*

合田玲英の フィールド・ノートVol.109 《 モーゼルよりゲルノート・コルマン来日 》

 5/14~5/22までドイツ、モーゼルのエンキルヒ村からゲルノート・コルマンが来日し、東京・京都・大阪で複数の試飲会を開催しました。来日中ゲルノートは過密なスケジュールにもかかわらず、積極的に参加者へ話しかけ、質問に対して率直に回答しようとする姿勢がうかがえました。
 今回すべての催しは、ゲルノートがドイツ語で語り、日本語に通訳する形式にしました。そのため、参加者とゲルノートとの直接的なやり取りは起こりにくい状況でしたが、論理的でありながらユーモアを忘れないゲルノートの話は、参加者にとっても興味深くかつ理解しやすい内容だったと思います。
 予定を詰め込みすぎたのではと心配していましたが、取り越し苦労のようで「いろんな顧客に会い、自分のワインについて理解を深めてもらうことは、今のワイン造りを僕が続けていくためにも必要なことだと考えている。むしろ、ここまでしっかり予定を組んでくれたことに感謝しているよ」とゲルノートは言ってくれたのでした。 

ラシーヌオフィス試飲会にて

 ドイツワイン、特にモーゼルワインに通有の、《酸と残糖分によるワインのバランスをとる》という考え方は、僕にとっては他の地域にはない考え方で、理解に時間がかかると以前から思っていました。と、彼に言うと「本当にそうだろうか?モーゼルワインの味わいの構成についての考え方が、そこまで特殊なものだとは思わない。例えばロワールのワインにおいても、酸と糖分のバランスというのはずっと重要なトピックだったはずだ」という回答が返ってきました。
 要は、酸に配された糖度が、味わいの骨格や複雑味と、熟成能力を与える、ということでしょうか。ファン・フォルクセンで2000年~2003年まで醸造長を務め、辛口のリースリングの復興の中心人物でもあったゲルノートは、イミッヒ・バッテリーベルクでも辛口なスタイルを求めているのかと思っていましたが、必ずしもそうではないようです。彼の持っている条件の中で、同じ区画から産出されるリースリングの個性を毎年表現しようとする結果、様々な糖度やバランスのワインが生まれてくるのだと分かりました。そもそも辛口ワインという概念のとらえ方が、彼と僕でも違うのだろうとも思ったのですが、それは今までどのようなワインに親しんできたかの違いによるものでしょう。

 期間中、ゲルノートの目指すスタイルが他の生産者と比べて何が違うのかという点についても、参加者のみなさまや、ラシーヌスタッフと議論が深まる場面もありました。現在のラシーヌ取り扱いのモーゼルワインを例にとると,,,
ヴァイサー=キュンストラー
 少し早めに収穫することによる鮮烈な酸と、チャーミングな甘みを多めに残したスタイル。
ファン・フォルクセン
 毎年完熟を目指し、それをさらに毎年できるだけ辛口に仕上げるスタイル。
リタ・ウント・ルドルフ・トロッセン
 完熟させ、亜硫酸の無添加~低添加醸造の、辛口でやわらかなテクスチャーと強調された鉱物感を感じるスタイル。
A.J.アダム
 醸造期間中の酸化的な状況をできるだけ避け、酸の高さと果実の透明感に、樽の要素と残糖度を組み合わせて味わいを構成していくスタイル。
 と、各人各様なスタイルです。そのうえでゲルノートのワイン造りは、①ブドウの最大限の表現を目指すため、完熟したブドウを使い、②論理的に考えてよりよい醸造環境を整えつつ、③細部についてはコントロールをしすぎないよう注意し自制する、と僕の目には映りました。
 残糖度やマロラクティック醗酵についても、一律の基準や数値を設けていません。そのため、毎年のワイン、特に古樹、自根、単一畑の区画のワインは、残糖度が変化に富む結果になっています。
 また、ゲルノートは上記の生産者たちとの交流が深いと見受けました。ファン・フォルクセンとは醸造所立ち上げ時に、ワイン造りの方向性や醸造所の設計にも関わりました。(結果的に、意見の不一致から4VTでファン・フォルクセンを離れましたが。)アダム兄妹とは、彼らが2002年にファン・フォルクセンのもとで研修した時からの付き合いらしい。キュンストラーとは、シュテッフェンスベルクの畑を隣り合わせにもっており、醸造所も近いことから、日ごろから交流があるそうです。
 モーゼルのバイオロジック栽培地の分布は、ゲルノートのいるミッテルモーゼルエリアに多いらしく、それはトロッセンをはじめとする先人たちの政治的働きかけが大きく寄与しているとも、話していました。
 今月のラシーヌ便りでは、彼が伝えてくれた内容以下お伝えできたらと思います。

【セラーと醸造について】
◆シュペート・ブルグンダー
 毎VT全房醗酵をさせ、樹脂製の醗酵槽でマセレーション。足によるピジャージュを行うのみで、精細な抽出を心がけていますが、マセレーション期間は30~40日と長めです。その後、プヌマティックプレスで、35分くらいの短いプレスを行います。タンニンをしっかりと味わいの中で感じてほしいので、フリーランジュースもプレスジュースも一緒にしますが、その分瓶詰後2年以上待ってからリリースをしています。2023年には2017をリリースしましたが、2024年は2015と2018のどちらをリリースするかまだ決まっていません。

◆リースリング
 軽い破砕をしてから、醗酵前のマセレーション。アロマやタンニンを抽出してから、数時間のデキャンタ―ジュを行い、樽へと移し醗酵が始まります。それ以降の澱引きをすることは稀です。澱由来のボディーの強い味わいは彼の好みではないので、バトナ―ジュは行いませんが、熟成中のワインをあまりきれいにしすぎることは良くないと考えているため、醗酵前のデキャンタージュでは、大きな澱を落とすだけだそうです。
 モーゼルでは通常1000Lの樽の使用が多いのですが、ゲルノートは、228L〜300Lの樽を使っています。澱引きをしないため、マイクロオキシデーションが多いほうが良いと考えています。補酒は彼のセラー環境では、イースターの時期に500mlほど行うだけで十分なようです。
 樽熟成後のリースリングでは、糖分が残ることがあります。自然酵母、亜硫酸無添加で醸造/熟成させる場合、マロラクティック醗酵は必ず起こります。けれども、PHが低く(3~3.2)、セラー温度も低いため、MLFが100%起きることはありません。いずれにしろ、一次醗酵やマロラクティック醗酵において、抑制や促進を求めて介入することはしません。その状態で12~18か月の熟成を続けますが、3~4か月の間ワインが動かずに安定してきたところで、瓶詰めを判断します。残糖が多い場合は、細かなフィルターで酵母を取り除き、残糖が少ない辛口よりの場合は、粗目のフィルターを使います。
 リースリングの残糖度については、上記の通りコントロールすることはしていませんが、あくまでもゲルノートが目指すリースリングは辛口であり、毎年の残糖度の変化は、その年のその畑がそのように生まれてきた、という感覚のようです。そのため、例えば残糖度のボトルへの表記などは、余計な先入観を飲み手に与えてしまうため、したくないのだそうです。
 残糖のあるワインは、それだけで満足度の高いものになりがちです。が、料理と合わせて楽しむことを考えると、3~7年の熟成を経て甘みはあるが甘さの目立たない調和した状態にならないと、ペアリングとしては合わせにくい面はあるかもしれない、と話します。 

◆収穫タイミング、貴腐菌、ペトロール香について
 果実の成熟度で細かくワインを作り分けることは、していません。限度はあるにしろ、さまざまな熟度のブドウから造られることが、ワインの複雑味につながる面もある、という考えです。
 貴腐菌は5%くらいまでは入ることもありますが、貴腐菌特有の香りは求めていないので、可能な限り除いています。
 ペトロール香も、全く求めていません。ペトロール香は、果皮への直射日光が多く、粘土の多い土壌で育ったリースリングに出やすく、熟成によっても出てくる香りでもあります。ゲルノート自身は、特定の要素がワインの味わいの中で支配的になることはできるだけ避けたい、と考えています。  

一年を通して、14度のセラー。

【畑と栽培について】
 ゲルノートが(資本家の助けを得て)イミッヒ・バッテリーベルクを購入することに至ったのは、なによりも畑が良かったこと。自根で古樹のブドウが残っていることは、自分にとってはかけがえのないことだとゲルノートは話します。
 ヨーロッパ全体では自根畑が多く残っていますが、モーゼル全体では自根の畑の割合は3~4%。原則として自根の畑の栽培は推奨されておらず、自根で新たに植樹することは禁じられています。彼の経験上、自根のブドウはある種の病害に強いことが確認されており、高樹齢のブドウ樹は様々なウィルスに感染していると考えられるが、今まで特定の病気の蔓延は確認されていないとのこと。例えば、エスカという病気は接ぎ木が原因とされ、ヨーロッパ各地で感染拡大が報告されていますが、彼の畑では全く問題になりません。
 赤ブドウはモーゼル全体で8%の作付面積があり、その半分が、シュペート・ブルグンダー。イミッヒ・バッテリーベルクでもシュペート・ブルグンダーの生産量は全体の4%で、リースリングが主力となっています。
 モーゼルの特徴的な《棒仕立て》は、モーゼル全体で1割ほど行われていますが、イミッヒ・バッテリーベルクでは70%が《棒仕立て》です。畑が急峻なためトラクターが入れず、土中への深い物理的なアプローチは不可能。なので、下草を刈るにとどめ、ブドウ樹の周りは鍬での除草作業。所有畑は全19haで、従業員は5人、そして季節労働者を年4回、必要に応じて派遣してもらっています。
 畑は全て、バイオロジック栽培。バイオロジック栽培は、前述の通りモーゼルの中でも彼のいるミッテルモーゼルのエリアに多く、薬剤の一斉散布などの“被害”を免れることが出来るのも、トロッセンら先人たちの政治的働きかけのおかげだとゲルノートは話します。 

モノポールのバッテリーベルクの丘 (左)上から見下ろした空がモーゼル川に映っている。(右)下から見上げた丘の様子。

 

~プロフィール~

合田 玲英(ごうだ れい) 1986年生まれ。東京都出身。
2009 年~2012 年:ドメーヌ・レオン・バラル(フランス/ラングドック) で研修
2012 年~2013 年:ドメーヌ・スクラヴォス(ギリシャ/ケファロニア島) で研修
2013 年~2016 年:イタリア/トリノ在住
2017 年~:日本在住

 
PAGE TOP ↑