*

ファイン・ワインへの道Vol.84

シャンパーニュも色目? ハイブリッド品種、汚名返上?

1:農薬散布90%削減で、持続可能農業に貢献。
2:謎とミステリーに包まれた、交配品種の親と祖父母。
3:シャンパーニュでその”個性”が味わえるのは2030年以降。

 

1:農薬散布90%削減で、持続可能農業に貢献。

 農薬散布が90%も減らせる品種。地獄のように暑い夏の後でも酸を失わず、アルコールが上がりすぎない品種。しかも比較的栽培が簡単で、収穫量もたっぷり採れる品種・・・・・・。
 そんなブドウ品種がもし現れたら、世俗的、とは言わないまでも人間的な農家たちは、その誘惑に素直に流されても不思議じゃないですよね。
 それが日に日に話題が高まる、ハイブリッド品種/PIWI(ピーヴィー)品種です。
 シャンパーニュではすでに、彼の地の8番目の認可品種として、ハイブリッド品種、ヴォルティス(Voltis)の”試験栽培”が認可されました。続いてボルドーでも、黒ブドウのヴィドック・ノワール、白ブドウのソーヴィニヤック、スーヴィニエ・グリなどが ボルドーワイン評議会の認可を受ける予定とのことです。
 ハイブリッド品種といえば、フィロキセラ対策として20世紀前半にフランスに導入されたものの、その後、ワイン自体の品質が劣ると断じられ、1960年代にはINAOがフランスでの栽培を全面禁止するという受難の歴史、暗い過去があるのですが・・・・、 なぜ今?  それが病害への耐性と、地球気候危機下での品種特性の利点です。
 病害への耐性とはすなわち、ベト病、うどん粉病というブドウ栽培の二大疫病への強さ。上記の品種はいずれも、この病気に耐性があり、農薬散布を80~90%も減らせる、すなわち持続可能農業へ大いに貢献するとの実験結果が出ているのです。
 さらに、一部の実験機関からは植樹以来 8年間、農薬散布ゼロでブドウ栽培ができたとの報告も届いています。
 とすると、すぐさま”自然派ワインは農薬を使わないから関係ない!”とのご指摘も出そうですが・・・・・・、残念ながら。極々一部の非常に志高き生産者を除き、ボルドー液の散布は自然派ワイン生産者でも通常は行われているものです。ボルドー液とはすなわち硫酸銅と消石灰の混合物。そして銅は重金属なので、継続使用による畑への蓄積は長年問題視されています。最近、ナチュラル・ワインの生産者にインタビューすると、このボルドー液の使用量もいかに抑制しているか、ということを熱く語る生産者も少なくありません。
 さらに現実的には、このハイブリッド品種の特性は、自然派ワイン生産者にとっては、よく語られる近隣農家からの農薬飛散を抑制できるという点では、大きなメリットかもしれません。偉大な自然派生産者の周囲の農家がせっせと(楽をしようと、農薬代を節約しようと)この品種を植えてくれれば、隣の畑からの農薬飛散の弊害は、減らせるわけです。これは、悪くないニュースかと思われます。

 

2:謎とミステリーに包まれた? 交配品種の親と祖父母。

 ここで念のため、先述のPIWI品種についても簡単にご説明させていただきますね。これはハイブリッド品種の中で、特にカビ病に対する耐性が強いものです。PIWI品種の中には、一度ヴィティス・ヴィニフェラとヴィティス・ラブルスカを掛け合わせた品種に、さらにもう一度、時には二度、さらにヴィニフェラ品種を掛け合わせたという、大変に複雑な交配種も少なくありません。この入念さにより、ラブルスカの致命傷だったフォクシー・フレーヴァーの抑制にも成功している、と研究機関は主張しています。

 ちなみにここまで読まれた忍耐強い読者の方々は、いつまでたってもそれぞれの交配品種の親についての具体的記述がないことに、大いにイライラされていると思います。それは、不明点というか非公表の部分が少なくないから、なのです。
 シャンパーニュに認可されたヴォルティス(別名コルマール2011G)は、 ヴィラリス(Villaris)と、VRH3159‐2‐12の交配品種。ところがそのVRH3159‐2‐12は、ヴィティス・ヴィニフェラとミュスカディニア(Muscadinia)の交配品種とのことで・・・・・・、結局そのヴィニフェラが何かは公表されていないようなのです。
 同じような調子でカベルネ・ブラン(フラン、ではなく)なるPIWI品種も、カベルネ・ソーヴィニヨンと”いくつかの抗カビ品種”を交配した白品種、と書かれているのみで、ミステリーは深まるばかりです。

 そんな中、家柄が明らかなPIWI品種でドイツ生まれのヨハニーターは、グラウブルグンダーとグートエーデルのかけ合わせに、まずセイヴ・ヴィラール12481を掛け合わせ、その後さらにリースリングを掛け合わせたという入念品種です。グラウブルグンダーのボディと、リースリングのフルーティーさを持つとされていますが、1968年に完成した品種ながら現在ドイツ全体で約60ha のみの栽培ということは・・・・・・病気に強いけどワインは美味しくなかったのかなぁ、と想像する私は底意地の悪い俗物、なのでしょうか?

 それにしても、ブドウをこんなに複雑に交配させるなんて、気味が悪いと思われる方も少なくないとは思います。
 しかし、ブドウ品種の歴史は交配の歴史でもあります。例えばサンジョヴェーゼは、チリエジョーロとカラブレーゼ・ディ・モンテヌォーヴォの自然交配との見解は、近年のブドウ品種のDNA鑑定研究でほぼ定説になりつつありますね。カベルネ・ソーヴィニヨンはカベルネ・フランとソーヴィニヨン・ブランの自然交配。 ギリシャが誇る偉大なるクシノマヴロとネッビオーロの近似性も、ワインラヴァーは既に五感で自然に実感されているのではないでしょうか。

 

3:シャンパーニュでその”個性”が味わえるのは2030年以降。

 ともあれ。 シャンパーニュを例に取れば、先ほども申し上げた通り、新品種ヴォルティスは現在は栽培”試験期間”中。ブレンド比率の上限は10%と規定され、試験期間の結果によっては最終的にはシャンパーニュへのブレンドが認められない可能性もあるとのこと。それが判明するのは2028年。その年のブドウがシャンパーニュとして出荷されるのが2030年頃からなので・・・・、その結果と味が吉か凶か。私たちがちゃんと自分の舌で判断するのは、かなり先になりそうです。
 個人的にはヴァン・ド・フランスやヴィーノ・ダ・ターヴォラなどのカテゴリーで、フランスかイタリアの腕白(せっかち?)な生産者が、実験的にこの品種をリリースしてくれないものかと思いますが・・・・・、 その兆候が見えたらまた、是非このコラムでお伝えしたいと思います。

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:

涼風、除湿効果たっぷり。
エクアドルのチルアウト美声。

Camila Perez ft.Luz Pinos 『Háblame』

 ブラジルとキューバのメロウ・チルアウトな音の肌触りが、広くラテン・アメリカ全体に広がり、それぞれの国で素晴らしい新世代アーティストが生まれていることは何度か(しつこく?)お伝えしたかと思います。
 そんな中、まさに今の季節の快晴のお昼にも、夕焼けの時間にも、プレイするだけで体が高原の涼風に包まれるような、アコースティック・サウンドが、エクアドルより。2人の若き美声・女性ヴォーカリストとシンプルなギター1本のみで展開するゆったりとスローで静かな音は、その奥にボサノヴァ以降のブラジル音楽の最良のチルアウト感を美しく受け継ぐ浮遊感があります。
 まるでキンキンに冷やしたシルヴァネールやピノ・ブランのナチュール・ペットナットを味わうような幸せに、この音をプレイするだけでひたれる気にさえ、なれると思います。

https://www.youtube.com/watch?v=bmTjDIJ8MY4

 

今月の言葉:
実験をしている間は、物事の正面的なことがらで満足してはいけない。
             イワン・パブロフ

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
PAGE TOP ↑