*

合田玲英のフィールド・ノートVol.20

公開日: : 最終更新日:2014/12/26 ライブラリー, 新・連載エッセイ, 合田 玲英のフィールドノート

Vol.20

1.トロッセン・セミナー

 5月3,4日Salon des Vins Libres。アルザス地方で2年おきに開かれ、ピエール・フリックやブルーノ・シュレール、クロード・エ・エティエンヌ・クルトワなど30生産者が出展しています。

 2日目にはルドルフ&リタ・トロッセン醸造所のルドルフを招いたドイツワインのセミナーが開かれました。友人であるピエール・フリックが通訳をし、また今回セミナーが開かれたのも彼の強い勧めだそうです。トロッセン醸造所のあるモーゼルでは、というよりもドイツでは亜硫酸を使わずにワインが醸造されることはまずなく、彼がフランスに行き亜硫酸ゼロのドイツワインについてセミナーをする、というとモーゼルの友人は意味も目的も分からなかったそうです。モーゼルでは亜硫酸の添加を減らすこと、または無添加が何をもたらすかも全く認知されていないそうですが、1978年にビオディナミ農法に転換し、2010年から幾つかのキュヴェを亜硫酸無添加で造っています。10年ほど前からフランスのナチュラルワインの様子はドイツにも伝わっていたそうですが、亜硫酸無添加のワインを造ることはとても勇気のいることだったそうです。そんな彼に、ノルウェー、デンマーク、ベルギーのソムリエやインポーター達が彼のワイナリーを訪れるたびに多くのフランスのナチュラルワインを紹介してくれました。中には”変な”ワインもあったそうですが、興味深いものも幾つかあり、亜硫酸無添加での醸造に踏み切りました。それにつれて、醸造中にワインへの介入を減らせば減らすほど、出来上がるワインのなかで葡萄が産まれた土地の個性と美しさがよりよく表現されることに気付くことが出来たそうです。

 ドイツで亜硫酸無添加ワインを造っているワイナリーということで、参加者の中からは、そういうワインを造っているとラベルに明記すべきではないかという意見もありました。ナチュラルワイン生産者の中には認証機関のマークや、細かな説明文を入れることを嫌う人が少なくありませんが、現状では本当に唯一の存在だからこそ、この考えを広げるため、また飲んだ人に違いを知ってもらうためにはそういう説明もいるのではないか、ということだと思います。

2.アルトゥーラ

 イタリア、トスカーナ州、グロッセートの南西、ジリオ島のワイナリー、アルトゥーラ(Altura)の紹介です。
 オーナーのフランチェスコは父親の出身地モリーゼ州で育ちました。大人になってからはローマで数学の教師をしたり、詩を書いたり、レストランで働いたりしながら、いつかワインを造りたいと考えていました。赤のキュヴェ名にもなっている父、サヴェリオ(Saverio)もフランチェスコの幼いころから自宅で赤ワインを醸造し、現在のアルトゥーラの赤ワインと同じように多くの品種を混醸し長期のマセレーションを行っていたそうです。そしてサヴェリオが初めてジリオ島の島民と彼の赤ワインを飲んだ時に、島の人は「これは俺たちの赤ワインに似ている!」と言い、サヴェリオは「いや、お前たちのワインが俺のワインに似ているんだ!」というやり取りがあったそうです。

 フランチェスコがジリオ島に家を買って移り住んだのは、20年ほど前の40歳の時。それから耕作放棄された畑の手入れを始め、2000年が初醸造の年となりました。ジリオ島では120年ほど前にフィロキセラがやってきた後、他のヨーロッパの地域と同じようにアメリカ台木で葡萄の栽培を続けてきました。けれども60年ほど前から次第に葡萄畑の数は減っていき、現在は多くが耕作放棄地となっています。特に島の南側はどこを見ても島の頂上から海沿いの崖まで石積みのテラスの跡があり、まだ生き残っている葡萄の株が見かけられます。耕作放棄された元の畑の環境はとても厳しく、重機の入れない岩がちな斜面を鍬と人の手で20年かけて再び拓いてきました。

 少し話が飛びますが、彼の父サヴェリオは65歳から1500本の果樹を植林しました。サヴェリオが植林をした時、周りの人はどうせあと少しで死ぬのに、何故お金をかけてそんなことをするのだとからかったそうです。が「物事をなす時は自分が永遠の存在であるかのように考えなさい」とフランチェスコには言い、植林をつづけたそうです。40歳から鍬を握るのは大変な決断だったと思いますが、父親が残した言葉を励みに現在も畑を少しずつ広げています。「100年後にはもしかしたら島のほとんどがまた畑になっているかもしれない!」

 ジリオ島はアンソナコと呼ばれる白用品種のワインが有名で、現在島で栽培されている品種のほとんどはアンソナコです。アルトゥーラの白のキュヴェ名もそのままアンソナカ、となっていますが、実際はアンソナコ100%ではなくトレッビアーノ、マルヴァズィーア、モスカートが多く混醸されています。現状では黒葡萄を栽培しているのは島ではほぼアルトゥーラだけなのですが、放棄された畑で生き残っている株の多くは赤用品種で、白用品種ではマルヴァズィーアとトレッビアーノが多く残っています。ということは昔の(樹齢から考えて少なくとも60年前の)人は赤ワインを造っていたということが分かります。また現在島の主品種であるアンソナコの古い株が見つからないのも妙な話しだ、ともフランチェスコは言っています。また16世紀にアンドレア・バッチというローマ人の哲学者が地中海のワイン産地について書いた本の中には、ジリオ島の赤ワインは絶品であると書いてあり、これもまたワインを醸造するうえで大きな励みになっています。

 

写真は2007年に友人のヘリコプターで空撮されたものですが、60年前は島の南側、写真で言うと左側全体が畑で一杯だったようです。赤い囲みの中はアルトゥーラの畑です。


茂みを歩くと野生化している葡萄の木が見つかります。見えにくいかもしれませんが赤い囲みの部分に葉が見えます。

 畑の再生はとてもユニークな方法で行われます。茂みとなってしまった崩れたテラスの木を切り、枝は燃やし根は鍬で掘り起し、石を積みなおします。テラスしか残っていない所には苗を買ってきて植えていますが、そうでなくても手入れがされず伸び放題になっている樹齢の高い株が残っています。それを、株のそばに大きな穴を掘り、何本かの枝を地上に残しつつ埋めてしまいます。すると春には残された枝から芽が出て、見た目には1歳か2歳の若木から(にしては)十分な量の葡萄が収穫できます。埋めた後それぞれの小さな株が根付いた後も、土中の根を切ることも無くそのまま置いておきます。見たことも聞いたことも無い方法ですが、ジリオ島では良くみられる方法だそうで、アルトゥーラ特有の方法ではありません。ジリオ島は雨の降らない年がよくあり、2012年は前後合わせて約1年半の間、雨が一滴たりとも降らず、雨が降るはずの冬でも砂埃が舞い上がるほど乾燥していたそうです。この場合深い根を持ち、深い地層の水分を探り当てられる古木でないと生き残れないことから、このような方法が生まれたのかもしれません。
 木を切り燃やす事以外は全て人力で行っており、畑の拡張は本当に少しずつです。ワイナリーを興した時にユンボー(小型のショベルカー)を借りてきて畑の整備を行っている写真がありますが、以前、重機が通れたなだらかな斜面のテラスも、現在は整備し葡萄が植わっています。

株を埋める作業の様子。

 ところが去年、隣の畑のオーナーがもう高齢で葡萄の栽培を続けられないのでと、フランチェスコに0.7haの畑を売ってくれました。この畑はフランチェスコ所有の畑よりもさらに傾斜の凄い畑で、岩の隙間に葡萄が植わっているといえるような環境です。前オーナーは85歳になるまで鍬を振るって葡萄栽培をしていたのですが、斜面を昇り降りするとその凄さが身に沁みます。フランチェスコも「じゃあ僕もあと20年は働けるなあ」と冗談交じりに言っていましたが、半分は本気のようでした。前オーナーは畑の除草剤や殺虫剤の散布はありませんでしたが、ベト病に対しては一般に購入できる農薬を使っていました。



 醸造は、赤白どちらもステンレスタンクで混醸され、赤はマセレーションを6か月行います。これもまた個性的な方法で、その6か月の間に2~3回澱引きを行うのですが、その度にタンクに残った果皮の上部をタンクに戻すそうです。そして後に500Lのタンクで1年間熟成します。澱引きはもちろん清澄と純粋な味わいを得るために行うのですが、それ以上に強調して話していたのが「ステンレス製のタンクにワインを入れて全く空気に触れさせなかったらワインが窒息してしまう。だからたまに呼吸をさせてあげなければいけない」ということでした。よって澱引きする時は酸化防止のための手段(亜硫酸添加や窒素などのガスでワインの移動先を満たすなど)は全く行われず、常識では(少なくとも今まで聞いた限りでは)発酵がほぼ終わったワインはポンプの出口を液面より下にいれて泡をたてないようにするのですが、液面の上から注ぎ口を泡をたて空気を入れながら澱引きをします。白はマセレーションせず、澱引きは赤と同様に行い、1年間ステンレスで熟成させます。


 亜硫酸添加は葡萄の発酵前に行い、以降は瓶詰時にも添加はありません。醸造を始めて数年は亜硫酸無添加での醸造も何度か行いましたが、出来上がるワインがより安定して仕上がりがより美しいと判断し、現在は亜硫酸を使用しています。サヴェリオはフランチェスコに「醸造の要は酸素をいかに操るかであって、拒絶することではない」と言っていたそうで、亜硫酸は酸化の恐れのある澱引き時や瓶詰時には使用していません。

 サンジョヴェーゼ100%からなるキアレット(ロゼ)は、マセレーションを1日行った後、熟成は長期間させず、翌年の春には瓶詰。2013年はどうしても島を離れなければならず、マセレーションが3日に伸びてしまったため、色合いもボディーも12年より濃くしっかりとした仕上がりになりました。もともとは島内のワインバーの依頼で買いブドウ(上記の購入した畑のように、ベト病に対して農薬を使う)で造り始め、大きなガラス瓶に入れて売っていました。レストランを経営している友達が島にやってきた時それが気に入って買い始め、それ用に瓶詰をし始めたのがきっかけでした。
 写真は5月の初めのころのもので、もう花が咲こうかという頃でしたが、2014年は去年までよりも一ヶ月近く生育が遅いそうです。他の地域では、特に生育が遅かった去年だけでなく、例年に比べてもとても早いです。

 

合田 玲英(ごうだ れい)プロフィール
1986年生まれ。東京都出身。≪2007年、2009年≫フランスの造り手(ドメーヌ・レオン・バラル:写真左)で収穫≪2009年秋~2012年2月≫レオン・バラルのもとで研修 ≪2012年2月~2013年2月≫ギリシャ・ケファロニア島の造り手(ドメーヌ・スクラヴォス)のもとで研修 ≪2014年現在≫イタリア・トリノ在住


 
PAGE TOP ↑