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ファイン・ワインへの道Vol.86

”ワインの味を変える”、市販酵母論議、フランスで活発化。

目次:
1:ラベルに「市販酵母使用」表示がフランスで義務化??
2:ボジョレのバナナ香は、有名市販酵母のお力?
3:菓子パンより断然ゆるい、ワインの添加物表示義務。

 

1.ラベルに「市販酵母使用」表示がフランスで義務化??

 政治家も時にはいい仕事をするものだと思いました。 信じませんか? もちろん日本ではなく、フランスの政治家のことですけどね。
 先日、「市販酵母を醸造に使用したワインに、その表示を義務付ける」という法案がフランス議会に提出されました。 しかもその表示は、よくある小さな文字ではなく「目立つように記載する」ことまで! 要求されています。
 その、なかなかに気の利いた法案を提出したのは中道左派議員リチャード・ラモスさん。
「多くのフランス人は自らが消費するワインの組成に気づいていない。ラベルにほとんど情報がない」。さらに続けて、
「私たち市民は”味を変えるために”一部の生産者が実験室で培養されたものを購入した酵母を生産に加えていることを、知る権利がある」と主張しています。
 この政治家、ラモスさん。 なかなかのワイン通であります。
https://www.wine-searcher.com/m/2023/07/wines-next-challenge-yeast-labeling

 ラモスさんも指摘する、”ワインの味を変える”市販酵母(培養酵母)。時にはワインの味をコントロールする、とも言われます。 そしてその働きが、自然派ワイン生産者が、けして市販酵母を使わない理由です。
「野生酵母は テロワールの最重要要素の一つ。 野生酵母の働きによって、 ワインに香りと味わいの多層性と奥行きが生まれるのだ」と、多くの生産者は口を揃えます。

 

2.ボジョレのバナナ香は、有名市販酵母のお力?

 市販酵母がワインの味を変える、というのはどういうことかと言うと、 分かりやすい例が、 ボジョレでは神様級の命綱酵母「71B」。多くの人がボジョレの典型的香りと考える、あのバナナの香りは、この酵母を添加しないと生まれません。
 ゆえ、ラピエール、メトラ、ジャンボンなどなど、 自然派ボジョレには、金輪際、バナナの香りがないのは、それが理由です。
 故マルセル・ラピエールは、生前のインタビューではっきり「71Bなど、市販酵母は絶対に使わない」と語っています。
 筆者がかつてニコラ・ジョリーにインタビューした際も、彼は「ボジョレのバァナァ~ナァ~~の香りは、テロワールではなく、酵母がもたらす香りなのだ」と大声で激しく力説していたことは、今も記憶に生々しく残ります。15年ほど前のインタビューでしたが。 (バァナァ~ナァ~~ の言い方は、今、誇張したのではなく、ジョリーが本当にそう言った)。


 市販酵母71B。この酵母の働きによる、わかりやすいバナナ香が、ボジョレを世界ブレイクさせたのかも。日本でも入手可。

 市販酵母については、 他にもマイナス面があります。 それは 一般的に働きが非常に強く、発酵タンクで極めて支配的な働きをしてしまうという点です。
 野生酵母のみでワインを発酵させた場合、 発酵期間に約30~40種類前後もの異なる種類の酵母が、発酵の初期、中期、後期それぞれのステージで入れ替わり立ち代わり活躍し、ワインに豊かさと多元性を生むとされています。
 ところが市販酵母が添加されると、その働きの強さで、その他の野生酵母の働きが極めて制限されるとの研究結果が出ているようです。
 また、大量に農薬散布された畑では、そもそもその農薬で野生酵母自体がほとんど死滅しているため、 市販酵母を添加しないと発酵自体が始まらない、というケースもあります。

 ちなみに下記は、親切な市販酵母メーカーさんが作成した、 酵母カタログから、その偉大な効き目の極一部を抜粋したものです。

Maurivin AWRI 1503 芳香豊かで複雑さ、厚みを与えるハイブリッド酵母
Maurivin UOA MaxiThiol グレープフルーツやカシス、シダ様の芳香性チオールを強化
Maurivin AWRI 796 ベリー系のフルーツアロマと厚み、赤ワインの色を引き立たせる
Maurivin BP 725 色素抽出が多くスパイシーなアクセントを与える
Maurivin Sauvignon β-リアーゼ活性がありグレープフルーツ香を高める酵母
RHONE 2323 赤ワイン向 色素抽出力高く、カシスフレーバーを引き出す
QA23 白ワイン向 柑橘、パッションフルーツの香りを引き出す

 ソーヴィニョン・ブランのグレープフルーツ香の化学成分はチオール類と言われるのですが、その香りをお求めなら是非、その名もズバリ、マックス・チオール( 上から2番目)を。
 ワインに濃い色調とカシスの香りが欲しい? なら ローヌ2323(下から2番目)を、 是非お選びください、というわけです。濃い色調とカシスの香りは、テロワールではなく、ローヌ2323酵母の力かも、ということですね。
 もちろんここに挙げたものは、膨大なバラエティーを誇る商用酵母の極々一部であります。

 そして、こうしている間にも世界中で。ソムリエさん、ワインショップのスタッフさんも、ワイン生産者も。「このワインはこんなテロワールから生まれました! この土壌、この標高、この冷涼気候でないと、この味は生まれません!!」と熱弁されています。
 そうかもしれませんし、 その味は優秀な市販酵母による、大いに称賛すべき働きだったのかも・・・・・・しれませんね。

↑市販酵母、ローヌ2323。濃い色調とカシスの香りを(おそらくはローヌ以外の地方や品種でも?)ワインにもたらすことが期待されています。

 

3.菓子パンより格段にゆるい、ワインの添加物表示義務。

 もちろん市販酵母の利点(?)については、ワインの品質のばらつきをなくす、確実に期待された味に着地させる、安全確実なワイン作りに大いに貢献するとの主張は、市販酵母使用者の常套句です。地球全体規模で見たワイン消費者には、その市販酵母による「安定したワイン造り」は貢献しています。
 そしてもちろん、先述した慧眼あるフランスの政治家の意見は、早速、多方面から大いに反論されています。

 それにしても。
 皆さん是非ご近所のコンビニで、ちょっとした菓子パンやレトルト食品などを手に取り、裏面の成分表示を見てみてください。
 かなりのボリュームで、普段見慣れないカタカナ語の添加物の数々が、楽しげに表示されています。
 なのにワインの裏ラベル表示義務は亜硫酸塩(酸化防止剤)だけ、なのですよ。添加された市販酵母だけでなく、添加が認可されているクエン酸、酒石酸、リンゴ酸、香味タンニン 、清澄剤、砂糖、クエン酸、アスコルビン酸、重炭酸カリウム、カゼイン、セルロースガム、アラビアガム(これだけ書いても認可添加物全体のごく一部)などなどは・・・・・・ もし添加されても大手を振って、非表示・スルーでOK・・・・・・なのですね。
 21世紀 になってずいぶん時間が経つのに、人間世界は謎だらけです。相変わらず。
 もちろんこのコラムにお目通しいただく方々、つまり普段、 純真ナチュラルワインに親しまれている方々(と想像します)には、またしてもこのコラムは全く関係ない話でありました。
 しかし、 フランスでナチュラルワイン法案が可決した時は、私はそのスピードに驚きました。同様に、今回の法案も、ちょっとその成り行きが気になりませんか?
 頑張ってくださいね。フランスの(多分ワイン通の)政治家たち!

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:
少しでも秋っぽい(?)、40年前のフレンチ・ポップ。

Mikado 『Par Hasard

 全く秋の気配がない9月末( 原稿執筆時点)に、 無理にでも少し秋っぽい曲、かと思います。 41年前のパリで生まれた女性ヴォーカルポップス、ですが、アナログ・シンセの軽~い音と、ヴィンテージ・リズムボックスのレトロな響き、 囁くような女性ヴォーカルは、聞き方によっては紅葉で落ちた葉の上を歩くような風情もあります。
 ちょっと枯れかけのロワールの赤や、 素朴なドルチェットなど、何気ないデイリー・ワインの美味しさも際立つ気もしますね。
 ちなみに曲名は「遅れている」という意。 遅れて届いた秋の時期にも、どうでしょう?
 https://www.youtube.com/watch?v=J-TlL7gR1vc

 

今月の言葉:
「私のワインが香りの複雑さで有名なのは天然酵母のおかげなんだ。 私は自然のなすがままにしている。一方、 選抜酵母で作られたワインはどれも似たような味になり、テロワールの違いが覆い隠されてしまう。(中略) もし外から培養酵母を加えたりすれば、ワインは無味乾燥なものとなってしまうだろう」

「アンリ・ジャイエのワイン造り」
 ジャッキー・リゴー著  立花洋太訳 立花峰夫監修
 白水社  2005年初版 P170~171

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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