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ファイン・ワインへの道Vol.82

世界最大。6000ワイナリー集結の試飲会で、一番感じたことは?

 フジロックフェスティバルが、ディズニーランドの中で行われるような興奮でしょう。 ワイン・ラヴァ―にとって、このイヴェントは。
 世界最大のワイン試飲イヴェント、プロヴァイン(ProWein)。今年は 世界61カ国から約6,000のワイナリーが出展。うちフランスから947社、イタリアからは1471社。1社あたり約10種類のワインを出品するとして、約6万種類のワインが3日間、試飲し放題、なのです。

 毎年3月、ドイツのデュッセルドルフで行われるこのイヴェント、 来場者数はともかく、規模の点ではイタリアのヴィニタリー(Vinitaly)、フランスのヴィネクス(Vinexpo)の倍以上。名実ともに世界最大クラスのワイン試飲会であります。
 このイヴェントは当然、 巨大な 新発見の場であると同時に、多くの検証の場としても非常に有益な場。 「そういえば最近 チェックしてなかったなぁ」という生産者のブルゴーニュ・グラン・クリュや、バローロの有名高額生産者のワインなども、どんどん水平、時に垂直試飲でき、 それぞれの進歩の有無や、スタイルの変化の大小などが実際に自分で検証できるという面でも、大変有意義なのです(つまり、楽しい)。 

オーガニックワイン専門ブロックもあり。看板に「ナチュラル」とあるが、酸化防止剤添加は、90mg/L前後まで容認された模様。

 そんな中、 3日間、朝9時から夕刻6時まで。脚も折れよとばかりに歩き回って試飲を重ねた中、この限られたこのスペースで、トピックスを1点だけお伝えするとすれば・・・・・・。
”バローロ現代派の消滅”、”ブラジル産メトード・クラシコ・スパークリングの品質躍進”など無数の候補を抑えて、第一は、「ドイツワイン、 白だけでなく赤も、のさらなる目覚ましい品質向上」でした。

 一つのパビリオンが東京ドームほどもあり、 そのパビリオンが計17館もある巨大 会場の中で、 その全てを3日で一人で検証することは 完全に不可能です。 ゆえ、私の見解は、必然的に断片的になるのですが、しかしやはり。ドイツだったのです。 
 そして。ドイツワインに関してはラシーヌ・ライブラリーに、北嶋裕さんの膨大なレポートがあるゆえ、私などは三蔵法師の手のひらの孫悟空以下、の存在なのですが。 やはり実際、目覚ましかったのです。 ドイツワイン。 では、何が目覚ましかったのか?
 それは大きく以下の3点、でした。
1:力量あり、意識の高い若手新進生産者の活発な 誕生。 
2:高品質なピノ・ノワールを生む生産者の嬉しい増加。
3:リースリングはもちろん、 その他の白ブドウ品種でも上質ワインを生む生産者の増加。
でした。 

1:の代表例は、ラインガウのイム・ヴァイネッグ(Im Weinegg)。ガイゼンハイム大学を卒業した、まだ30歳台のファビアン・シュミット が2009年に わずか3.5haの 畑からスタート。 2015年からビオディナミを試み、 今年デメテール認証を取得しています。
 ワイン造りの信条は「低収穫。できる限り非介入」とシュミット。 当然、自然酵母のみで醸造し、一部のリースリングは樽醗酵も試行中。2022、2021を中心に8種のリースリングと 、ソーヴィニョン・ブラン、 グラウブルグンダーなどの試飲で、一貫して感動的だったのが、 雑味がなく ピュアで 奥行きある果実味と、酸の質感と、表現力の豊かさ。 まるで大昔のデジタルカメラの粗い粒子の写真と、 最新の 8 K 、16 K のデジタルカメラで撮影した白い花や、青い片岩の写真の違いのような、味わいの解像度の鮮明さに驚かされました。
 酸化防止剤添加はエントリーレヴェルのものでも50mg/L、 上級クラスでは40㎎/L程度に抑制している点も、味わいの鮮明さに 直結していると実感できました。 ちなみにこの生産者のワインは日本未入荷ですが、誰かが発見し、日本に 届く日はきっと近いと確信できました。 

イム・ヴァイネッグの当主、ファビアン・シュミット。「酸化防止剤はワインの味わいを萎縮させる」と語る。

2:に関しては・・・・・・「二流のブルゴーニュを買うより、一流のジャーマン・ ピノ・ノワール。値段は半分以下で、感激ははるかに上」との話を、 この2年ほどの間、よく真のワイン愛好家から耳にし、私も全く同感なのですが・・・・・・、その正しさを再度実感。
 発見の筆頭格はラインヘッセンで2017年に自らの瓶詰を始めたカーステン・ザールヴェヒター(CARSTEN SAALWÄCHTER)。 ブルゴーニュでの修行後に、醸造時亜硫酸無添加で産む、クリーンでピュア、かつ香味と果実味に上品な密度のあるピノ・ノワールは、十分に シャンボールや、サヴィニーなどの良品に比肩する域とさえ思えました。 
 このクラスのワインがドイツでの小売価格、2,500円 前後とは、 ますますブルゴーニュに手が伸びる 回数が減りそうな気さえ、いたしました。 
 その他にもクナープ(Knab)/バーデン、ペーター・シュトルアイス(Peter Stolleis)/ファルツ、 そして今や大御所格のフュルスト(Fürst)などが、端正かつ格調高く、華麗な香りのピノ・ノワールをリリース。  生産者の多くは「地球気候変動はドイツのピノ・ノワールとっては恩恵だ」と 明言。 今後ますます、ピノ・ノワール選びには、ドイツを視野に入れ、 比重を強めることが”賢明な選択”に不可欠となりつつあることがひしひし、実感できました。  

プロヴァインの会場図。一つのホールが後楽園球場ほどもあり・・・・、それが計17ホール! の規模。

3:この点で、第一に感動的だったのがファルツのシュテファン・マイヤー(Stefan Meyer )。リースリングも上質だったのですが、 それ以上に瞠目させられたのが、 まさかのシャルドネ。 特に 2021年 シャルドネ・ローター・ローゼンガルテン(Rhodter Rosengarten)は、30年以上の古木から醸造時亜硫酸無添加で、 壮大な 多層性ある果実味とミネラルの奥深いレイヤーと、緑の柑橘、緑のトロピカルフルーツのニュアンスが、まるで芸術的ペルシャ絨毯の模様のように美しく 入り組んで、 深い陰影を描き出す味わいが、胸に刺さりました。
 このワイン、 ドイツでの一般小売価格は、わずかに15ユーロ少々とのことですが・・・・・・、ほとんどミニ・コシュデュリか、とさえ思える味わい。それにしても、ドイツでシャルドネがここまで綺麗に熟して、深遠な陰翳あるワインになるとは・・・・・・。ワインの世界は動いています。本当に。大きく。
 もう1社、ジルヴァーナーで冴えを見せたのが、フランケンのヴィルヘルムスべルグ(Wilhelmsberg)。トップレンジのキンツィンゲル・ジルヴァーナー2020は、引き締まった密度ある果実味と、躍動感、生命感あるライム、硬いメロン、ラベンダーの香り。収量は40hl/ha、酸化防止剤添加も55㎎/Lというレンジに抑制するゆえの焦点の合った味わいは・・・・・・未だにジルヴァーナー=二流ブドウ”と思っている方々(不幸なほど多い) のイメージを瞬時に 180度を変える力さえあるように思えました。
 その他にも印象的だったワインは
◎カール・ファフマン(Karl Pfaffmann)
 2021 グラウブルグンダー・セレクション・トロッケン/ファルツ
◎ボレール・ディール(Borell Diehl)
 2021ヴァイサー・ブルグンダー・レゼルヴ・トロッケン/ファルツ
◎オーバーロートヴァイラー・ヴィンツアーフェアライン(Oberrotweiler Winzerverein) 
 2022シャルドネ・アウス・オーバーロートヴァイル/バーデン
などなど、でした。

 そのうちどれでも、一口味わっていただければ。 今後、ワイン 選びの際、 ドイツを重視しないことは”損失”、とさえ思っていただけると思います。
 少し前までは、その生真面目すぎる国民性 ゆえか、真摯なオーガニックワインでも比較的亜硫酸添加が多いかなぁ、というイメージも、今回のコラムでまばらに書かせていただいた通り、3、4年前と比べても、かなり頑張って亜硫酸が減ってきたなぁという印象も、嬉しい発見でした。
 ともあれ。日々「上質ブルゴーニュは高くなりすぎて手が出ない。 アルザスのトップ・ナチュールは人気が出すぎて手に入らない」と泣かれている皆様( 私もですが)。
 いえいえ。今こそ。ドイツワインがありますよ!

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:

五感への、微風・扇風機?
ブラジルの”そよ風”音楽。 

Julio Secchin、Rebeca 『Quero Ir Pra Bahia Com Você』

 初夏ですね。 ブラジル音楽が ますます気持ちいい季節ですね。 それにしても次々と。よく これだけ素晴らしいアーティストが生まれるものです。 ブラジル。1987年 リオデジャネイロ生まれのこのアーティストは、 映画監督としても成功しているそう。 2020年リリースのこのシングルも、飾らず 素朴なギターとともに、 女性ヴォーカリストとデュエットした、チルアウト感たっぷりの名曲です。映画監督ゆえか、さりげなく肩の力がぬけ、ゆる~~い曲調の中にも、絵画的ニュアンスがあるのが・・・・・・また心地いいのです。
 音の肌触りは、 まさに この季節の 極上微風扇風機の趣。 海辺でも家のベランダでもどこでも、軽く冷やしたペットナットや軽めの白ワインの美味しさが10倍増します(個人比ながら)。 

https://www.youtube.com/watch?v=ES0fkFWZ7s8

今月の言葉:
「男子三日会わざれば、刮目して見よ」
     ₋三国志演義₋

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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