*

合田玲英の フィールド・ノートVol.105 《 モレッラ:気概あふれるプリミティーヴォ 》

 先月のアブルッツォ〈ティベリオ〉(http://racines.co.jp/?p=18888)に引き続き、今月はプーリア〈モレッラ〉のご紹介です。
 インキーでタニックなワインが出来やすいと評されがちなプリミティーヴォですが、〈モレッラ〉のプリミティーヴォは一味違います。タニックで果実味が豊富とはいえ、暑い地域のワインにありがちな酸や果実味の緩さはなく、トップキュヴェの一つでもあるモンド・ヌオーヴォというキュヴェにおいては、涼しさすら感じます。
 醸造を担当するリサはオーストラリア出身で、2002年からワインを造っていますが、当初からプリミティーヴォの一般的なイメージとは違い、酸の高くエレガントなワインを目指してきました。彼女がワイン造りを始めた20年前よりも近年のほうが気候も熱いことは事実でしょうが、現行のVTでもそのスタイルは貫かれています。現在私たちの認識している地方性や品種の個性なるものは、市場に広く流通するワインが参照基準とされるため、特別な生産者の造るワインはしばしばその「基準」イメージから外れ、異端視されがちです。
 〈モレッラ〉のワインは、プリミティーヴォやマンドゥーリア産のワイン、ナチュラルワインといった通有のカテゴリーや思い込み、あるいは偏見の域を脱した、価格も含めて挑戦的なワインです。しかし、マンドゥーリア地方とプリミティーヴォ品種に加えて、リサが醸造したという条件が整わなければ、〈モレッラ〉のワインは実現しなかったでしょう。
 出荷開始は10月ではなく、11月ですが、楽しみにお待ちください。

 

【ワイナリー・造り手について】

 2021年にヴァルポリチェッラのモンテ・デイ・ラーニ訪問の際、「プーリアに行くなら」と教えてくれたのが、醸造家リサ・ジルビーの名前でした。パートナーのガエターノ・モレッラとともに2002年からプリミティーヴォを主体にワイン造りをしています。笑顔を絶やさないリサと、ひときわユーモアにあふれるガエターノですが、仕事とワイン造りには真剣そのもの。ガエターノは生産者組織《FIVI》のディレクターも務めており、プーリアのワインの振興にも努めています。
 オーストラリア出身のリサは、生産者として働くために1990年代にイタリアへとやってきます。ピエモンテやトスカーナで研修をし、その後シチリアの大規模なワイナリーでブドウの仕入れを担当、プーリアへ何度も足を運びます。その過程で多くのプリミティーヴォの古樹を見かけ、中でも樹齢80年を超えるアルベレッロの畑の姿に胸をうたれます。そしてもし自分がワインを造るとしたらこの地で…と、次第に考えるようになりました。
 決断は早く、ガエターノとともに2002年にはマンドゥーリアの町なかに醸造所を構え、ブドウを買いながらワイン造りを開始。同時にブドウ畑も少しずつ購入し、現在は20haの畑を所有しています。
 リサの考えるプリミティーヴォの特徴は、その名の通り早熟で酸がとびぬけて高いが、タンニンは少なく、色素も薄い。ご存じのように、一般的にはインキーでタニック、香りも色素も強いとされます。そのうえマンドゥーリアの気候では、ワインはアルコール度数が上がりやすく、しばしば発酵が終わりきらず残糖があることも多い、とリサ。そういった負のイメージが定着したせいか、プリミティーヴォはしばしば発酵が順調に進んでいても、わざと糖分を残させることもあるのだとか。しかし彼女の目指すワインは、完全に発酵させ、酸の骨格が味わいを支える伸びやかな後味のワインです。

 

ガエターノ&リサ

 

【畑・栽培について】

 リサが感銘を受けたプリミティーヴォは1930年~1970年代に植えられたアルベレッロ仕立ての畑で、現在リサが管理する畑20haの2/3を占めます。そのほかにネグロアマーロとマルベック、白品種(フィアーノが主体)の畑を所有していて、エントリーレベル用の若いプリミティーヴォはアルベレッロではなくグイヨーで仕立てています。
 ちなみにマルベックは、このエリアではMalbek(通常はMalbec)と書くようで、1800年代にフランスから持ち込まれ、フィロキセラ禍の際にはプーリアから多くのマルベックがフランスへと逆輸入されました。
 イタリアの「かかと」に位置するプーリアは、真っ白な石灰岩土壌の平地が広がるエリアです。海抜も80~100mと高くはなく、温暖というよりは酷暑のエリアです。酸が高く、早熟のプリミティーヴォであっても、近年の気候では酸と果実味、果皮成分のバランスをとることは難しいことでしょう。その中で〈モレッラ〉のプリミティーヴォのような透明感すら感じる味わいは、驚異的です。そしてそれはやはり、リサがその品質を信じる高樹齢のプリミティーヴォの畑と、彼女らの熱意こもる手入れによるものでしょう。古樹のプリミティーヴォからは、良年ですら20hl/haしかブドウは収穫されません。
 マンドゥーリアの土壌はテーラ・ロッサ(赤土)が特徴的で、鉄分を多く含み、出来上がるワインには、酸化的なニュアンスと暑さを感じる果実味が特徴的です。〈モレッラ〉の畑でも、表土を赤土が50cmほど覆い、下層土は石灰岩です。
 キュヴェ・モンド・ヌオーヴォ用のブドウの採れる区画は、例外的に表土が白くて岩も少ないため、昼間の熱が夜まで残ることが無く、冷涼さすら感じる味わいのワインが出来ます。

マンドゥーリアの典型的な赤土

 

白い表土のモンド・ヌオーヴォの畑

 栽培方法はワイナリー開設当初から化学合成肥料・農薬を排除し、2009年からビオディナミの調合材による管理をはじめ、デメター認証も取得しました。が、ラベリングされることを嫌い、エチケットには記載しません。
 原産地呼称についても、品種のブレンド比率に年によって幅を持たせるため、IGTサレントでリリースをしています。トップキュヴェの古樹のプリミティーヴォ100%のキュヴェも同様にDOCマンドゥーリアは取得せず、IGTサレントでリリースしています。 

 

【セラー・醸造について】

 

 町なかの醸造所はガレージのような場所で、年産約20,000本足らずとはいえ、手狭な環境です。ワイナリーを開設してから20年、ようやく理想的な地下セラーのある醸造所を建設中で、2023年VTから稼働予定。新しいワイナリーは、自宅と畑の真隣に位置し、十分な広さとむき出しの土壌にすることで、最適な温度と湿度を保つことが出来る設計になっています。
 白ワインはセメントタンクで醗酵・熟成を実験的に行っています。赤ワインは、10hlの解放桶でマセレーションを行い、手作業でピジャージュ。その後、垂直プレスで圧搾し、300/500Lのトノーで熟成。瓶詰め後もワインにより6〜18ヶ月間熟成させ、落ち着いてからリリースさせます。
 ロゼについて。以前は生産することに否定的でしたが2017年に試しに造ってみたところ、暑いエリアの赤品種のブドウの新鮮さをダイレクトに表現する良い手法だと思いなおしました。アメリカやアジアからのリクエストも多く、本人も要改良と言っていますが、赤品種は通常、白品種に比べ果皮が厚く成分も多いので、ブドウに直射日光が当たっても、果肉が光の影響を受けづらく、白品種よりもフレッシュなワインができると感じているそうです。

2022年現在のセラー

 

建築中のセラー

 

セラー建築のため掘り返し土壌。 赤い表土、真っ白な石灰岩の下層土の様子。

 

当初から変わらない手作業によるピジャージュ

 

~プロフィール~

合田 玲英(ごうだ れい) 1986年生まれ。東京都出身。
2009 年~2012 年:ドメーヌ・レオン・バラル(フランス/ラングドック) で研修
2012 年~2013 年:ドメーヌ・スクラヴォス(ギリシャ/ケファロニア島) で研修
2013 年~2016 年:イタリア/トリノ在住
2017 年~:日本在住

 
PAGE TOP ↑