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『ラシーヌ便り』no. 204 「出張報告」

【出張報告】

 3月23日からイタリアに出張してきました。恒例のVinitaly期間中の各種ナチュラル系試飲会への参加を核として、その前後に、前半はフリウリとピエモンテ、後半はトスカーナ地方を訪問しました。旧知の造り手たちに久しぶりに会うことができたうえ、新たな素晴らしい出会いも少なからずあり、実り豊かな出張となりましたので、成果にご期待ください。

《総論》
 全体としては予期していたことですが、グローワーは厳しい栽培環境に苦しむ話が多く、またコロナ禍の影響がまだ残っているため器材などが不足し、順調に醸造を進めることができないという話を、生産者からよく耳にしました。
 イタリア北部からエミリア=ロマーニャにかけては、昨年から雨がほとんどふらず、農業だけでなく、生活用水も足りない状況だと聞きました。ポー川が干上がってしまったので、米農家でよく考える人は、今年は米を撒くのをやめたとか。「水源であるアルプスに雨が降らない」と、山麓地方での悲鳴に近い声に、深刻さを実感しました。
 気候変動と、その一環としての気温上昇は、ブドウ栽培の現場で新たな対応を余儀なく迫ります。苗木業者もこれほど酷い乾燥を想像しておらず、栽培家はより深く根をはる台木が必要となりましたが、そのような台木の供給が追いつかない。そこで懸命な作り手は自分で、鋭い刃物でもって深く根をはる台木に接木するという方法で、植え替えを始めています。

*《Ca’dei Zago》クリスティアン・ザーゴの話

《Ca dei Zago》畑の様子

「雨が少ない。気温が高いことも大変だけど、水不足は大きな問題だ。乾燥がひどいと土が固まってしまって、雨が降っても土中に染み込まない。畝の間の耕作はしてこなかったけれど、最近は畝の間を20~30cmで浅く耕作して、できる限り水分を保つ工夫をしている。早く収穫して酸を残すよりも、栽培を工夫して、こんな気候でもちゃんと成熟させ、バランスの良いブドウを収穫できるようにしたい。
 コンポストも、ただ撒いただけでは乾燥してしまって効果がないので、ブドウの根本を掘り起こしてコンポストを撒き、上から土で覆っている。1924年に初めて農薬がうまれた。一方ビオディナミや他の色々な農法が登場したりした。たしかにそれぞれ正しいと思うが、私がやりたいのはそれ以前の、まず耕作をすること。育てた飼葉で牛を育て、その糞でコンポストを作り、ブドウを育てる。1924年より前の農業、この100年の農業の変化をいったん捨てて、農業を見直したい。自分たちをとりまく全循環サイクルの中におかれた農業として、ブドウを育てたい。」

*「タンクサンプルは要注意」—他の生産者の話からー
 また、Vinatureの会場で、テイスティングしていたときのこと。私が「とても素晴らしい」と話しているのを聞いて、そばにいた知り合いのイタリア人が、「これはタンクサンプルで、瓶詰後はこの味ではない。(サンプルの状態を製品段階まで維持するのは)とても難しいんだ。マメがでたり、ブレッドや揮発酸が大変強かったり、販売できないほどになったりする」と、話してくれました。実際、酷暑にみまわれた年は、ラシーヌが輸入する各国のワインでも同様のことが何度かあり、その原因を知りたいと思っていたことでした。状態の良いヴァン・ナチュールをつくることが、年々難しくなってきているように、思わずにはおれません。

 

《生産者再訪・二題》

*最初の訪問先、《Miani》 ミアーニ

《Miani》エンツォ・ポントーニ

 訪問はいつも、エンツォ・ポントーニの畑仕事が一段落する夕方6時以降です。
 通い始めて20年以上になりますが、セラーがデラックスになるわけでも高級車があるわけでもなく、外観はまったく変わりません。「夏が暑くなってきたので、3年前にエアコンを4台入れたけどね」とエンツォ。ひたすら畑に全てをかけ続けています。「今の気候は残念だけれど、アルコールが高くならない台木を使うのは、一つの考えかもしれない。アルコールが高くならないように収穫を早くしたところで、果実の成熟は得られない。10年前と比べて、難しくなってきている。不安になるけれど、毎年発酵はうまくいっている。栽培がいいから、酵母のえさが豊富だ。2021年、レフォスコはいい年だった。豊かな果実味があり、ノーブルで複雑さを備える。私はレフォスコがとても好きだ」
 試飲して、まったく同感!

 

*《Le Due Terre》 レ・ドゥエ・テッレ

《Le Due Terre》 フラヴィオ・バジリカータ

 フラヴィオ・バジリカータは、当年69歳。最近、といってもコロナ禍の最中、26年借りてきたメルロの畑(0.6ha)を、持ち主に返した。ずっと売ってほしいと言い続けてきたが、売ってもらえなかったこの畑に、メルロが植っていた理由は、ただ30年前にメルロが流行っていたので、持ち主が植えただけ、の由。
「私なら、レフォスコかスキオッペティーノを植えていたところ。だけど、人手が足りず、借りている畑まで手入れできないので、そのまんま。他にもレフォスコとスキオッペティーノが植わる畑を0.5ha借りているし、2011年に1ha を近くに購入した」

「近年、暑さの感覚が違ってきており、2020 は涼しかったが、2021と22は暑い。以前は、暑くても雨は降っていたけれど、20と21は冬に雨がないのが問題。プレポットは山に近いので、雹のリスクはあるが、雨はまだ多いからましなほう。コルモンスは南に位置し、雨量はプレポットの半分以下。2022年もこの冬も雨が降らず、温かい。プレポットでも、畑のマーガレットは冬中咲いたままだった。15年前からここに雪が降ることはない」

「ピノ・ノワールでは、途中で発酵が止まっていた液体がぐるぐる回って、活発に発酵が再開した。タンク内にガスがあると思って蓋を開けたら、発酵が勢いよく始まった。イースター後に活動再開は当たり前だけれど、このような早い時期に発酵が始まるなんて。ちょうど満月だった。1月2月に発酵するなんて。多くの人は発酵が終わらなかった。何もしないのが良かった。収穫時期は、雨が普通は気になるけれど、今年は雨がなかったので月をみて、月が満ちていく時に収穫した」

父 フラヴィオ・バジリカータ

娘さん コーラ・バジリカータ

「2020年のビン詰は、今のところ白ワインとピノ・ネーロしか終わっていない。通常は収穫の一ヶ月後に樽に移すが、2020と2021年(サクリサッシ・ロッソ、スキオッペティーノとメルロ)がまだ樽に入っているので、2022年はタンクに入ったまま。なので、いつもは20-24カ月熟成して瓶詰するが、2020年は30カ月熟成。特別な事情でそうなっているので、これからすべて30カ月熟成にするわけでない」

「2021年ビアンコは、10月にようやく樽に入れたが、それまでずっとステンレスに入れていた。暑かったけれどいい年だった。収量は25hl作れた。2022年ビアンコは、樽があいてないのでまだステンレスに入ったまま。今まで経験をしたことのないような発酵状況で、この間まで発酵していて木曜日にようやく1回目のオリ引きをした」

「通常、発酵は1ヶ月ぐらいで終わって、1月にマロラクティック発酵が始まるが、アルコール発酵がスムーズにいかないことが多い。畑の中で酵母が疲れていて、力が足りないことが多い。最後まで糖分を食いつくさせるのが難しいので、酵母添加しない人には難しい。ここのところ、水不足が続き窒素が極端に少ないので(通常は200mg/haあるが、最近は30mg/haぐらいしかない)、終わらせるのが難しい。野生酵母醸造の造り手としてできることは、他の年の澱を混ぜて栄養を加えたり、餌を与えるしかない。」

日本に来てもらえませんか?と、フラヴィオに言うと、
「ペティロッソという、巣の周り10m以内を離れない鳥がいるけれど、私もペティロッソみたいだね。ちょっとヨーロッパの中でも畑を離れてると、他の人が作業したのは、やりなおさないといけないしね。あなた方を通して日本を見れればいいかな〜」

《フラヴィオ・バジリカータ・余談》

「コロナのせいだけでなく レストランのサービス係や、農業従事者が減っている。また車修理や金属加工に携わる人も減っている。今は隣国スロヴェニアの人口も減ってきたせいで、賃金がイタリアより高い。人口300万人のスロヴェニアでは、国からの補助金が多い。それに対してイタリアは6,600万人。若い人は週末休みたいし、医師や看護師が少ない。介護士は不足している。(ちなみに私の95歳の父は、スリランカの人が世話している。)本当に皆、働かなくなった。種を撒くこともしない。本来、農業は高貴な仕事、あたりまえにコンタディーノの仕事なのになあ。」と、嘆き節。

 夏の極端に厳しい暑さと水不足、暖かい冬、気候変動の中で工夫を続ける造り手の姿が見えてくるお話しでした。2023年のブドウの成育が順調に進んでほしいと願うばかりです。

 
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