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合田玲英の フィールド・ノートVol.107 《 ラシーヌ初🍎シードルリー🍏新規生産者:シプリアン・リルー 》

 今月ご紹介する新規生産者はワインではなく、ラシーヌ初のシードルリー(=シードル専門の醸造所)の生産者です。個人的には多くのシードル/ポワレを飲み比べた経験はありませんが、シプリアンの造るシードル/ポワレの複雑な香りと瑞々しい飲み心地は、低アルコールということも手伝ってか、ワインでは持ちえない個性です。残糖は分析上では30~40g/Lで、ワインで考えるととても糖度は高く思われますが、それでも味わい全体としてはバランスするほど、それだけ酸の高い品種を使っているということでしょうか。シプリアンの造るシードルには15種類以上の様々なリンゴが使われており、果汁のうち20%ほどはとても酸の高い品種が使われています。
 瓶詰前に一定量の糖度とともにフィルターをかけて、瓶内発酵。その後のデゴルジュマンはしていないので、細かな澱があります。シードルとポワレを比べると、シードルの方がよりカジュアル。シードルにはつきものであるブレタノミセス香は香りの複雑さを構成する程度にあり、上記の通り瑞々しい飲み心地が持ち味です。一方のポワレはよりスリムな印象で、香りにも味わいも上品で透明感があり、レストランでも活躍できそうな雰囲気です。

シードル(左)とポワレ(右)

シードル(左)とポワレ(右)

 現代的なシードルの味筋の傾向としては、完全醗酵をさせて甘さを残さない傾向があるとシプリアンは言います。確かに、特にワインの生産者の造るシードルはかなりドライに仕上げるものが多いように思われます。シプリアンのシードルは残糖もしっかりと残しているタイプですが、現在複数の品種構成で、様々な残糖度のシードルを実験もかねて造り分けていて、全体的にもう少し残糖度を減らしていこうとは考えているようですが、残糖度も大事な味わいの構成となるシードルを造っていきたいと考えています。
 また最近の生産者の傾向、でもあるのかもしれませんがコミュニケーションも非常にスムーズで、僕自身もシードルやポワレについては全く知らない分野ではありましたが、シプリアンは丁寧に教えてくれ、説明自体も理路整然としていてわかりやすいものでした。

3/10出荷開始です。春に向けてぴったりのアイテムですので、是非お楽しみください。

【ノルマンディーについて】
 大西洋に面したノルマンディーは海洋性気候のため比較的温暖とされ、漁業だけでなく果樹や穀物をはじめとする農業、平野の牧草地を生かした畜産/酪農が盛んな地域です。地域のスペシャリテにはリンゴ、乳製品、肉、海産物を使ったものが多く、リンゴの醸造酒であるシードルや蒸留酒のカルヴァドスなどもしばしば料理のレシピに登場します。 フランスのその他の地域同様、ワイン生産の歴史はローマ時代の記録がのこっているものの、14世紀半ば~19世紀半ばの小氷期、より近年にはフィロキセラ禍により、ノルマンディーのブドウの作付面積は減少の一途をたどります。現在ではブドウの栽培よりもリンゴなどの果物を原料とした蒸留酒の名産地として知られます。シードルの原産地呼称は1996年にペイ・ドージュがシードルとして始めてAOCを名乗ることが許可されました。2000年代以降も制度の整備が進められ、現在も新たなAOCが生まれています。ワインの原産地呼称としてはIGPカルヴァドスが存在します。

 

【シードルリーと造り手について】

 シプリアンは、24歳で商業のグランゼコール(高等教育機関)を卒業したものの「自分の居場所はここではない」と感じていました。幼い頃に祖父母が営んでいた果樹園での思い出が頭から離れず、「地に根差した仕事」に従事したいと考えるようになります。そこで1967年からビオロジックのシードル造りを行っているレ・サンク・オテル(Les 5 Autels)の醸造長、エティエンヌ・フルネに師事し、シードル造りの道を歩むことになります。
 もともと家族で所有していたのはとても小さな果樹園だったので、近隣の放置された果樹園からもリンゴを購入しています。それらの果樹園は、どれも手入れの放置された果樹園が多く、所有者達も高齢であることが多いので、彼らの元を一人一人訪ねては、シプリアンの手で剪定などの管理から収穫までを行わせてもらえるよう交渉して回っています。
 シプリアンは誰も世話をしなくなってしまったリンゴをシードルにすることで、少しでもリンゴの樹を生かしたいと考えています。彼にとってシードルは先祖から受け継がれてきた遺産の”生きた証“でもあり、祖父母が営んでいた果樹園を通じて、昔からこの地に根差してきたリンゴ樹への敬意を、シードルを造ることで表しています。

 

【畑と栽培について】

 リンゴ樹の仕立てには2種類あります。ひとつは低い仕立て(basse-tige)。植密度が高く、生産性は高いが、木の寿命が短く、病害に弱い為、農薬の使用量も多くなりやすく、灌漑や不要な芽を摘み取る必要が生じることも多い。果樹の列の間隔5.5m、畝間2.5mで、機械収穫も可能。収穫量は30t/ha前後。

低い仕立て

 一方の高い仕立て(haute-tige)は機械化が進む前からの伝統的な仕立てで、植密度は低く、ha当たりの収量は落ちますが、木がより深くまで根を延ばすので保水性も高いそうです。樹間が広いので、その他の動植物用のスペースも十分にあり、植生も豊かになりやすく、自然に生態系のバランスが保たれ、病害も少ないとシプリアンは話します。近年ではこうした剪定に立ち返る動きが各地で増える傾向にあるようです。
 シプリアンが手入れし収穫を行うリンゴ園も全て高い仕立てのリンゴの樹で、枝が四方に広がり、リンゴの樹同士が10m離れています。よって低い仕立てよりも収穫量は少なく、10t/haほど。2~3年に一度剪定をする必要があり、脚立を立てての大仕事。剪定を怠ると、りんごの実の重さで枝が折れてしまうそうです。

高い仕立て

 

◆収穫

  

 

 収穫は両親とともに、熟して地面に落ちたリンゴ(または軽く木を揺する)を手で拾い集めます。木箱で2週間から1カ月ほど寝かすことで、さらに熟して成熟した果実特有の香りが出るのを待ちます。追熟が十分にできないと、出来上がるシードルが物足りないものになってしまうのだそうです。そしてその間に果皮表面の酵母も育っていくのだ、とシプリアンは話します。ポワレの場合も同様ですが、洋ナシの方がリンゴに比べて地面に落ちてから果実が持たないため、2-3日おきに果樹園を回っては収穫をする必要があります。
 またシプリアンが手での収穫にこだわるのは、機械で集めると果実に傷がついてしまい、木箱に入れての追熟に十分時間をかけられず、圧搾を急ぐ必要があるためです。

【セラーと醸造について】
 果樹園はノルマンディー地方各地に点在しており、昔から植わっていたリンゴの樹なので品種は不明。実際に食べてみて、個々のリンゴの酸味や苦味、甘味などを確かめてから収穫するリンゴ/洋ナシを選びます。リンゴは収穫後、一定期間(2~4週間)寝かせてから、洋ナシは日持ちがしないので収穫日か翌日には破砕、プレスし、果汁の醗酵が始まります。また洋ナシは、破砕した果実のもろみをすぐに搾汁せずに、何時間かそのまま浸漬させておくことで、収斂性を和らげます。
 醗酵が進み一定の残糖度に達したら、濾過をして酵母を取り除き、一次醗酵を停止。瓶詰後、ボトルを寝かせて2か月ほど経つと、残糖とわずかに残った酵母により瓶内で醗酵が起き、泡が発生します。

 醗酵は、野生酵母にまかせてゆっくりと醗酵を進ませることで、果実のもつ最大限の香りを引き出せると考え、亜硫酸などの添加もしません。「年によって果実のアロマは異なる」という考えと、「シードルやポワレもグラン・ヴァンのように熟成する」という考えているため、全てのキュヴェはミレジメ、生産年が記載されています。

【果樹の病気】
 リンゴや洋ナシも様々な病害、虫による食害があります。ガの幼虫などに食べられたり、カビに侵され果皮がかさぶたのようになるリンゴ黒星病という病気があるそうです。これらの被害を受けた果実や、近年では水不足のために成熟する前に果実が落ちてしまうこともあるとか。手作業での収穫は果実の品質を見極めるための大事な工程の一つです。また、シプリアンの管理する高い仕立てでの果樹園では、低い仕立てでの果樹園に比べ、植密度が圧倒的に低く、湿気もこもらないため病害が蔓延しにくいため、殺虫剤や殺菌剤の散布の必要はありません。

 

~プロフィール~

合田 玲英(ごうだ れい) 1986年生まれ。東京都出身。
2009 年~2012 年:ドメーヌ・レオン・バラル(フランス/ラングドック) で研修
2012 年~2013 年:ドメーヌ・スクラヴォス(ギリシャ/ケファロニア島) で研修
2013 年~2016 年:イタリア/トリノ在住
2017 年~:日本在住

 
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