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ファイン・ワインへの道Vol.88

AI進歩の時代にこそ、古典が道を照らす。

 AIがワイン・テイスティングでも人間を超えた? と書くと、ちょっと安直週刊誌のようでもありますが・・・・・・。センサーを連結したAI が、ボルドーのシャトー80種類を完全に特定することに成功したそうなのです。しかも1つも間違わずに。
「80種類くらいなら私も間違わずにブラインドで特定できる!」、とおっしゃる ソムリエさん(人間)は・・・・・・そう多くない、ですよね。
 スイス、ジュネーブ大学の研究チームが主導したこのプロジェクト、ボルドーの80のシャトーそれぞれに、12の異なる ヴィンテージを学習させてAI を教育し、その判別力を鍛えたそう。
 トレーニングには、ワインを気化させて 化学成分に分解、3,000以上の成分を分析する ガスクロマトグラフィーが活躍したそう。
 そこでAI が判別したのは、本当にそれぞれのシャトーのテロワール なのか、それとも微量な補酸や補タンニンなど、シャトーごとのレシピ(醸造介入)の痕跡だったのかはさておき。
 この技術はワインの偽造防止には役立つかもしれませんね。オークションに出品されたワインが、いずれかの段階でこの AI テイスティングによってその真正性が保証されれば、 ワイン流通のプラスになりそうです。

 しかし個人的には、 ボルドーの細かなシャトーの判別よりも、目の前にあるワインの亜硫酸量が測れる携帯式小型AIセンサーなどがあると、さらに嬉しいですが。なぜなら、世をあげてのナチュラルワイン・バズの熱さに比例するように増々、単なるオーガニックワインがナチュラル ワインと称されてバーや レストランで出てくる局面が増えているように感じるからです。
 大切ですよね。両者の区分は。そんな時、手元に亜硫酸量センサーがあれば・・・・・・ブショネのワインにあたった時のように、ワインを正しいナチュラルワインに交換してもらえたりすると・・・・・・少し嬉しいですね。
(このコラムをお読みの方には説明の必要もないと思いますが、一般的に ナチュラル ワインは、オーガニックワインよりも、はるかに酸化防止剤添加の上限量が低く規定されています)。

 最近、読み返したナチュラルワインの偉大な先駆者たちの書籍でも、例えばジュール・ショーヴェ(1907~1989)は「亜硫酸塩は毒であり、 酵母やバクテリアがマストから最高のものを引き出すのを妨げる。 亜硫酸添加は、ワイン作りの 安易な方法なのだ。ワインがうまくできたら、それ以上触らないほうがいい」 と語っています(「 Le Vin en Question」)。
 近代ナチュラル ワインの開祖であるショーヴェはまた、 彼が 試飲したワインコメントも知的だったようです。例えば1949年のムーラン・ナヴァンを51年に試飲した際には「タンニンはその形状を押し付けることなく 印象付けるのに十分な程度に浮き彫りになり、やがて消えて牡丹とヒヤシンスの香りだけが残る。伝統的な赤のブルゴーニュの力強い レリーフとは対照的」と表現しています(「Vins à la carte」)。
 急いで花屋に走って、牡丹とヒヤシンスの香りをかいで、今後の試飲コメントに活かしたいですね。
 さらにユニークなものでは、1945年のコルトンを1952年に試飲して「彼は少し前かがみの中年男性です」とも表現。偉大な45年ものですが、生産者がよろしくなかったのか、ピークを過ぎつつあったかと推測される表現ですね。

(上)ナチュラルワインの父、ジュール・ショーヴェ。化学者としてワイン発酵に関する論文も多数発表し、ノーベル賞の候補にも推挙されたという。

 そしてやはり。近代ナチュラルワインの偉大な先駆、ピエール・オヴェルノワも、亜硫酸については厳しく語っています。「亜硫酸は大部分の自然酵母を殺し、発酵の重要な役者を取り除いてしまう。ぶどうが健全で熟した偉大な品質の時にも、亜硫酸 を入れてしまう人を見ると胃が痛くなる。そんな時には‟モーツァルトが暗殺された!“と言ったものだ。とても偉大な年でも、亜硫酸によって平均的なワインになってしまう。今はいい年でさえ、 いい作品が減った。悪いワインはなくなったけど、偉大なワインもなくなったんだ」。(「ピエール・オヴェルノワ 実りの言葉」)なんとも明快。そして、そういえば皆さんも思い当たる節はありませんか?
 この年末に読み返したオヴェルノワの本はやはり 名言の宝庫で、他にも「除草剤で(土壌から)小さい根がなくなり、骨格がなくなり、命がなくなり、繋ぐものがなくなった。 このような土は全力でなくなってしまう」。「発酵期間の長さが、未来の香りの複雑さを作る。赤ワインには 6週間の発酵が必要だ。発酵がゆっくり進むと、より偉大なワインを作るチャンスがある。白ワインでは時には1年以上発酵する時がある」、などなど。多方面で今も、意義深い箴言が詰まっています。

 世が混迷を深める時期こそ、偉大な先達の古典に再度ふれて、道を確かめる。そんな年始も、悪くないかもしれません。
 では、2024年もまた。皆様に、素晴らしいワインとの出会いがありますように。数多く。

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:

静かで透明。年始の澄んだ空気のような、ピアノ・ソロ。
Frederico Morales  『Sonnet 1』

 お正月の、静かで澄んだ空気。清らかに凛と心地よく、普段の街に舞う澱が落ち着いたような、清新な大気感を・・・・・・そのまま音にしたようなピアノ・ソロなのです。ゆ~ったりとスローな曲調の中で、自然への慈しみさえ感じさせるようなメロディーと、音の残響を美しく聞かせるトーンは、まさに今の時期のリラックス・タイムにほのぼの、幸せにフィットします。
 シャンパーニュ・グラスから立ち上がる細かな泡を眺めながら、または透明なミネラル感が心に響く白ワインなどと。過ごす休日の至福が、この曲で静かに高まりますね。
https://www.youtube.com/watch?v=XITRa73nl78

 

今月のワインの言葉:
「私達はいつも単純化しすぎてしまう。(発酵で)速さは複雑さの対極にある」ロジェ・ジベイ(生化学者)、ミッシェル・カンピ(地質学者)
(「ピエール・オヴェルノワ 実りの言葉」大岡弘武、吉武大助:訳)

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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