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ドイツワイン通信 Vol. 33

公開日: : 最終更新日:2014/12/26 北嶋 裕の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ

ドイツの嗜好とドイツワイン

 去る6月21日は夏至だった。一年で一番昼が長いこの時期、ドイツでは夜11時頃もまだ空に明るさが残っている。人々は思い思いに庭に出て、夜風にあたりながら遅い夕暮れを楽しんでいることだろう。ヨーロッパの人々が青天井の下で食べたり飲んだりすることを好むのは、カフェやレストランで歩道や広場に並べられた席から埋まっていくことからも伺える。ドイツには「太陽を補給する(Sonne tanken)」とか「陽光を味わう(Sonnenschein genießen)」という言い回しがある。“Tanken“(タンケン)とはもともとは車のガソリンを補給する時に使う言葉で、ガソリンスタンドを“Tankstelle“(タンクシュテレ)と言う。ガソリン以外にもコーヒーが飲みたい時は「コーヒーを補給しよう (Lass uns den Kaffee tanken)」と言うこともある。人間の欲求を車に重ねるところがいかにもドイツ人らしく微笑ましく思われるが、「太陽を補給する」という言い回しには彼らの陽光への渇望が現れているようで興味深い。

 ドイツ人に屋外を好み陽光を求める気質があるのは休暇の過ごし方にも現れている。彼らが一ヶ月以上にわたる休暇を取得することはよく知られているが、その行き先として最もポピュラーなのは地中海(近年は特にスペイン領マヨルカ島)か、南ドイツから南チロルにかけてのアルプス地方だ。第二次大戦後、海外旅行をするゆとりを再び取り戻したドイツ人達が真っ先に目指したのはイタリアの海岸だった。そこで彼らはピッツァやパスタやアイスの魅力に出会い、現在もドイツの至る所でピッツェリアやイタリアンアイス店が繁盛している。また、アルプスの山歩きも昔からよくある休暇の過ごし方である。雄大な風景と澄み切った空気の中を無心に歩き続けるのは、日常を離れて自分を取り戻す良い機会であるらしい。トリーアのワインスタンドの常連の一人も、毎年休暇には夫婦で南ドイツのアルプスを山歩きに行っていた。自然の中を何日も歩いてから帰ってくると、生まれ変わったようなさっぱりした気分になるという。また長期休暇に限らず、週末にも郊外の森林散策を愛好するドイツ人は数多い。

 バーベキューと狩猟民族の記憶

 一年中太陽に恵まれている地中海沿岸のイタリア人やスペイン人よりも、そして国土に長い海岸線を含むフランス人よりも、ドイツ人は太陽と自然に憧れる気持ちを強く持っているのではないだろうか。彼らが屋外で食事をすることを好むのは、何ヶ月にもわたる晩秋から冬にかけての陰鬱な曇天と寒さから開放されたことへの喜びと共に、太古においては狩猟で得た獲物を焚き火で焼き、家族や仲間と分かち合った記憶と結びついているのかもしれない。それはまた、現代のドイツ人達が庭先で行うバーベキューに抱く楽しみと重ねることが出来る。ドイツ語でバーベキューのことを「グリレン(Grillen)」と言うが、この“Grillen!“と言う時の彼らの目の輝きは、時として獲物を得た狩猟民族のそれを想起させることがある。毎年バーベキューパーティを楽しみにしていたワイン好きの友人は、ワインだけでなく肉の部位も入念に選び、様々な付け合わせとともに用意周到に準備していた。先日ドイツに行った時も、運良くラインヘッセンのとある醸造所のバーベキューパーティに誘われた。主催した若手醸造家は大きな肉塊に温度計を差し込み、表面は香ばしく中はバラ色でしっとりとした状態に焼き上げ、脂と血をしたたらせながら切り分け参加者に振る舞った。その時肉にあわせたワインは赤ではなく、地元ラインヘッセンのリースリングやジルヴァーナーだった。また、ファルツの醸造所でも中庭には立派なバーベキューグリルがあった。オーナーの家族や従業員が内輪で時々使うのだという。思うに、ドイツの醸造所には圧搾機とともにバーベキューグリルも必ずあるに違いない。

 その一方で、太陽と自然とバーベキューをこよなく愛するドイツ人の食卓に、魚介類が上ることは比較的少ない。地形的に海岸線が少ないこともあるが、シェンゲン条約でフランスをはじめとする海産物が豊富な隣国との行き来が自由化されても、ドイツ国内の大部分で流通している魚介類は調理済みの冷凍食品であり、鮮魚は専門店か品揃えの豊富な百貨店の食品売り場にしかない。また、普通のスーパーでは肉売り場は対面式で店員が常駐しているが、魚売り場は設置すらされていないことが多い。私はルクセンブルクにほど近いトリーアに住んでいたのだが、国境を越えてルクセンブルクのスーパーに行けば、ちゃんと鮮魚コーナーはあるし魚介類の品揃えも格段に良い。海岸線を持つフランスの食文化圏と、内陸性のドイツの食文化圏の違いによるものと思わざるを得なかった。

ドイツワインと料理のマリアージュ

 さて、そろそろ本題に入るとしよう。ドイツワインと料理とのマリアージュを考える時、ドイツワインを育んできたドイツの食文化の特徴を考えると参考になるのではないだろうか。上述の通り、ドイツの食文化は肉食の比重が大きく、伝統的には保存食が中心であるように思われる。魚介類は冷凍食品の他に、これも伝統的な鰊の酢漬けや鱒の燻製など、塩や酢で保存加工したものを目にすることが多い。野菜もまたキャベツの酢漬けであるザウアークラウト(アルザスではシュークルート)や、キュウリなどのピクルスが多い。保存性が重視されるのは、玉葱やジャガイモの多用にも現れている。また、ドイツパンは食べ応えがあって味がしっかりしている。小麦粉だけでなくライ麦、カラス麦、大麦、トウモロコシの粉などを混ぜたりして、穀物の豊かな香りとともに仄かな酸味があり、カボチャやヒマワリの種やくるみを生地に混ぜ込んであったり芥子の実をまぶしてあったりして、実に豊富なヴァリエーションがある。

 限られた身近な食材をいかに長期間に渡り保存し、しかも美味しく食べるかということに工夫を凝らして育まれてきただけに、ドイツの伝統的食文化は質素であっても変化に富んで味わい深い。同時にまた保存という目的から、その多くは塩やスパイスや酢の効かせた強い味と、肉類は燻製や乾燥を経た歯ごたえが特徴であるように思われる。もちろん、流通技術の発達した現在は新鮮な野菜と魚介類やオリーブオイルを多用した地中海風料理が好まれるようになり、イタリア、ギリシャ、トルコ、中華料理の他にすしなどの和食を食べさせる店も増えているが、ドイツ人の嗜好における日常的で基本的な部分には、伝統的な肉食と保存食中心の味わいが今も根強く残っているのではないだろうか。そしてドイツワインは、そうした味覚を多かれ少なかれ好み、慣れ親しんできた人々によって育まれてきた。例えばリースリングの酸味とミネラル感はドイツの食材の風味をしっかりと受け止め、自然に寄り添うことができる。ドイツではリースリングが高品質なワインの代名詞として見直されて久しい。特にその辛口がテロワールを表現するワインとして高く評価されているのは周知の通りだ。しかしその評価は、上述のドイツ人の伝統的な嗜好との親和性を前提として考慮するべきではないだろうか。

 確かに、ドイツのリースリングは世界最高のブドウ品種の一つであると私は思う。エレガントな酸味とミネラリティによる構造、甘味と酸味が織りなす精緻なバランス、そしてブドウ畑・生産年・生産者により多種多様に表現されるテロワールの魅力は、いくら言葉を尽くしても語り尽くせない。ただ、これを和食に合わせようとした場合、魚介類と野菜を中心とした伝統的な和食を想定するならば、日本の食文化と内陸性の保存食を中心としたドイツの食文化の相違が、時として際立つように思われる。よく、ドイツワインは繊細だから和食に合わせやすい、と言われる。しかしながら和食といっても多種多様であり、リースリングだけがドイツワインではない。気軽に食事に合わせて楽しみたい場合、日本人の嗜好にあう、我々にとって食事にあわせて美味しいドイツワインは、もしかするとリースリング以外にもあるかもしれない。例えば酸味が柔らかく、口当たりも角がなく飲みやすいもの(田崎真也氏が指摘するように、日本語で「飲みやすい」が褒め言葉になっているのは奇妙なことではある)。つまり、収穫量をあまり絞り込んでおらず価格的にも手頃なものだ。例えばヴュルテンベルクの広大なブドウ畑で栽培されているのに、ほとんど産地から外に出ないで地元で消費されるトロリンガーとか、バーデン南部のマルクグレーフラーラントのレス土壌のなだらかな丘陵地帯で栽培されるグートエーデルなどが思い浮かぶ。どちらも凝縮感はあまりなく酸味も柔らかいので「飲みやすい」。他にも辛口気味に仕立てたラインヘッセンのショイレーベも、やわらかく上品な酸味と繊細なしっとり感があって良い。

 思うに、フランスワイン、イタリアワインは日本に数多くのレストランがあり、食文化的になじみ深く、ワインと料理の合わせ方もワイン好きなら大体見当がつく。数年前にスペインワインが流行った時にはスペイン風バルが増えたという。しかしドイツ料理といえば悲しいかな、「とりあえずビール」というイメージが一般的である。そんなこともあって、ドイツワインと料理をどうあわせたらよいのか、まだあまり知られていないのが現状だろう。この夏、もしバーベキューをする機会があれば是非、手頃な価格のよく冷えたドイツワインを合わせてみては如何だろうか。きっと気に入ってもらえるだろう(と願っている)。
(以上)

 

北嶋 裕 氏 プロフィール:
ワインライター。1998年渡独、トリーア在住。2005年からヴィノテーク誌にドイツを主に現地取材レポートを寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)などでワイン事情を伝えている。
2010年トリーア大学中世史学科で論 文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得。国際ワイン&スピリッツ・ジャーナリスト&ライター協会(FIJEV)会 員。


 
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