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ファイン・ワインへの道Vol.96

アルザス・ネッビオーロ、シラーの時代、来る?

 「とにかく今、都合の悪いことには目をつむっておこう。可能な限り先送りにしよう」という人類の偉大な特性(=地球沸騰化への無策)が生んだ、有難くない副産物なのか……。フランス原産地呼称委員会が、アルザス、およびクレマン・ダルザスに、ネッビオーロ、シラーなどを含む計10種の新品種の試験栽培、および生育検証を認可した、とのこと。すぐさま「冗談を言うにしても、もう少々本当らしいことを言えば?」とお叱りもうけそうですが……、これが、本当なのです。

 

目次:
1:ヴェルメンティーノ、シュナン・ブランもアルザスに。
2: 多くの生産地で関心高まる、別品種でのサバイバル。
3:そして今年も(いつもどおり?)。山火事と熱波。

 

 ヴェルメンティーノ、シュナン・ブランもアルザスに。

 今年6月、アルザスで試験栽培が認可された新品種とは、シラー、ネッビオーロのほか、シュナン・ブラン、ヴェルメンティーノ、そしてカビやうどん粉病に強い耐性のあるPIWI品種であるオパール、セレノール、ココリスなど。
 そしてやはり、今回の認可の目的は「気候変動に直面した土地で、ブドウ品種の適応性を調べること。国と国をまたいで移動するブドウ品種をフランスの地域間で移動できないというのは想像しがたいことです」と原産地呼称全国委員会の会長クリスチャン・パリーは語ります。またアルザスワイン生産者協会(AVA)会長であるジル・エールハートは「私たちの目的は、アルザスのブドウ品種を置き換えることではなく、新たな可能性を確認することです」と語ります。

アルザスのこの風景の中に、新品種。
シラーの生育は、いかに?

 新品種は各農園の表面積の最大5%、ブレンドの最大10%までで 10 年間の試験栽培が可能とのこと。つまり品種名が大書されるアルザスワインのラベルで、どんとネッビオーロやシラーの名が表記される可能性は、今のところはなさそうです。
 ここで「アルザス人って結構楽天的というか粗雑?ネッビオーロの土壌や微気候に対する、極端なほどの過敏さを知らない?バローロとロエロ、あのわずかな距離でワインの質感がどれほど激変するか。新世界産ネッビオーロが、ランゲのものとは全く共通点がないと思えるほど薄くライトなのものになっていることを知らないのかな?」との意見も出そうですが、それはさておき。
 そこまでする必要性に迫られるほど、アルザスでも気候変動は待ったなしの逼迫状態、ということなのでしょう。

アルザス、コルマール周辺の土壌地図。
非常に細かくモザイク状に土壌が入り組んでいるのが特徴。ネッビオーロに合う土壌も、見つかるか??

 

 多くの生産地で関心高まる、別品種でのサバイバル。

 ちなみに筆者は近年、ワイン生産者に会うごとに必ずする質問があります。それは「気候変動への対策で、栽培や醸造面で具体的にどんなことをしていますか?」。
 答えで一番多かったのが「収穫を早くすること」、次が「新しい品種の栽培を検討すること」でした。そして新品種の栽培を検討すると答えたほとんどの生産者が、フランス人やイタリア人らしい自信満々の答えで目力がこもる、という雰囲気とは真逆の、「実は本当にお手上げなんだよ」とでも言いたげな、弱々しい語気で、天を仰ぐような感じだったことも、問題の根の深さを感じさせました。
 例えば、今年5月に会ったブルゴーニュの生産者、レジス・エ・シルヴァン(Régis et Sylvain)の醸造家シルヴァン・グロッシャンスも真顔で「将来、ブルゴーニュにグルナッシュかネッビオーロを植える必要があるかもしれない」と語り、ローヌのル・クロ・ド・カヴォー(Le Clos de Caveau)のアンリ・ブンジェネ―ルも、「熱と干ばつに強いカリニャンが、ローヌのより広い地域でも推奨されるべきだ」と語ったものでした。
 カリニャンは現在、ボルドーでも試験栽培および将来のブレンドに向けた動きが進んでいるのは以前このコラムで書かせていただいた通り、ですね。

 私としてはそんな各エリアの新品種のニュースに触れるたびに、暗澹たる思いになることがあと1点。おそらく皆さんもワインを学ばれる際、「ブドウ品種は、その栽培可能地帯の北限(北半球の場合)となるギリギリの温度環境で最も良い結果を出す」と学ばれ、それを実感されていると思います。
 シラーはローヌ北部で、ピノ・ノワールはブルゴーニュの、それぞれの品種が耐えられるギリギリの寒さにより、ブドウに豊かな香味成分が蓄えられると習いましたよね。そんな地域で、より南方の温暖な地域の品種栽培が前向きに検討されるということは、とりも直さず元々その地域にあったブドウ品種が、それぞれの土地に不適切になり始めているということかもしれないのです。


 そして今年も(いつもどおり?)。山火事と熱波。

 そして2024年。カリフォルニアではもう毎年恒例になった「山火事の季節」がさらに早く始まり、6月にソノマで山火事が発生。フランスで8月にラングドックの古木の畑が山火事で失われ。ハンガリーでは、暑さでブドウの収穫が1ヶ月も早まり、ブダペスト、エトヴェシュ・ロラーンド大学の気候学者、ピーター・サボ氏は「ハンガリーの気候は白ワインにとって理想的ではなくなる」との声明も出しています。栄えあるトカイの運命やいかに。

 それでも多くの人類は、気候変動なんて他人事、とばかりに大排気量のSUVを一人で楽しげに運転するなどなど、今まで通りの二酸化炭素大量排出生活を変える気持ちはさらさらないように見えます。
栄光のアルザスで、シラーやヴェルメンティーノ、そしてネッビオーロのブレンド比率がより上がるのも、そう遠い日ではないかもしれませんね。


今月の、ワインが美味しくなる音楽:

ポルトガルのカエターノ。
美声とアコースティックで、心を澱下げ。
AntónioZambujo『LoteB』

 ポルトガル新世代ナチュール生産者たちの目を見張る力量には、皆さん日々驚嘆の連続かと思います。そんな時には、音も是非、ポルトガルのものを。
 このアーティストは、ポルトガルのカエターノ・ヴェローゾとも言われるソフトで包容力ある美声と、シンプルにアコースティック・ギターとその音の隙間を聞かせる素朴な音作り。ブラジル音楽への愛も根底に感じさせつつ、まるで“フォーク・ナチュール”とも思える域なのです。
 上記の曲を収録したアルバム「VozeViolão」全体に一貫する、肩の力が抜けきった、さらりと涼しげなその響き。舌から五臓まで、長~く美しく、キラキラと響き続けるポルトガル・ナチュールの表情豊かな酸やミネラルと美しく呼応するのはもちろん。心に舞った澱さえも、フワリと静めてくれる気さえしますよ。

https://www.youtube.com/watch?v=P5FSUn1GOZU

 

今月の言葉:
「人は手遅れになるまで、自らの人生の本当に大切な瞬間を認識しないものだ」
         アガサ・クリスティ

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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