ファイン・ワインへの道Vol.90
公開日:
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最終更新日:2024/03/01
寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ バローロ, クリュ, アレッサンドロ・マスナゲッティ, ガブリエル・ダ・ローザ
例外部こそ見逃せない? バローロ、クリュの魔性。
ワイン農家の激しい暴動(あまりにも安い葡萄買取価格に農家が激昂)がラングドックで広がったり。 フランス全体のワインの過剰生産対策として政府が減反ならぬ減葡萄畑(葡萄樹の引き抜き)援助に、ボルドーだけでも300万ユーロ(約4億8000万円)もの予算を決定したり、 と穏やかではないニュースが立て続けに聞こえてくる中・・・・・・、不要不急の話かもしれませんが。
先月、 バローロのクリュについて書かせていただいた際、 少し書ききれなかった話があり・・・・・・、 今月は さらに、ピエモンテの魔界であり迷宮、バローロ のクリュについて、です 。
目次:
1:“繊細”とされる村の代表クリュは“重厚”な不思議。
2:小さな区画が、昔から評価されたクリュ?
3:クリュの格付けに挑むジャーナリストも。
“繊細”とされる村の代表クリュは“重厚”な不思議。
東西、および南北、各約10km少々四方の狭いエリアにクリュが170個。しかも丘陵の等高線は蛇行に蛇行を重ね、南向き斜面から東または西に5分も歩けば、斜面が周り込んで立っている場所は自然に北向き斜面になることさえ少なくないバローロ。 その複雑な地形を、あるイタリア人ジャーナリストは、「丘の形は、魚の背骨とそこから出ている肋骨のよう」とも語りましたが、実際はそれよりさらに複雑で、魚に例えるなら肋骨がさらに枝分かれしているハモの骨ほど複雑、という気さえします。
そんなバローロに長年取材と試飲で通い、1週間でゆうに400種類以上のバローロ、バルバレスコ、ロエロを飲むというスパルタ取材を何度も重ねるたびに、 いくつかのこの地の「一般論」に違和感を持つようになりました。
その1つが「バローロの西側、ラ・モッラ村のバローロは繊細でエレガントで比較的早く飲める」というものです。ところが。ラ・モッラ村といえば、まず名が挙がるトップクリュの代表、ブルナーテとチェレクイオは・・・・・・、厳格と言ってもいいほどパワフルで重厚、 長熟型なのです。これってまるで、“極上の鯛を期待して兵庫県・明石で最も有名な寿司店に行ったら、トロばかり出てきた”、ようにも感じさせる違和感です。
このブルナーテに畑を所有するスター生産者、 ジュゼッペ・リナルディの当主、マルタ・リナルディも「ブルナーテの畑は強靭なストラクチャーを持つ。ラ・モッラの中のセッラルンガなのよ」と私にはっきり語ってくれたものです。セッラルンガとはバローロ東端、最も厳格で長熟型のバローロを生むとされるエリアですね。
他にもレナート・ラッティなどが所有したトップクリュ、ロッケ・デル・アンヌツィアータなども、ラ・モッラにありながら”繊細でエレガント”というよりは、深遠で重層的な華麗さがあるワインを生むクリュとの評価が定着していますね。
同様に、「最も厳格で長熟型バローロを生む」とされるセッラルンガ村のクリュも、例えばチェレッタや、ガヤが所有するマルゲリータ、マレンカなどのクリュは、比較的早くから蠱惑的でゴージャス、フラワリーな香りが開くようです。
ワインメディアで本当によく見る「ラ・モッラはエレガント、セッラルンガは厳格」との一般論は、十分に例外にご注意いただきつつ、その例外部分にこそ、面白く探す価値があるワインが隠れているようにさえ私は感じていますが・・・・・・どうでしょうか。
小さな区画が、昔から評価されたクリュ?
例外に注意すべき一般論、と言えばもう一つ。「バローロのクリュの地図を広げて、区画が小さいクリュは昔から高く評価されてきた畑。区画が大きいクリュは、昔はあまり重視されなかった畑」との一般論です。
これも 現地でよく聞く話です。 確かに地図を見ると、カスティリオーネ・ファッレット村の主要部、モンプリヴァートやピーラ(ロアーニャが所有)周辺、セッラルンガ村の有名クリュ、ヴィーニャリオンダ、ファッレット(ブルーノ・ジャコーザ所有)、バローロ村のカンヌービや、レ・コステ(ジュゼッペ・リナルディ所有)といったクリュは見るからに小さく、約6~9ha前後のサイズ感です。
ところが、これもよく勇名を聞くブッシアは、292haもの広さ。傑出したパワフルさで知られるモスコーニやジネストラのクリュも、それぞれ75haと、114haもの広さで・・・・・・。一般論に従って、広い畑を一様に看過しては勿体ないのは、すぐにお分かりいただけることでしょう。ただ、ブッシアに関しては、「本来の偉大なブッシアは、このクリュの北端、約1/4ほどのエリアだけ」と主張する者もおり、バローロの迷宮度の混迷に、さらに輪をかけてくれます。
クリュの格付けに挑むジャーナリストも
そんなバローロの魔界であるクリュに、 勇敢果敢至極にも格付け(個人の私見で)を行ったジャーナリストがいます。 それが アレッサンドロ・マスナゲッティ。
電子書籍のみで出版された「I Cru di Enogea, Barolo & Barbaresco Classification」では バローロとバルバレスコのクリュを1つ星から 5つ星・Sまで 6段階で格付けしています。
バローロでは最高格付けの5つ星・Sは4つ。ブルナーテ、チェレクイオ、ロッケ・ディ・カスティリオーネ(ロアーニャも所有)、ヴィーニャリオンダ、です。
この本はバローロ、グランクリュの歴史的代名詞カンヌービを3つ星と、かなり低くランク付けした大胆さでも話題になりました。マスナゲッティ本人にその意図を問うと、「カンヌービは標高が低すぎて寒暖差も少ないから」とのこと。確かにカンヌービは230~290mと、高標高とは言えませんが・・・・・・、それにしても多様な見方があるものです。あぁ、イタリア。
と、クリュの話をいろいろとしましたが、もちろんワイン選びの最重要点は、「どのクリュかよりも、誰が造ったか」。生産者第一の鉄則は、世界共通です、との話は、このコラムをお読みの方にはするまでもないかと思います。
そんな中、もし私に至福を与えてくれるクリュを僭越ながら推挙させていただけるなら・・・・・・。ロッケ・ディ・カスティリオーネ、ヴィッレーロ、マレンカ(ルイジ・ピーラのもの)、レ・コステ・ディ・モンフォルテ、ロッケ・デル・アンヌツィアータ、でしょうか。
いずれもバローロの中で特に享楽的で華麗、ゴージャスなアロマと、多元的で表情豊か、深遠なタンニンの質感と奥行きに心が美しくゆさぶられるクリュです。
ぜひ一度、他のクリュと比較試飲していただけば・・・・・・、きっとお感じいただけることでしょう。この北イタリアの迷宮の、魔性の深さと甘美さを。
今月の、ワインが美味しくなる音楽:
“聴く春風”のような音を紡ぐ、
ブラジリアン・ニューカマー。
Gabriel da Rosa 『Bandida』
ブラジルのミュージシャン、その層の厚さと豊饒さは、このコラムでも何度もふれていますが、また一人。突き抜けた才能が出現。リオグランデ・ド・スル州出身の若きギタリストが、2023年にリリースしたこの作品も、現代ブラジルのミュージシャン層の豊饒を美しく証明した快作です。いわば“コンテンポラリー・ボサノヴァ”とも思える音は、このトラックを含むアルバム全体が、1960年代のボサノヴァ黄金期への深く確かな理解と愛着が温かく輝く名曲ぞろい。音の肌触りまで、しっかり往時の偉大な先人のタッチに迫りつつ、現代的デリカシーあるアレンジの妙にも、驚かされました。
そんな音の心地よさは、もちろん春風の時期に、テラスで飲む澄んだ果実味の白やロゼの美味しさもほのぼのと幸せに高めます。
https://www.youtube.com/watch?v=-MfANjO3fko
今月の言葉:
「例外を見つけることは、真の理解を得る手助けになる」
アラン・チューリング(20世紀、イギリスの数学者、哲学者)
寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。
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