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ファイン・ワインへの道Vol.94

南米でもメキシコでも。広がるナチュールの自由度と多様性。

 もう十分 聞きましたよ、と思われるかもしれませんが、 先月お伝えしきれなかった、 そしてやはりお伝えしておきたいRAW WINE TOKYO 2024 での発見とトピックスを、あと3点だけお伝えさせてください。 3点とは、以下となります。

目次:

1: メキシコに現る。標高2000m畑のワイナリー
2: ペルー郷土品種の潜在力に出会う
3: Nomaで研いた美意識を映す、南半球の新鋭

メキシコに現る。標高2000m畑のワイナリー

 高標高ワイナリーといえば……アルゼンチンのメンドーサですよね。その有名・高標高産地でも2000mには届かないのですよ。メンドーサの中心は1000m 前後。マックスで1600mほど。ヨーロッパでも1000m超えのワイン 畑というのはほとんどなく、あのエトナでも中心は 600mから900mまでで、1000mを超える畑は例外的。イメージ的には 高評価なジュラやサヴォワでも700mほどが上限、近年話題のバローロの少し南側、アルタ・ランガ地区でも800mほどが上限と言ったレベルです。ちなみに標高が100m上がると、下がる気温は0.6℃、ですね。

 そんな中、メキシコシティの北西、ロス・ピカチョス山脈のアルティプラノに着眼した「ボデガ・ドス・ブホス」(Bodega Dos Buhos)の畑は標高2,000m。2006年にブドウ栽培を開始しアメリカOTCOのオーガニック認証も獲得済みです。

 オーナー醸造家はイジニオ・メイコット氏。「この標高のおかげで気候は乾燥温帯気候となる。 夏でも33℃を超えることは珍しい。でも夜は15℃前後まで気温が下がる。激しすぎない暑さと夜の涼しさで ブドウに 美しいアロマが 蓄積されるのだ」と語ってくれました。

 品種のセレクトもなかなかに面白く、モスカート・ジャッロ、アリアーニコ、カベルネ・フラン、プティ・シラーなどを栽培。中でも試飲で特に印象的だったのが2021年テンプラニーニョ。ブラックベリーとスミレ、炭、クローヴの活力あるアロマと、端正な密度ある果実味、そしてアフターに優美なフレッシュ感を残す酸の質感は、”メキシコ”という 産地名から想像する暑い国のニュアンスは皆無。 地球沸騰化時代の高標高ワイナリーの重要性と意義を、あらためて印象付けてくれるものでした。

 ちなみにこのテンプラニーニョはSO2トータル15 mg/lのみ。樹齢はわずか8年の若さということで……、その木々が 樹齢を重ねた際に増すであろう ワインの深み、およびその時期にさらに苦境になると想像される低地のワイナリーとの差も是非、追確認したいものです。

「ボデガ・ドス・ブホス」のオーナー、イジニオ・メイコット氏。 落ち着いた、静かな語り口で高標高の利点を語った。

 

ペルー郷土品種の潜在力に出会う

 今手がける品種はケブランタ(Quebranta)、ネグラ・クリオージャ(Negra Criolla)、モジャール(Mollar)、アルビ―ジャ(Albilla)……。ペルーにあって、おなじみの国際品種には目もくれず、地域の風土を現す郷土品種に特化したワイナリーが、広い会場で異彩を放っていました。
 それが「ボデガ・ムルガ」(Bodega Murga)。
 ペルー、ヴァレ・デ・ピスコ地区で、2015年からナチュラル・ワインを指向するワイナリーです。
 「私達が栽培する品種はどれも、ボディが重すぎず、アルコールも高くなりすぎないのが大きな魅力。そして、ハーブと多彩な柑橘の美しいアロマがある。まさに私達の土地の味。白品種はスキンコンタクトで、さらに表現の幅が広がると感じている」と醸造家のピエトラ・ポッサマイ。
 ジャンシス・ロビンソンの大著「ワイン用葡萄品種大事典」、全1350ページによると、ケブランタは「ペルーの伝統品種。(中略)リスタン・プエルト(ミッション)とネグラ・モールの自然交配種」とのこと。

 もちろん、「珍しい品種、珍奇な品種、聞いたことのない品種= 飲むに値する ワイン、記憶するに値する品種ではない」とは、このコラムでも度々書かせていただいているとおり。しかし、このボデガ・ムルガのケブランタ2020は、とてもジェントルで優雅なアプリコットとタイムの香り。1ヶ月のマセレーションによるタンニンのテクスチャーも穏やかで、ほどよく果実味と一体化したニュアンスに、その他の地域にはないペルーの地の固有性がしみじみと感じられるものでした。SO2トータルもわずか10㎎/lのみ。他に、モジャール、アルビ―ジャなどの品種によるワインも、同様の低亜硫酸添加ゆえの心地よいのど越しと、格別の活力あるアロマが非常に印象的でした。

 どちらかというと極少数の売れ筋品種にがっちり支配されているような印象もあった南米大陸のワイン造り。しかしその中で、このような高い自由度と、テロワールへの意志を持つ新世代ワインの造り手が、祝福すべき成果をあげていることは、少し心躍る発見でした。

 それは、さらなるワイン造りの多様性の拡張という意味でも、ワインラヴァ―を喜ばせるニュース、とも言えそうな気がしますね

ペルーの郷土品種に注力。「ボデガ・ムルガ」のワインたち

 

Nomaで研いた美意識を映す、南半球の新鋭

 極繊細でピュア、そしてしみじみと心地いい奥行きあるアルネイス・ブレンドの白、優美で澄み切った酸の気品と鮮明さが感動的なカベルネ・フラン・ブレンドの赤……。ともに、一口ごとに美しい果実味が、スゥ~~と全身に自然に溶け込むようなワインは、口につけるたびに造り手の”筋の良さ”が伝わるもの。それは、やはり。そのワイナリー、ダス・ジュース(Das Juice)の醸造家、ジェームス・アウダス氏は、「NOMA」で勤務してナチュラル・ワインを学んだ後、南半球最高峰ピノ・ノワールの生産者の一つ(だと私は思います)の、ウィリアム・ダウニーで修行した、別格のキャリアの持ち主、なのでした。
 「NOMA」のワインリストの素晴らしさは、ナチュラル・ワイン・ファンなら知る人ぞ知るもの、そして、このコラムでも何度か書かせていただいているとおり、「いいワインを造る人は、必ずいいワイン(高額ワインという意味ではない)を飲んでいる」法則どおりの、ピュアで澄み切ったエキス感と美しい酸の質感は、醸造家がその経験の中で鍛えた舌の筋の良さを素直に感じさせるものでした。
 ブドウは現在、マクラーレン・ヴェイル周辺のオーガニック、またはビオディナミ栽培の買いブドウとのことですが、その吟味の徹底ぶりも静かに舌に伝わるもの。「瓶詰時に20㎎/l前後の酸化防止剤を加える以外は、醸造時の操作と介入を全く何も行わない。それが味わいのピュアさを生むんだよ」と共同オーナーのトム・シェアー氏。その、気負わない自然体のリラックス感も、ダス・ジュースのワインに心地よく映っている気もしました。
 オーストラリアでも、南米大陸でも、メキシコでも。ますます。年々。ナチュラル・ワイン造りは動き、その幅の広さ、ダイヴァーシティを多元的に増していると実感。ゆえ、心あるワインファンは、そのフォローにますます嬉しい忙しさが増す訳ですが……、それがまたワインの楽しみ、ですよね。皆さんは、いかがですか?

ダス・ジュースの共同オーナー、トム・シェアー氏。ヨーロッパ産、
トップ・ナチュールのオーストラリアへの輸入も手掛ける。

 

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽: 

夏のエシカル音楽?
アフリカン・ハープの音色で涼む。
Ballake Sissoko&Derek Gripper 『Ninkoy』

 弦楽器ですが……、音は“風鈴”の趣さえ。または湿度ゼロのサハラにサッと吹く涼風のような音、でしょうか。このコラムで毎年夏に推している、チルな楽器、コラ。
 アフリカン・ハープとも言われ、セネガル、マリ、ギニアなど西アフリカの国々で300年以上の歴史を持つ楽器です。
 その大御所奏者、バラケ・シソコが2024年、南アフリカのクラシック・ギタリストでコラに深く傾倒するデレック・グリッパーとコラボした最新作がこちら。ゆったりと、メロウなピッチでひたすらアコースティックに響かせる澄んだ音は、聞くだけで夏の心身の除湿・冷却効果も特大。
 ある意味、音自体にガッチリ冷やした極上プロセッコやペットナットのような感覚さえあるようにさえ思えて……、まさに聴くことが夏のエシカル・チョイス、かもです。

https://www.youtube.com/watch?v=rsK8-KRuKHw

今月の言葉:
「進歩が生まれるのは、多様性の中の選択からであって、画一性を保持するからではない」
ジョン・ラスキン(19世紀イギリスの美術評論家)

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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