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ファイン・ワインへの道Vol.99

歴史が動いた!? 人類が亜硫酸塩と決別?

 イーロン・マスクの火星ロケットの完成よりも重要、そして人類のワイン作りの歴史の中で、ガラス瓶とコルクの発明に匹敵する偉大な発明、になるかもしれません。それは、夢の物質?
 なんと、完全に無味無臭で亜硫酸塩と同等の酸化防止効果、及び殺菌効果を発揮する自然素材由来の物質が完成した、というニュースが飛び込んできました。いよいよ人類が、あの忌まわしき亜硫酸塩と決別できる日が来た! のでしょうか。

目次:
1.栗の花から抽出した物質に亜硫酸塩と同等の効果が?
2.どの醸造段階で使われるか、にご注意。
3.広がれば、多くのビオ生産者もナチュラルワイン化?

 

 1.栗の花から抽出した物質に亜硫酸塩と同等の効果が?

 ポルトガル北東部、ヴィーニョ・ヴェルデ生産地域の小さな町、ブラガンザを拠点とするスタートアップ企業「トゥリー・フラワーズ・ソリューションズ(Tree Flowers Solutions)」が、現地のブラガンザ大学の研究を基に開発したこの新たな抗酸化・殺菌物質「チェストワイン(Chestwine)」。栗の雄花から抽出したタンニン粉末だというのです。

 早速、ポルトガルのこの会社に質問メールを送ってみました。 広報担当フィリペ・カルヴァ―リョ(Filipe Carvalho)さんからすぐに帰ってきたメールによるとやはり。

「”チェストワイン”は 添加してもワインの味と香りに全く影響を与えない、完全に自然素材由来の物質です。そして亜硫酸塩と少なくとも同等の抗酸化作用、殺菌作用を発揮します。同じワインを通常の亜硫酸添加のものと、チェストワイン添加のもので 熟成経過を比較したところ、試験開始から現在に至るまで5年間は同じ効果を発揮していることが確認されています」、とのこと。

 亜硫酸塩を一切使わず、代わりにこの新物質を使ったワインはすでにポルトガルとスペインでごく少量発売され、現在は完売。次の ヴィンテージが来年春には市場に再登場する予定とのこと。さらにボルドーでも、この秋から実験的に新物質を使用した醸造が、いくつかのシャトーでスタートした、とのことです。

 一般的なワイン作りに必要な この物質の量も、1ヘクトリットルあたり27~45gとのことで、 一般的ワインに使われる亜硫酸塩よりさらに少ない量で効果を発揮する点も、アドヴァンテージだと思われます。

栗の花。その成分が、ワインの歴史を動かす?

 

 2.どの醸造段階で使われるか、にご注意。
 とすれば、ナチュラルワイン、 およびそれに準じるワイン造りへのハードルが、大幅に下がった!と私たちは狂気乱舞 したいところですが…… 。確認すべき点はいくつかあります。
 その筆頭は、発酵時や圧搾時にこの物質を投入していないか、です。ご存知の通り、亜硫酸塩は 酸化防止効果のためだけではなく殺菌剤としても全世界で大活躍しています。 傷んだぶどうを選果せずに発酵タンクに入れる大型ワイナリーなどでは、収穫直後、発酵タンクに亜硫酸塩を入れて、腐敗果から繁殖する雑菌を殺すという、産業上の大役を担っています。ところが同時に、亜硫酸塩はブドウに付着している貴重な 野生酵母の多くも同時に殺してしまい、多様な野生酵母が生むはずだったワインの香りや味わいの複雑性を奪ってしまうのです。ピエール・オヴェルノワがいみじくも言った「亜硫酸塩がワインの中のモーツァルトを暗殺したぞ」、という状態ですね。

 将来ナチュラルワイン・ファンが、亜硫酸塩無添加、チェストワイン添加のワインを買われる際、まずチェックすべきは、この物質が醸造過程で使用されていないというポイントだと思われます。

 では瓶詰め過程ではどうなのか。
 瓶詰め過程では、 現在フランスのナチュラル ワイン認証”ヴァン・メトード・ナチュール”を取得している生産者でも、認証の上限以下の亜硫酸を使用している生産者は少なくありません。
 そしてこの亜硫酸塩が、添加ゼロのものと比べて若干の舌触りとのど越しの悪さを生んでいるケースも少なくないように思います。
 しかし先述の通り、新物質は無味無臭とのことで、亜硫酸塩の大きな 弊害だった喉越しのいがらっぽさ、 フランス人が言うところの 「喉が焼ける感じ 」から、ワイン・ラヴァ―が解放されるという点でも、やはり 夢の物質となる可能性を秘めています。
 最後にもう1点、 亜硫酸塩が原因とされる、頭痛やアルコール分解の阻害も、この新物質にはないということもメーカー側は報告しています。

 

 3.広がれば、多くのビオ生産者もナチュラルワイン化?
 もちろん、ナチュラルワインは何も添加しないことが理想です。 しかしその決断が難しい生産者、例えば
 ドメーヌ・ルロワや、ジュゼッペ・リナルディ、クリスタルムなどなどといった偉大な生産者が、亜硫酸塩の代わりにこの新物質を使い始めれば…… 、今よりさらに彼らのワインの酒質が美しくなり、ナチュラルワインに近づくかもしれないのです。

 それはまさに、人類文明の大きな進歩ではないでしょうか。
 もちろん、そう断じるには現時点では全く時期尚早で、今後実際に新物質、チェストワイン添加ワインの試飲、検証を重ねる必要があります。しかし、例えば気候変動対策やる気ゼロの大統領が二酸化炭素の巨大排出国で生まれるなど、暗澹たるニュースばかりの世界で、久々に明るい知らせかと思い、フライング速報気味ながら、年の瀬に今回のコラムとしました。来年はぜひ、今年より明るい世界になりますように。

 

追伸:
 このチェストワイン、メーカーに直接コンタクトすればすでに販売も開始されています。 お知り合いにワイン生産者がいる方は、試験的採用を薦めてあげてもいいでしょう。 コンタクトは下記へ。

https://www.treeflowerssolutions.pt/en/

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:

 夜、静かにふる初雪のような声。
アジアの女性ヴォーカルに、心温まる。
Kang Asol  『Chungmu』

 癒し、とかチル・アウトなどをさらに超えて……、静かにつぶやくような歌声の中に、慈愛と母性のようなものさえ優しく感じさせる女性アーティストなのです。ゆったり、メロウなバッキングも極々シンプルにピアノとギターで、たっぷりの音の余白があり、その淡い残響の中にゆらぐパーソナルで、私小説的なトーンも、心が温まるばかり。
 そしてこの素晴らしいシンガーソングライターも、またも韓国から。
 最近のこのコラムは、韓国インディーズを連続してお薦めしていますが……、本当に現代韓国のメロウ・インディーズは、その音の卓越した繊細さとキメ細かさが、世界でも類を見ない高みに達しているように思います。
 12月のパーティーシーズンで、騒ぎから戻った後、一人で静かに美しいミネラル感のナチュラル・ワイン(アルザスのピノ・ブランなどなど)と共にこの一年をふり返るような時にも……ついリピートしたくなるアーティストに、なってくれるでしょう。

https://www.youtube.com/watch?v=y8chP_-rEaw

 

今月の言葉:

「生き残る種とは、最も強いものでもなく、最も知的なものでもなく、変化にうまく適応する種である」
       チャールズ・ダーウィン

 
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