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ファイン・ワインへの道Vol.73

欧州、480年ぶりの干ばつ。「フィネス」がおとぎ話になる時代?

目次:
1. 480年ぶりの大・干ばつが、フランスとイタリアに。
2. ヨーロッパと日本。報道知性の恥辱的格差。
3. 過激な水分ストレス下のワインは・・・・。

1. 480年ぶりの大・干ばつが、フランスとイタリアに。
 「2022年の夏は、 涼しかったねぇ」、と10年後の私たちは言ってるかもしれません。今年の暑さもまだまだ通過点。 20年後には、東京も大阪も夏は45℃というのが科学者たちの警鐘です。そして、私たちは過去50年以上連綿と、現在の地球気候崩壊を美しすぎるほどに予知し、鳴らし続けられた科学者たちの警鐘を、完無視し続け、今もさして態度を変えていないわけですから。 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%91%E6%97%B1%E9%AD%83_(1540%E5%B9%B4)

 先月もお伝えしたヨーロッパの気候崩壊に関するお知らせは、まだまだ甘く、序の口だったようです。その後も1日ごとに悲報は続きました。
 今やあの大河、フランスのロワール川が、中流域でさえ歩いて渡れる状態なのです。過激な干ばつで、フランス、スペイン、イタリア、ドイツ、そしてイギリスで、多くの川が干上がり、池や小さな湖の水が消滅し大量の魚が死ぬだけではなく。フランスとスペインでは、川沿いにある原発が冷却水の温度上昇により出力削減を余儀なくされているとのニュースも伝わっています。ライン川の水位低下で、ドイツ物流の大動脈としての川の機能がなくなりつつあるとの話は 、日本のニュースでも取り上げられましたね。なにせ各国では、今年3月から、ほとんど雨がゼロ、だというのです。

 もちろん農業への打撃も深刻です。イギリス、特に東部の農業はほぼ破局に近いほどの域。イギリスの大干ばつは、今年7月と8月を比べた衛星写真でも、国土からはっきり緑が失われ、枯れ草色(=茶色)に変わっていく様子が、明確に見て取れます。イタリア北部でも小麦、米、トウモロコシなど、多くの水を必要とする農業が 甚大な被害を受けています。
https://uk.news.yahoo.com/dramatic-satellite-image-shows-parched-uk-weather-112837522.html?guccounter=1&guce_referrer=aHR0cHM6Ly93d3cuZ29vZ2xlLmNvLmpwLw&guce_referrer_sig=AQAAAIDS53P8QKb64V4I0x6FZZHO3M50TwQBYwmiAT9Yg8NYc6kZ2t9Ecb8nPkIyJeNu_E-rmRwY1BKOiNxfGVzaV4C_c0Yniqy-B_D4SaerJ8tknnmjJVDKSpF8Gqp8poT8AcXtOwtUS5IFkZC_p0KJk5yLbBUh_zdHFfYGwt0-ql9a

 繰り返す熱波と干ばつによる水不足で、フランスではすでに小さな ”水戦争” も起きています。 フランスでは取水制限下で水泥棒が横行、さらに芝生に散水するゴルフ場に市民が侵入し、グリーンのカップにセメントを流し込み「富裕層の娯楽のために、市民生活の水を犠牲にするな」との抗議メッセージを掲げています。(フランス人のこういう時の行動力と、その素早さは 、ベルサイユ襲撃時代以来、なかなかに頼もしいものがありますね)

 さらにアテネでは、毎年連日40℃を超える気候に嫌気がさした若年層が多くノルウェーなど北欧への移住を始めている、という話もニュースになりました。
 ニュースといえば、暑さで崩落した北イタリア、トレンティーノ=アルト・アディジェの氷河が登山家7名を殺したという話は日本に伝わりましたが、あの氷河がその後、谷間の村落にまで届き、 多くの歴史ある家々を破壊したというニュースはあまり伝わっていませんね。アルプスでは同様の氷河崩落による村落破壊の危険にさらされる村々が無数にあり、ここでも人々の移住が進み始めているそうです。

2. ヨーロッパと日本。報道知性の恥辱的格差。
 そのように。
 先月の原稿を書き終わった後にも次々と届く、気候崩壊関連ニュースを書き連ねると、ヨーロッパだけでもきりがないのですが。それはヨーロッパに限った話ではありません。南半球、オーストラリアやブラジルでも殺人的な豪雨が発生 。アメリカ西部は、今年だけではなく何年にも渡る雨不足で、耕作放棄地が増え、巨大な湖沼が枯れる寸前、との 状況が伝わっています。

 そんな中、痛烈に感じた無力感の一つが、特に日本の報道機関のお気楽さ、と言うか、痴呆感。上記のようなニュースを伝える BBC や DW (ドイツの公共英語ニュース)では、報道に際し気象学者も招き、どのニュースでもほぼ必ず
「これは人類活動が今まで地球を汚染し続けた結果。このような極端な気候は、 今後さらに過激に、さらに頻繁に起こります。今すぐ対策と具体的行動が必要です」と、毎日毎日連呼しています。
 ところが。
 日本の (痴呆的)ニュースでは、全くと言っていいほど 「気候変動の影響」、などと言うコメントは皆無。 8月に毎日、日本のどこかで大雨で家に浸水が続くような気候が毎年と言っていいほど続いていてさえ「異常気象」、つまり ”一過性” のものと報道しています。(バカにもほどがある)
「偏西風が蛇行してるんですねぇ~~~」だけで終わり。(本当に、バカにもほどがある)
 ヨーロッパのニュースでは皆、この気候は”異常”ではなく、ニュー・ノーマル、つまり新たな(有難くない)正常、 だと報道しています。

 ほんとなの? と思われる方は、ぜひ。 BBC や DW のニュースをご覧ください。入魂の取材です。YouTubeで関連動画が無数に出ます。

Europe’s rivers are running dry as the climate crisis worsens | DW News – YouTube

Record drought poses serious threat to Europe’s environment and critical infrastructure | DW News – YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=AlR33oOjiNU

Wildfires continue across Europe as UK approaches record temperature – YouTube

3. 過激な水分ストレス下のワインは・・・・。
 本来ならばワインの話を書くべきこのコラムで、あまりのヨーロッパの気候の酷さのショック、及び同じ地球に住む日本メディアの思考停止状・呑気さにショックで、気候の話が長くなりました。

 元々、 ブドウは他の農作物と比べて格段に干ばつには強い植物だと言われています。他の植物よりもずっと土壌深くまで伸び、水分を吸収する長い根を持つためです(化学肥料で甘やかされて、根が地表周辺にしか張らない樹は知りませんが)。実際、この過激な干ばつの中でも、イタリアの多くの銘醸地では、なんとかブドウは実をつけているようです。ボジョレでも例年より約1カ月早く、8月15日に始まった収穫では、収量は30%ダウンのみにとどまったとのこと。しかしながら、ドイツ西部など、急峻な丘陵地の斜面上部にある畑=つまり土壌の保水量が比較的限られている区画では、ブドウの葉が8月の時点ですでに黄色く変色し、樹が瀕死の状態にある映像も届いています。

 もちろん、幸いブドウが実ったとしても、過激な干ばつによる水分ストレスにさらされた房からできる、ありがたくないバランスの悪さのワインは、私たちはすでに、例えば2017年のトスカーナなどから十分知っています。 水分ストレスと過激な暑さで種のタンニンが熟さない、青苦い余韻になってしまったワインは、2017年のトスカーナに本当に多かった。そして本来のサンジョヴェーゼに期待するフィネスとエレガンスも、悲しいまでに暑さによって押しつぶされ、単調で平坦な味になりはてたワインが多かったですね……(泣)。

 現状のところ、どうやら2022年ヴィンテッジも、そのような青苦いアフターと、粗野なタンニン、単調で平坦な味への警戒と、それを克服した真摯な生産者の選別が、いつも以上に私たち消費者には必要になりそうです。

 もちろん、それよりもっと心配すべきは、来年、5年後、10年後。今よりさらに過激化し、頻繁になるといわれる気候危機、およびこの期に及んでなお、無根拠な楽観視に安穏とする人類の知性欠損かもしれません。
 で、結論は先月と同じく。

 一人一人が少しずつでも、気候崩壊緩和のための具体的行動を(将来もフィネスあるワインが飲みたければ)。
 行動は、今日から。

 明日からやろう、ではもう手遅れかもしれません。

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:

インドネシア、夕暮れの涼風音。
残暑の季節は、”クロンチョン”で快適に。 

トト・サルモン 『クロンチョン・バンダル・ジャカルタ』

 ふざけてるみたいな語呂ですが、 れっきとしたなごみ音楽のジャンル名なのです。インドネシアのクロンチョン。ポルトガル植民地時代に持ち込まれたバイオリンなどの楽器と、インドネシアの伝統音がゆったりと自然に融合したメロウ・リズムは、エアコンのなかった暑い土地でいかに音楽で涼しく過ごすか、を考えた人類の知恵の、偉大な結晶でしょう。
 この季節、カツンと冷やしたミネラリーな白やロゼとの相性も抜群ですね。

 ちなみにインドネシアの首都、ジャカルタはニュー・ヨーク、アムステルダム、バンコクなどとともに、世界で最も早く海面上昇で水没する大都市ランキング最上位都市の一つ。こんなに美しい音楽が聴けるのも、あと何年かだけ、なのでしょうか。
https://www.youtube.com/watch?v=T8lgxI6PwRg&t=102s 

 

今月の言葉:
「無関心とは精神の麻痺であり、死の先取りである」
                      アントン・チエーホフ 

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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