ファイン・ワインへの道Vol.97
公開日:
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最終更新日:2024/10/01
寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ 米国医師会JAMAネットワーク, 健康, ロサリオ・オルトラ, ベン・ワット, キムバヌーク
”酒は全て少量でも有害”(? ?)説に、嬉しい反論。
シャトー・ペトリュス4本を使ってカンヌ近郊でサングリアを巨大なボウルに作った人が SNS で話題になったり。霜害、ベト病、雹害が蔓延した今年のフランスでは特にシャンパーニュは潜在アルコール度数が9%前後しかない区画や、 収穫量の80%も失う生産者も現れると危惧されたり。さらに、ワインの生産過多に苦しむフランスでは巨額の政府の助成金を受けてボルドーで1万ヘクタール、ラングドックでもほぼ同等の広さの畑のブドウ樹が、粛々と引き抜かれ抜かれ続けるなど……。今年のワインニュースは本当に暗く、ありがたくない話ばかり……と思われている方々に、小さく明るいニュースかもしれません。
それはワインと健康についてです。
目次:
1:ニューヨーク・タイムズまで、アルコール見解がイスラム化??
2:在英、13万人以上の飲酒データを分析
3:今までは、ワインもウォッカも区分せず調査研究?
ニューヨーク・タイムズまで、アルコール見解がイスラム化??
その知らせにふれるたびに、まるでいずれ来る大地震に怯えるような気持ちに……なりませんでしたか? ここ何年の間に、「アルコール摂取はいかなる量であれ、 健康に有害である」との報道を度々目にし、将来の自分、及び世の中のワイン消費の未来に暗い不安を覚えていた人は、少なくないのではないでしょうか。
代表的論文は、イギリスの医学雑誌ランセット(The Lancet)に2018年8月に掲載されたケンブリッジ大学発の論文、「195の国と地域で23のリスクを検証した結果、健康への悪影響を最小化するなら飲酒量はゼロがいい」でしょうか。 実際、とうとうWHO(世界保健機関)まで、そのホームページに 「アルコールの摂取は、たとえ低レベルであっても健康リスクをもたらす可能性があります」、と2024年6月28日にアルコールに関するキーファクトとして記載しています。
またニューヨーク・タイムズ誌にも「高齢者は適度な飲酒から恩恵を受けない」との見出しの記事を掲載し「軽い飲酒でさえ高齢者には有害」で、”最初の一滴から”との見出しまで、丁寧に添えられていたそう。
在英、13万人以上の飲酒データを分析
そんな、まさに私達には信じられない(絶対に信じたくない)暗雲だらけだった潮流に、なんともありがたい反証をくれたのが今年5月、マドリッド自治大学医学部、ロサリオ・オルトラ教授らのグループが、米国医師会JAMAネットワークに発表した論文、
「健康関連または社会経済的リスク要因を持つ高齢者のアルコール消費パターンと死亡率」です。
なんと イギリスのデータバンクを使用し、 60歳以上のイギリス居住者13万5000人の飲酒習慣と疾病を分析したとのこと。
この研究が明らかにしたのは、主に適量のワインを飲む人と、食事と一緒に適量のワインを飲む人は、60歳以上で、健康で貧しくない場合、 他の種類のアルコール(ウイスキー、ウォッカなど)の場合は上昇する 心血管疾患や癌ほか、多くの原因による死亡リスクを相殺、低減したということ。中でも、食事中に適量のワインを飲む人の心血管疾患による死亡リスクは10~28%も大幅に減少したと報じています。
これは……まさに光明、ではないでしょうか。
今までは、ワインもウォッカも区分せず調査研究?
この結果について、ハーバード大学医学部教授でワインライターでもあるマイケル・アプスタイン氏は、「以前のアルコールと健康の研究は 、ほぼ全くアルコールの種類やその飲まれ方を区分していなかった」(‼)、ことも指摘しています。 つまり、多くはそれ単体で消費されることが多いウイスキー やウォッカのロックやストレートと、大抵は時間をかけて食事と共にゆったり消費されるワインとを区別していなかった、という指摘です。
当然すぎることですが、 度数の高いウイスキーをロックで飲む習慣と、 ゆったり時間をかけて食事と共にワインを楽しむ生活習慣では、血中アルコール濃度の上がり方、ひいてはアルコールの身体への影響が全く異なります。考えてみると本当にシンプルな話、かつ以前の研究はかなり粗雑とも思える研究結果だった訳ですね。
ただし、よりシリアスに解釈するなら、この研究が明らかにしたのは、あくまで ワインの消費パターンと人々の健康の”関連性”。つまり原因と結果の”特定”には至っていないということ。 つまり食事と一緒にワインを飲めば即、心血管疾患など による死亡率が減少するとは結論付けられず、疾患率の減少は、ワイン自体の有難い作用が原因なのか、それとも食事と一緒にワインを適度に飲む人の生活環境自体、つまり比較的裕福で、全体的な健康習慣が優れている傾向がある人々であったことが原因なのか、という点は今後まだ研究の余地がある訳です。
ともあれ、昨今のまるで、もしやアメリカなどでは禁酒法再来前夜か? のようにさえ思えなくもなかった重い空気が、ロサリオ・オルトラ教授の尽力のお陰で、かなり晴れたのではないでしょうか。
さて祝賀用乾杯ワインは、シュレールにしますか、ロアーニャにしますか。それは嬉しい悩みですね。
それにしても。冷静に考えると。“お酒は少量でも有害!”と主張する科学者(や「ニューヨーク・タイムズ」など)は、その説を信じ、もしもフランス人全員が禁酒すれば、みな今よりさらに健康で長生きになると、本気で信じていたのですかね??? 科学者というのは時に、本当に奇怪な主張を真顔でするものですね。
研究の詳細は、
Alcohol Consumption Patterns and Mortality Among Older Adults With Health-Related or Socioeconomic Risk Factors | Public Health | JAMA Network Open | JAMA Network
余談:
冒頭のペトリュス・サングリアの話を聞いて、とあるフランス人はこう言いました。
「ピカソやゴッホの絵を使って火をおこすようなものだ」。
こんな気の利いたコメントが、もっと日々の暮らしの中にあると嬉しいですね。
今月の、ワインが美味しくなる音楽:
秋味、アジアのベン・ワット?
わびさび系、アジアン・メロウ・アコースティック。
Kimbanourke 『Thoughts: Moths』
表題、「ベン・ワット」というアーティスト名にピンときた方は音楽通、ですね。1980年代初頭、ロンドンでネオ・アコースティック・ムーブメントを起こした中心的ビッグネームで、その作品は今も各方面で語り・聞き継がれています。
そして昨年、ベン・ワット・スタイル、つまり極シンプルなアコースティック・ギターとヴォーカルだけで、音の残響を繊細、上品に聞かせる素晴らしいアーティストがアジア、しかも韓国からデビューしています。もちろんK-POPのアッパーなチャート狙い感は一切皆無。
ひっそりと内省的でデリケート、そしてはかなさやわびさびの奥にサウダージさえ感じさせる音とメロディーは、アルバム全曲がアコースティック・フォークの金字塔の域です。
その繊細さは、秋の空気感にも、冷涼ヴィンテッジのミネラリィな白ワインやペティアンにも、スッと美しく呼応してくれますよ。
実は近年、韓国、台湾などのチルアウト・サウンドのレベル・アップぶりは本当に驚異的で……、このコラムでもまた是非、ご紹介させてください。
https://www.youtube.com/watch?v=Arh4cxqq3eE
今月の言葉:
「酒は度を超さなければ、人にとってほとんど生命そのものに等しい」
旧約聖書
寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。
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