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ファイン・ワインへの道Vol.92

祝、ビオディナミ誕生、100周年。

「へんな宗教農法だと, 隣人には揶揄されたものです。この農法を始めた当初はね。」 かのアンヌ=クロード・ルフレーヴ氏さえそう語ったビオディナミ農法。 このビオディナミ農法が、今年で誕生100周年を迎えました。このことは素直に喜び、祝賀すべきことでしょう。
 ドメーヌ・ルロワ、ドメーヌ・ルフレーヴ、そして近年とうとう重い腰を上げたドメーヌ ド・ラ・ロマネ・コンティなどなどのワイン生産者だけでなく。アジアの名もなき紅茶農家やスパイス農家、ヨーロッパ各地の野菜農家などなどまで。この100年の間に広がったビオディナミ農法の誕生は、1924年、ルドルフ・シュタイナーが行った農業講座、でしたね。

↑牛の角を詰めた調剤を畑から取り出す。

 シュタイナーが死去するわずか1年前に行われたこの農業講座、 ルフレーヴを、変な宗教農法よばわりしたのは誰なのかは分からないものの、そう呼んだ方の気持ちもわからないことはない、秘教的な作業も含まれていますね。

 それは 例えば、牛の角に水晶の粉を詰めて適切な月齢の時に畑に埋め、半年後に取り出した後、 水で希釈撹拌して畑に撒く、 しかもその水晶の粉の最適量は1ヘクタールあたりたったの4g・・・・・・などなど。 わずか4g の水晶を1ヘクタールに撒いて何の効果があるのかと疑うのは人情なのですが・・・・・・。 このことを含めた一連の作業により「ブドウの質が高まるだけでなく、 酷暑や寒冷などヴィンテージでも、困難だった気候の影響が比較的少ない、バランスの取れたブドウが収穫できるのだ!!」、という話は、各地でビオディナミ栽培を行うワイナリーを訪れた際、 本当によく繰り返し聞いた話です。
 もちろん、その農法の性質ゆえ、「科学的根拠が全くない迷信」 と批判する人が今でもいますが・・・・・・、 ルロワを筆頭に、今ではデンマーク、ウェールズ、ブラジルなどのワイナリーを含むこれほど多くのワイン生産者が、この手のかかる農法を真摯に続けているわけで。 それは「科学的根拠がなくても、なぜかとても効くおまじない」、と考えてもいいかもしれません。 また、統計学を科学に入れるなら十分に科学的に効果がある農法、と言えるかもしれないし、 そもそも、現代科学で全ての自然事象が説明できると思っている方が傲慢であり非科学的、とさえ思えますが・・・・・・いかがでしょうか。

左:調剤(プレパラート)502の水晶粉は、こんな感じ。 右:プレパラート攪拌機はこんな形。ピエモンテ、セッラルンガ地区のチェレットにて撮影。

 

ワイナリー数はこの10年で倍増。世界で1439軒に到達。

 そんなビオディナミ農法、今では採用し、せっせと水晶の粉や、乾いたイラクサの葉を牛の角の中に詰めて、それを撒く正しい日を確認するために種まきカレンダーをじっと見つめる農家は世界62カ国で7000軒以上。 合計22万5000ヘクタール もの土地が、認証団体デメテール(DEMETER)の認証を得ています。 農作業に必須の牛の角や水晶粉の消費量も、かなりのものですね。そのうちワイナリーの数は1439軒、 栽培面積2万6556ヘクタール(2024年時点)。ワイナリーの国別で多いのは やはり1位がフランスで729軒、2位イタリア197軒、 3位ドイツ 115軒 、以下スペイン 74軒、 スイス 73軒と続きます。
 また、興味深いのはその数がこの10年間で倍増以上の元気な増加カーヴを描いていること。 ワイナリー軒数は2015年には世界で約600ほどだったのが 2024年には1400を突破。 栽培面積も 2015年には11万ヘクタールほどだったものが2024年には26万ヘクタールを超えています。ビオディナミ認証は有機農法への着眼と認識の先駆でもあるので、 この10年間のビオディナミ農家の勇ましい増加ぶりは人類にとって(数少ない)喜ぶべきニュースかとさえ思えます。
 また近年の研究ではこの農法によって大いに活性化され、微生物が力強く活動する土壌には腐植土層が継続的に成長し、この腐植土層およびそこで活動する微生物が多くの二酸化炭素を吸収結合するため、活性化された腐植土層は地球温室効果を打ち消すのに役立つとの結果も発表されています。 適切な土壌育成が、温暖化対策になるというのは、これもまた喜ばしいニュースですね。

先駆、ジョリー家の見解は。

 ともあれ、 ビオディナミ誕生100年の節目に、 フランスで、この農法を採用の先駆者の一人であり(アルザスのピエール・フリック、ブルゴーニュのジャン・クロード・ラトーらの少し後)1980年試験採用開始、1984年認証取得。 熱心な伝道者としても大いに活躍したニコラ・ジョリー氏の声も聞きたく、コンタクトしてみました。 素早く返信してくれたのはニコラ氏の娘で、ワイナリー「ファミーユ・ジョリー」の後継者、ヴィルジニー・ジョリーさん。
 曰く、
「ビオディナミの実践は、真摯なものであることが重要だと思います。単に証明書を得るため、商業的な理由からレシピのように実践されるビオディナミは、誤った選択であり、持続可能なものではありません。もちろん、その影響はプラスに働くでしょうが、おそらく本当の誠意がある場合ほど強力ではないだでしょう。単なる流行だとしたら、それは残念なことです」との真摯さ、でした。
 また、現代の農業の最大の問題点としてあげてくれたのは「気候変動が主な問題です。季節が同じでなくなり、ブドウの樹がまだ適応していないからです。微生物学的な挙動も気候変動の影響を受け、適応するには時間がかかります」。極端な気候への耐性の強さが長年、利点と語られてきた農法といえども、ここ昨今の地球沸騰化には40年以上のビオディナミ歴を持つ先駆でも適応できていないということでしょう。このことは、なかなかに重みのある指摘のように思えます。
 あと1点、意外だったのは、ジョリー家は、 特別なワインを開ける際にも、その日がビオディナミ・カレンダーの「果実の日」か、または「根の日」か、は気にしない、ビオディナミ・カレンダーを見ることはない、との答えでした。 ビオディナミ・カレンダーで果実の日と花の日はワインが開き、根の日と葉の日はワインが閉じる、という話は今では日本でも一般のワインファンにもよく語られ、またドメーヌ・ルフレーヴの醸造長の時代にアントワーヌ・ルプティ・ド・ラ・ビーニュが書き下ろした「ビオディナミ・ワイン 35のQ&A」などにも明確に、花の日と果実の日はワインが開くという話は書かれているのですが、 ジョリー家では気にしないそうです。少し、意外ですね。
 ともあれビオディナミ、次の100年に期待したいことの一つは、私としては日本でもより日常的に、この認証を持つ野菜、カレー粉、コーヒー、紅茶などが近所のスーパーなどで買えるようになること、でしょうか。ヨーロッパ、特にドイツなどでは、ちょっとしたスーパーでもデメテール認証入りのビオディナミ・トマト、レタス、カレー粉、ハーブティーなどが普通に売られています。そしてそれはワイン同様、「認証があってもパッとしない味」のものも時にあるのですが、やはり、ハッとさせられる鮮明な香味と味わいがあるものも多いのです。
 ブドウ畑でもブドウ畑以外でも。この農法の力で健全な土壌と農作物、ひいては健全な生命が、次の100年も地球に広がってくれますように。
 次回、ビオディナミ・ワインを飲む際は、ひと時、“ありがとうございます。ルドルフ・シュタイナーさん”とつぶやいても、いいかもしれませんね。

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:

春のウキウキ感を、まんま映したような
快テンポ・ブラジリアンで休日気分。

Roberta Sá 『A Roda』

 心地いいテンポと、自然にポジティヴな気持ちになれるような明るいメロディー。今や堂々、現代ブラジリアン・ポップスの大物格になったのに、デビュー時の初々しさやフレッシュ感を失わない女性ヴォーカリスト、ホベルタ・サー。その最新ライヴ・アルバム(2023年発売)の冒頭を飾るこのトラックは、まさに春・到来の高揚感と嬉しさを、そのまま音にしたような名演です。休日のランチや、キャンプなどのシチュエーションで、スッと身体に溶け込むナチュール・スパークリングやロゼ、軽やかな赤ワインなどと一緒に聴くと・・・・・・、幸せも倍増。このゴールデン・ウィークなどに、是非その効果を、お試しいただいても面白いかと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=_WfZiiHuBUo

今月のワインの言葉:
「ここ数十年の間に、全ての農作物の質が低下した。人工肥料で栄養を得た植物は、目を見張るスピードで質を落としている」
 ルドルフ・シュタイナー。1924年の言葉。

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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