー・ド・ボーカステルのルーサンヌ3ha(1945年植樹),ドメーヌ・フーリエがジュヴレ・シャンベルタンに所有する1級シェルボードの0.67haが、1940年植樹といったあたりが健闘している感じです。 ちなみにブルゴーニュでは、フーリエが他にも古木の区画を数多く確保、保存している印象でした 。

ポルトガル、ヴィーニョ・ヴェルデに根を張るほぼ野生状態の古木。樹齢 210 年で、まだ房をつける。

 

3:フランスは、75年越え古木では劣勢気味?

 それにしても、 フランスにはなぜ、75年越えの超・古木が少ないのでしょうか?
 おそらくは、前述した古木の生産性の悪さは要因の一つでしょう。 ブドウの樹1本がつける房の数は樹齢20年から25年の間がピークだと言われています。それ以降は徐々に減り、 樹齢80年を超えると房を全くつけない年もあるとなると……、 まず生産量ありきのワイナリーや農家は、 30年前後でスイスイと樹を植え替えていくケースが多いとも言われています。
 それはラングドックやロワールなど、比較的日常消費ワインが多い地域だけでなく、シャンパーニュや ボルドーでも同じこと、とのこと。実際、今回のサイト、オールド・ヴァイン・レジストリーでは、樹齢75 ~95年のシャンパーニュの古木は、現状、膨大なリストの中でエグリ・ウーリエのレ・クレイエール(1946年植樹)ほか、わずか6園しかありませんでした。

 もちろん、ブドウ樹の寿命は仕立てによって変わります。 一般的にギュイヨやコルドンは 毎年の剪定によるストレスで樹の寿命が短くなり、80年前後が寿命とされます。 対してアルベレッロ、ゴブレ、 ペルゴラ(棚仕立て)は100年以上、さらにポルトガルやジョージアなどで時折見る、完全に野生状態に近づいたような樹は300~400歳でもまだ実をつけるといいます。
 ゆえ、比較的フランスに超・古木が少なく感じるのは、産業効率主義の人々が多いからではなく、ギュイヨやコルドンの畑が多いから、という一抹の助け舟は、出せないことはないかもしれません。

4:古木の適応力と耐性は、気候変動対策の手がかりにも。

 俗物である筆者は、古木といえば とにかくいいワインができる! という点しか頭になかったのですが、加えてもう1点。 サステイナビリティの点でも 古木の保存は大いに意義深いようなのです。
  数十年、時には数世紀にわたって干ばつや熱波などのストレスに適応し、害虫や病害からも生き残った古木は、極端な気候に対する適応力や回復力が強いとされています。
 また、古いブドウ園にはクローンの多様性もあり、その遺伝子を研究し優れたものを繁殖させ、より極端な気候への適応力と回復力があるブドウの樹を育む研究も進められているとのことです。
こちらも、気候危機の現代に、有意義な結果が期待されますね。

 ともあれ。
 皆さんも重々ご存知の通り。 50年越え、80年越え と言った古木が生み出すワインの深淵さと魔性にあふれる味わいは、どうにもエキサイティングなワインの醍醐味、ですね。
 次回のワイン選びの際は、このサイトから樹齢をファクターにしてワインを選んでみるのも、趣き深く、意義ある発見に富むかと思われますよ。

https://www.oldvineregistry.org/

今月の、ワインが美味しくなる音楽: 

春霞の中を泳ぐような浮遊感。
次世代ローファイ・ブラジリアンの心地よさ。

『Nyron Higor』  Nyron Higor

 77年も前にボサノヴァを生んだ偉大な音楽大国、ブラジルの音はその後もず~っと進化・熟成し続けているのだなぁ、と春の日に実感させてくれる新人です。ゆる~いアコースティック・ギターと、ひかえめなアナログ・シンセを軸にしつつ、高山にかかる霧のような霞のような浮遊感と、温かなオーガニック感がしみるローファイ・ブラジリアンは、このアーティストの世界デビュー盤とは思えない落ち着き。内省的ベッドルーム・サウンドとしても楽しめる側面は、2020年代“幽玄系”ブラジリアン最要人の一人、ブルーノ・ベルレのプロデュースの賜物でしょう。
 少しづつ水と空気が温まり始めるこの季節、気取らないペットナットや、ほどよく田舎っぽさの残るソーヴィニヨン・ブランなどとこの音をペアリングすると……よりきれいで澄んだ気持ちで春を迎えられそうな気さえ、してきます。

https://www.youtube.com/watch?v=QGSo2QoLht0

 

今月の言葉:

「歳を取るのは山を登るようなもの。息は切れるけれど景色はずっと良い」
     イングリッド・バーグマン

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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