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合田玲英の フィールド・ノートVol.111 《 サントリーニ島、次代の担い手 》

 ギリシャの新規生産者!2012年の1年間をギリシャのケファロニア島、スクラヴォス・ワイナリーで生活をさせてもらっていた僕としてはギリシャの新規生産者と聞くだけで胸が躍ります。さらにサントリーニ島、アシルティコ種ともなると、ハリディモス・ハツィダキスのことを思い出さずにはいられませんが、故人に執着するのではなく新しく、志を持ったワイン生産者が生まれたことを素直に喜びたいです。
 ワイナリー:アクラ・フリソスのスピリドン・フリソスは2015、2016年とハツィダキス・ワイナリーで働きつつ、同ワイナリーにワイン用のブドウも一部供給していたという、地元の栽培家です。ハリディモスの死後も、ナウサのティミオプロスと共にアクロテッラというブランド名で2,3年の間だけワインをリリースしてきましたが、アクロテッラプロジェクトは空中分解してしまい、ラシーヌのサントリーニ島のワインの入荷は2018年を最後に途絶えていました。
 時は4年ほど流れて、2022年の春にブルゴーニュを訪問した際、ボーヌを拠点とするクルティエ、ベッキー・ヴァッサーマン事務所を訪れたときのこと。研修中のギリシャ人の青年からサントリーニ島に新しいワイナリーが出来たと聞きました。10km四方に満たない小さな島。全ての栽培家が島の協同組合サント・ワインに加盟し、独立した個人経営のワイナリーは30に満たないというサントリーニ島で新しいワイナリーが出来たというだけでも、興味が湧きます。彼が送ってくれた写真の詳細を調べると、それがスピリドン・フリソスだったことが分かり、すぐにコンタクトを取りました。
 押し寄せる観光客需要を満たすだけのワインを造るだけで十分にワイナリーを経営していくことが可能なサントリーニ島で、品質志向のワイナリーが生まれたことがまず嬉しいことです。アクラ・フリソスはまだベースのアシルティコのワインと、少量の単一畑のワインを造るだけの少量生産ですが、向こう10年、20年とこの唯一無二の個性を持った島に彼のような生産者が増えていって欲しいです。

【ワイナリーと造り手について】
 フリソス家はピルゴス村とメガロホリ村に20haの畑を持ち、その内4ha分の畑から自社ワインを生産している。4代目のスピリドン・フリソス(愛称スピロス)が家業のブドウ農家を引き継ぎ、2015年から少量ずつワインを造っている。サントリーニ島の畑の所有は非常に細分化されており、2023年現在900haあると言われているブドウ畑を、300軒のブドウ栽培農家が所有しており、1ha以上畑を所有している農家は少ないという。その中にあってフリソス家は島内の様々な村/地域(カマリ、アクロティリ、フィラ、メガロホリ、ピルゴスなど)に畑を合計20ha所有している大地主と言える。彼自身のワイン造りのために、4ha分のブドウを使用し、残りは島内の他のワイナリーに栽培家としてブドウを販売している。
 ハツィダキス・ワイナリーのキュヴェ・ルーロスにブドウを供給していた時期もあり、2015年、2016年とハツィダキス・ワイナリーでも働いていた。ハリディモスから醸造について学ぶと同時に、ハリディモスの力を借りながらスピロス自身の2015年VTと2016年VTのワインも醸造した。「ハリディモスは惜しみなく彼の知識と経験を伝えてくれ、いつでも手助けをしてくれた」、とスピロスは振り返る。スピロス自身は醸造学校へは行っていないが、他の醸造家たちの助けを借りながら、先祖から受け継いだ文化的遺産、特に樹齢200年を超えるプレフィロキセラのブドウ樹に光を当て、価値を認識してもらうべく、ワイン造りをしている。
 ワイナリー名のAkraとは英語ではEdgeを意味し、サントリーニでは特にカルデラの崖のことを意味する。従来のサントリーニのワインよりもより攻めたものを造りたいという思いを込めた。

アクラ=カルデラの切り立った崖

【畑と栽培について】
 サントリーニは東西南北、それぞれ10km強の小さな島だが、標高566mのプロフィティス・イリアス山を中心に斜面の多い地勢をしている。この山を囲むように北西にピルゴス村、北東にカマリ村がある。島全体で900haとされる畑からは、年間3,500t程度(3500kg/ha)のブドウが収穫される。
 元々は山頂に要塞(=ピルゴス)があったそうだが、今は廃墟となっており、現在は山頂に修道院(=プロフィティス)がある。火山灰の積もった火山性土壌に場所によっては白い軽石や黒い火山岩がころがっており、栽培品種は白品種がアシルティコ、アティーリ、アイダニ、赤品種がヴードマト、マンディラリア。畑は販売用のブドウの畑も含めて全てオーガニック栽培だが、認証を取っているのは一部のみ。ビオディオナミ農法も一部で実験している。地図を見るとピルゴス村は西側にあるが、ピルゴスと呼べる畑は西から東に山を囲むようなエリアに存在する。重要な区画としてはピルゴス村のルーロス区画、メガロホリ村のヴァサリア区画の畑を所有している。
 サントリーニ島の収穫時期は早く、アクラ・フリソスでも海に近いカマリ村側から7月末〜8月頭に収穫が始まり、おおよそ1ヶ月弱かかって山頂に近い畑の収穫が終わる。
 白品種だけでなく、赤品種の醸造にも興味はあり、山頂に近い標高450mの畑をマヴロトラガノ(赤品種)に植え替えた。2023年現在樹齢5年。全く粘土がなく軽石が堆積した特殊な土壌で、島内でも特に冷涼な地域なのだそうだ。2023年は春に珍しく雹が降り、生産量は半減してしまった。

 マヴロトラガノはハリディモス・ハツィダキスがブターリ社で働いていた時に可能性を感じていた品種だそうで、ハリディモスの独立後にリリースした1997年が島内での単一品種として初めてのリリースだとされる。一般的にタンニンや色の強い品種だが、優しく抽出することによりピノ・ノワールのようなキャラクターを持たせることができると、スピロスは考えている。成熟させるためには日照量が必要で、通常は他の品種と同様にクルーラ仕立てで栽培されるが、より日照量が取れる高い垣根仕立てへの変更をハツィダキスやアルテミス・カラモレゴス、シガラスなどがチャレンジを始めた。強風の問題があるためリスクは高く、一般的には標高150~250mの範囲で行われており、植え替えた450mの畑でもそれが可能か実験中。この畑の結果が良ければさらに3haくらいまでマヴロトラガノは増やしていきたい、とスピロス。

軽石表土

重い火山岩を利用した壁

ピルゴスの畑からの風景

◆サントリーニ島の水事情
 年間の高数量は300~400ml/年と少ないが、海が近いため湿度は高い。しかし風は1年を通してとても強いため、その湿度が病害の大きな原因となることはない。また、島独自に発展したクルーラ仕立ては水分を“籠”の中に保つ効果もあるそうだ。灌漑設備を導入しているワイナリーもあるが、塩分を多く含む島の水道をそのまま使うことはできず、脱塩処理が必要なため、設備投資には費用が掛かる。

◆ブドウの価格
 サントリーニ島では、ラシーヌスタッフが初めて訪れた2011年時点でも、ツーリズム用地との競合により畑の価格が非常に上がっていることを聞かされていた。新しく畑を購入することは非常に困難で、多くのワイナリーが契約農家からの買いブドウでワインを造っており、島の固有種であるアシルティコ種の購入価格は5ユーロ/kg以上もするそうだが、単位面積当たりの収穫量を考えると当然と言えるか。それでもブドウの栽培農家になりたい若者は少なく、リゾート施設での労働の方が楽だし給料もいいのだとか。またクルーラ仕立ての管理技術を持っている人も現在は少なくなってきている。

【セラーと醸造について】
 ワイン醸造は2015年にハリディモスの助けを借りて彼のセラーで行ったのが初めてで、そこで教わったことを基礎に、手収穫、醗酵前の低温エクストラクション、自然酵母、清澄剤不使用、亜硫酸低添加(total60ppm前後)、亜硫酸添加は一次醗酵が終わった後と瓶詰時に添加、フィルターありで醸造している。2017年からはアルテミス・カラモレゴスのセラーを間借りしていて、同ワイナリーにもルーロス区画のブドウを卸しており、スピロス本人もカラモレゴスで働いている。
 スピロスの目下の目標は自身のセラーを構えることで(2023年時点)、あちこち見て回っているが、10㎞四方の島であり、畑同様は保守的で協力的とは言えない住人から土地や不動産を賃貸/購入することは容易ではないようだ。

 

~プロフィール~

合田 玲英(ごうだ れい) 1986年生まれ。東京都出身。
2009 年~2012 年:ドメーヌ・レオン・バラル(フランス/ラングドック) で研修
2012 年~2013 年:ドメーヌ・スクラヴォス(ギリシャ/ケファロニア島) で研修
2013 年~2016 年:イタリア/トリノ在住
2017 年~:日本在住

 
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