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ファイン・ワインへの道Vol.95

パリの審判から48年。拡張版、「ロンドンの審判」顛末。

 まだまだ根強いワイン産地観のカースト制度、士農工商(?)を見直させる一助となったのか。はたまた、まますます ワイン選びの混迷が深まったばかりなのか。 1976年の「パリの審判」から48年を期し、有名ワインのブラインド比較試飲「ロンドンの審判」が今年5月に開催されました。
 パリの審判といえば、カベルネ・ソーヴィニヨン(主体)とシャルドネ だけを比較して、つまりピノ・ノワールを完全無視して‟カリフォルニアがフランスに勝った!” とは 能天気千万! とのお叱りの声も早速出そうですが……それはさておき。今回の「ロンドンの審判」について、少々考察(野次馬?)してみたいと思います。

 ちなみに冒頭に述べた ワイン産地観のカースト制度、士農工商とは、 昔ながらの有名産地第一主義のこと。つまり、ワインはフランス(と一部イタリア)だけが一流品(バラモン?)で、他の産地のものは二流品、ピノ・ノワール は ブルゴーニュ だけが、 スパークリングは シャンパーニュだけが一流品で、その他は二流、三流品と頭から決めつけるかのような見識と固定観念です。21世紀もまもなく1/4が終わろうとしている今も……、その前世紀的(安直権威主義的)価値観にがっちり捕らわれた消費者はどうにも少なくないようにも思えますが、どうでしょうか?

目次:
1: 南半球を含む多彩な国から、多様なブドウ品種で比較試飲。
2: 32種のワインを、多くのM.Wを含む21人がポイント制で評価。
3: ヨーロッパと、その他の世界の差は、消失。

南半球を含む多彩な国から、多様なブドウ品種で比較試飲。

 おそらくはそんな消費者の、ワイン産地の脳内カースト制度的先入観に再・再度、一石を投じる(長年、投げ続けているのになかなか届かない)のが ロンドンの審判の狙いの一つ だったであろうことは想像に難くありません。
 今回の‟審判”で、まず 特徴的だったのは、フランス対カリフォルニア、 各カベルネ・ソーヴィニヨン主体とシャルドネのみに限定されていたパリの審判とはまるで異なり、 ヨーロッパ産VS‟世界のその他の地域”(Rest of the world =ROW。チリ、南ア、オーストラリアなども含む)という 対立項の設定、 そしてブドウ品種 もリースリング、ソーヴィニヨン・ブラン、ピノ・ノワール、シラー、グルナッシュ、カベルネ・フランなどなどと、非常に多岐に渡っていたことでした。
 ところが その分、試飲用のワイン点数(各品種の代表選手の数)がえらく少なくなってしまった様子。
 例えばシラー、グルナッシュ、カベルネ・フラン、リースリング、ソーヴィニヨン・ブランはヨーロッパと、その他の地域(ROW)が各1種類のみ。シャルドネ、ピノ・ノワール、カベルネ・ソーヴィニヨンのみがヨーロッパ産とその他の地域、各2種類が供されました。
 世界中で生まれる 素晴らしいワインの中から、この審判用に各地域の各品種、わずか1種類か 2種類のみを選ぶ主催者の苦労もまた 想像に難くありませんが……。 どんなワインが選ばれたのか 知りたくなるのは 人情、ですね。
 例えば ピノ・ノワールのヨーロッパ代表は デュジャック 2017ボンヌ・マール、マイヤー・ネーケル2019プファールヴィンゲルト・シュペートブルグンダー(ドイツ、アール)の2本(だけ)。
 ピノ・ノワール、その他の地域代表は、ストーム・ワインズ2019リッジ・ピノ・ノワール(南アフリカ)、ハーシュ・ヴィンヤーズ2019サン・アンドレアス・フォルト・ピノ・ノワール(ソノマ、カリフォルニア)でありました。

 そこで、「いやいやバス・フィリップのリザーヴか、クリスタルムのキュヴェ・シネマ、はたまたドメーヌ・ルロワのグラン・クリュ、クリスチャン・チダやジェラール・シュレールの諸作、などが出ていたら、全体結果は全く違ったものになったでしょうに! なぜ、このチョイス??」と突っ込みたくなるのはごもっともなのですが……、まあパリの審判の時でも、「なぜあのトップワインが出てなかったの??」との例は多かったものです。それは、この手のブラインド試飲の宿命ですね。

 

32種類のワインを、多くのM.Wを含む21人がポイント制で評価。

 そんなロンドンの審判の”結果”は、既に多く報道されていてご存じの方も多いことでしょう。
 赤白、各16種類のワインを、多くのM.W.やマスター・ソムリエを含む21人の 審査員が10点満点で評価した点数を合算しての結果です。
 赤の1位は、J・L・シャーヴ 2012エルミタージュ、2位がシャトー・ムートン・ロートシルト2009。
 白の1位はペガサス・ベイ 2011ベル・カント・ドライ・リースリング(ニュージーランド)、2位はグロセット 2012ポーリッシュ・ヒル リースリング(オーストラリア)でした。

 ここで、南半球の白がコルトン・シャルルマーニュ2017(ジャド)に勝った!と受け止めたり、受け止めなかったり、喜んだり悲嘆に暮れたりするのは各人の自由なのですが、白の16種類の中の多くが比較的熟成の浅い2017~2020年ヴィンテッジだったことはお伝えしておくべきでしょう。
 対して1、2位となった白は、しっかり10年以上の熟成を経たものでした。赤に関しても試飲ワインのかなり多くが2018~2019年ヴィンテッジでした(ヴィンテッジのセレクトは、主催者の指定ではなくサンプル送付を依頼された各ワイナリーの自由裁量だったそう)。

今回の審査員。ジャンシス・ロビンソンほか9人の M.W.が参加。

 そしてやはり忸怩たる思いが募るのは、カベルネ・ソーヴィニヨン主体のワインと、ピノ・ノワールやグルナッシュなどの品種を同時に、10点満点のポイント制で評価することの難しさでしょうか。R・パーカーはかつて引退後に「結局、私はブルゴーニュをうまく評価できなかった」との旨の発言を、爽やかにも(?)公にしましたが‥…、今回の審査員諸賢はそうではなかったことを祈念するばかりです。

 

ヨーロッパと、その他の世界の差は、消失。

 と、またも小姑さんの小言みたいになってしまった本稿ですが……少なくとも1点、ロンドンの審判に大きな意義深さがあるように思いました。それは、極少数の試飲ワインの中でどれが1位だった2位だったというような狭い話ではなく。
 ヨーロッパ勢とその他の地域(ROW)のそれぞれの総合合計得点がほぼ拮抗していたところです。
 赤白、各16本のワインの総得点は、ヨーロッパ勢2615.5点(平均7.8点)、ROWが2604.5点(平均7.75点)。
 そう、32本のトータルでわずか11点、平均でたった0.05点しか、ヨーロッパとROWの差はなかったのです。

 これはまさに(もうとっくの昔から皆さんがご存じのように)、ヨーロッパとその他のワイン産地の差が、消失しつつあるということではないでしょうか。これぞ、「ロンドンの教訓」。
 もうずっと前から、ヨーロッパ産ワイン=エレガントで繊細、新世界ワイン=パワフルで武骨、との先入観は前世紀の遺物、なのですよね。
 かつてよく語られた新世界ワイン/旧世界ワインとの概念(それが暗に意味するスタイル)自体が、もう廃止されつつある死語に近いものなのでしょう。現代ではポルトガル、ハンガリー、南アフリカ、オーストラリアなどからも、堂々たるグラン・ヴァンは生まれています。

 今回の審査員の一人、ティナ・ゲリーは試飲後の感想としてこう語っています。
 「素晴らしいワインは、本当に世界のあらゆる場所から生まれます」。
 私も以前から、全く同感です。皆さん、および皆さんのお客様は、いかがですか?

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:

キューバ、夕暮れのチルアウト感で
夏ワインが、ほっこり美味に。
Sexto Sentido Yemaya En Sol Mayor』 

 まるで、真夏の日没直後の海辺の情景を、そのまま音にしたような一曲、なのです。キューバといえば……アッパーなダンス音楽ばかりの国ではけしてなく。こんなメロウな、クールダウン・チューンの宝庫でもあるのです。
 2006年からハバナで活動するこの女性ヴォーカル・ユニットも、ボレロやフィーリンなどキューバの伝統音楽に根ざしたスロウ&メロウ・トラックに名作多数。2018年リリースのこのシングルも、高温多湿の国で、夏の日差しが落ち着いたたそがれ時に、やっとほっとできるねぇ、とでも言いたげな力の抜け感とシンプルな曲調。まさに今の季節のジャスト・トラックの一つでしょう。
 そんな音とのペアリングには、美しいミネラル輝くオーストリアやギリシャの白やロゼ、優しい泡立ちの北イタリアのペット・ナットなどなどがあれば、夏の幸せがひときわ、高まりそうです。

https://www.youtube.com/watch?v=fGAAsDFU7bc

 

今月の言葉:
「固定観念は悪。先入観は罪」
  野村克也(野球選手/監督)

「先入観を打ち砕くのは原子を破壊するより困難である」
  アルベルト・アインシュタイン(物理学者)

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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