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ドイツワイン通信 Vol. 38

公開日: : 最終更新日:2014/12/19 北嶋 裕の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ

ドイツワインの風土と個性

 早いもので、今年ももう師走が目前に迫っている。都内ではクリスマスのイルミネーションが輝き始めたが、私はそれを見ると、ドイツのクリスマスマーケットを思い出す。町の広場の中心に大きな樅の木が立てられ、屋台や回転木馬のイルミネーションが辺りを照らし、針葉樹とホットワインの香りが漂う。

 クリスマスマーケットは待降節(アドヴェント)の期間に開催される。アドヴェントの初日はクリスマス直前の日曜日から数えて四週間前の日曜日で、第一アドヴェントと呼ぶ。この日から四回日曜日を迎えると、クリスマスはすぐ目の前に迫っている。待降節の間、針葉樹の枝を束ねたリースに蝋燭を4本立てて、日曜日ごとに一本ずつ灯していく。クリスマス目前の第四アドヴェントには全ての蝋燭が灯り、リースの周りは一層明るさを増す。アドヴェントカレンダーという、日付が扉になっていて、それを開けると中にお菓子やおもちゃが入っているカレンダーがある。この場合もやはり、全ての扉を開けてしまうと、クリスマスの当日を迎えている。その日の訪れを心待ちにする心情は、我々が子供の頃に正月を指折り数えて待つのに似ている。今年も残すところあとわずかだ。

ラインヘッセンの風土

 先日、ラインヘッセンのワインについて話す機会を頂いた。ラインヘッセンはドイツの13生産地域最大の産地で、ドイツのブドウ畑の概ね三分の一がそこにある。ドイツのほぼ真ん中に位置していて、ワインのキャラクターはどちらかといえば南の産地、つまりバーデンやファルツに近いが、それよりもどこかフォーカスのゆるい、輪郭の滲んだような印象がある。とりわけ、この産地に広範囲に分布するレス土壌のワインには、そうした印象がある。

 大半がなだらかな丘陵地帯で、約4千万年前の氷河期にアルプスから飛来した石灰質を含む黄土、つまりドイツ語で言うレスLössが、至るところで厚く堆積している。手に取ると軽くぼろぼろと崩れ水はけが良い。一方、ラインヘッセン西部の、隣接する生産地域ナーエに近いエリアには、火山性の斑岩や赤底統の鉄分を含んだ片岩の割合が増えて、ワインのキャラクターにも繊細さと透明感が出てくる。ラインヘッセン東部のライン川沿いの急斜面、いわゆるローター・ハングは、ライン地溝帯の陥没による断層で本来地下深くにある赤底統の地層が露出する場所だ。急斜面で表土が薄く、ワインは気品と華やかさを備える。また、南部と北部の土壌に混じる石灰岩は、約1億2千万年前はこの一帯が海だった頃の名残りである。南部のワインは力強くフォーカスがはっきりとして、北部は若干繊細だ。

 ラインヘッセン全体を俯瞰すると、西から東に向けて土壌の生成年代は新しくなる。石灰質もファルツやフランケンの貝殻石灰質が約2億4千万年前の三畳紀に生成したのにくらべると、1億年ばかり新しい。その上にライン川や風が運んできた粒子の細かい軽い土壌が堆積しており、ワインの味わいも全体に軽やかで明るい感じがする。西洋絵画で言えば印象派の、光の点の集まりで描かれていて輪郭はやわらかく曖昧な、モネやシスレーが思い浮かぶ。ラインヘッセンに限らず、レス土壌が特徴的な地域は他にもバーデンやファルツ南部、オーストリアのクレムスタールやワグラムが知られている。

風土と人とワインの個性

 ラインヘッセンのように視野が開けて明るい風景の、軽い土壌から明るく軽やかなワインが出来るとすると、例えばモーゼルの狭い渓谷の急斜面の、堅くゴツゴツとしたスレート粘板岩土壌が主体のワインはどうだろうか。風景から受ける印象が、そのままワインの個性に反映されるとは短絡的な気もするが、暗く内向的で、堅く、縦方向へ伸びるというワインのイメージは、おおむねモーゼルの景観と合致する。また、モーゼルのスレート粘板岩には赤、灰色、青色とあって、青色が約4億年前で最も生成年代が古く、余韻も縦方向に向かう伸びが長いと言われている。生成年代が古いということは、それだけ地下深くに潜んでいた地層であり、それが露出する場所のリースリングの味わいに、あたかも根が地下深くまで伸びて到達したかのようなイメージが、そのまま反映されるのは興味深い。

 ある場所に住む住民が、周囲の環境から影響を受けて、独特の気質が形成されることは理解できる。ドイツワイン関連で言うと、モーゼルの生産者は閉鎖的で悲観的だと、他の産地の人々からは思われているらしい。モーゼルに長年住んでいた経験からすればそんなことはなく、親切でおおらかな人が多いが、一部の生産者は確かに気むずかしかった。そういえば、VDPドイツ高品質ワイン醸造所連盟のモーゼル支部は、その閉鎖的なことで知られている。新規メンバーの加盟には既存メンバーの推薦が必要で、さらに全会一致で賛成されないと入会が許されない。加盟したくても申請すら出来ないというから、相当に根回しとコネが必要な難関である。しかし一方、ラインヘッセンのVDPはオープンで、VDPのメンバーだけでなく、産地全体の醸造所を統括するラインヘッセンワインe.V.の有志と足並みを揃えて、テロワールを基準にした格付け制度に取り組んでいる。具体的にはグーツヴァイン(醸造名のみ)、オルツヴァイン(村名付き)、ラーゲンヴァイン(畑名入り)と、呼称範囲が狭くなるに従って、品質が高くなるという制度で、毎年VDPラインヘッセンとラインヘッセンワインe.V.が合同試飲会を開催している。また、若手醸造家達は加盟団体に関係なく、村ごとに固まることもなく、生産地域全体でオープンに交流していて風通しがよい。

 生産地域によるこうしたメンタリティの違いは、モーゼルでは蛇行する川を挟んだ急峻な斜面に囲まれた、狭く限られた視野と内向きの姿勢が影響しているようにも見えるし、ラインヘッセンでは、なだらかな丘陵地帯の見晴らしの良さが育んだ振る舞いのようにも思われる。意志を持たない(とされる)ブドウ樹にも、育った風土が人間と同じような形で個性を与えているのだろうか。ラインヘッセンのワインは親しみやすく、モーゼルは内向的でとっつきにくいというふうに。

フリードリヒ『月を見る二人の男』1823/24ベックリン『死の島』1883

 また、ワインの要素を甘味、酸味、アルコールとミネラリティに分けてみると、甘味は色彩であり、酸味は骨格、アルコールは肉づき、ミネラリティは精神に例えることが出来ると、どこかで聞いたような気がする。とすると、モーゼルの辛口リースリングは彩りに乏しく、骨がしっかりして痩せていて、精神性に満ちていると言えそうだ。さながらストイックに修行に打ち込む修道士といったところか。また、ラインヘッセンが印象派ならば、モーゼルにはドイツロマン派が相応しい。思い浮かぶのはカスパー・ダヴィッド・フリードリヒやアルノルド・ベックリンの、神秘的な静謐に満ちた非現実的な風景画である。太古の海底で形成された粘板岩土壌に深く根を下ろすリースリングの、峻厳で深遠な味わいに通じるところがあると思う。

 

 他の産地でもイメージにあう絵画を探すと楽しいかもしれない。豊満なファルツはさしずめルノアール、端正なラインガウはミケランジェロ、男性的なフランケンはアルブレヒト・デューラー、軽やかでふわふわした感じのあるヴュルテンベルクはパウル・クレーとか。ドイツワインの産地の個性を改めて考えさせてくれる。
(以上)

 

北嶋 裕 氏 プロフィール:
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会 員。

 
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