合田玲英の フィールド・ノートVol.104 《 ティベリオ:アブルッツォの新機軸 》
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最終更新日:2022/09/27
ライブラリー, 新・連載エッセイ, 合田 玲英のフィールドノート イタリア, ペコリーノ, 新規生産者, アブルッツォ, ティベリオ, トレッビアーノ・アブルッツェーゼ
アブルッツォから新しい生産者の登場です。といっても、生産開始は2000年のことで、現当主の二人は2008年に彼らの父親からワイナリー【ティベリオ】を引き継ぎました。今年4月のヴィニタリーで初めて出会った生産者の中でも、確固たる個性を感じた生産者の一人でした。
一般的に言って、僕はセメントタンクでの醸造のワインが好きです。口に含んだ時の冷たい印象がなく、ワインの複雑味や、深み、テクスチャーといった要素からも、無視できない要素だと思っていました。しかしティベリオのワインを飲み、そして造り手のクリスティアーナの説得力のある話を聞くにつれ、例外は常にあり、先入観や固定観念は時に有害だと改めて思います。
同じ出張中に、プロセッコのワイナリーを訪れた時にもステンレスタンクへの考え方を改めさせられる経験がありました。【カ・デイ・ザーゴ】のように、セメントタンクで発酵させ、より農家の飲み物に近いコル・フォンドやメトード・クラシコなどの意欲的なプロセッコ造りをする造り手がいる一方、試行錯誤の結果あえてステンレスタンクでの醗酵・醸造にこだわる造り手がいました。
その造り手曰く、「グレーラの個性をプロセッコという形で最大化させるためには、ステンレスタンクで、瓶詰めまでの時間も長すぎない醸造が不可欠。というのも、他の地域の他の品種の場合はさておき、ことプロセッコの地域でのグレーラという品種においては、メトード・クラシコやコル・フォンドという醸造面での特徴が、地域や品種の特徴を覆ってしまうことになる」との見解でした。
栽培手法・醸造手法、クラシック、ナチュラルなどのスタイルによらず、そのスタイルの中で美しいワインの形があるのだと日々自分に言い聞かせていますが、ティベリオのワインはアブルッツォ州のトレッビアーノやモンテプルチアーノに、従来とは違った方向から光を当てて、土地と品種の個性が表現されています。
販売開始は10月を予定しておりますが、10月出荷開始の新規生産者の紹介は次号も続きます。 販売開始は2023年1月を予定しております。楽しみにお待ちください。
【ワイナリー・造り手について】
アドリア海沿いのペスカーラの街から内陸の山岳部に30km進んだ、海抜350mの丘陵地帯にリカルド・ティベリオ(現当主のクリスティアーナとアントニオの父)が2000年にブドウ畑つきの30haの荘園を購入したことから、ワイナリー・ティベリオの歴史は始まります。地域のワイナリーで輸出担当として働いていたリカルドは、樹齢60年越えるペルゴラ仕立てのトレッビアーノに興味を持ち、家族とともに移り住んできました。
土地の購入後、リカルドはモンテプルチアーノ・ダブルッツォ、トレッビアーノ・アブルッツェーゼ、アリアニコ、ペコリーノとモスカート・ディ・カスティリオーネ、そして少しの国際品種を実験的に植えました。ワイナリーとして体制も整い、ワインも少しずつ評価されるようになった2008年に、リカルドの子供たちである、クリスティアーナとアントニオにワイナリーの運営を譲ります。
2人はまず国際品種を抜き、地域の地場品種であるペコリーノとトレッビアーノをより多く植えることを決めました。植樹の際の穂木も、彼らの最も古い樹齢の樹からセレクション・マサルで選抜しました。
アブルッツォの丘陵地帯は、アペニン山脈からアドリア海に向かって傾斜しており、穏やかな海風とマイエッラ山からの冷たい風が昼夜絶えず吹いています。古代ローマのヴィラ・ルスティケイト(大規模な農業組織)があり、ブドウも多く栽培されてきた歴史を持っており、長いワインの歴史があります。クリスティアーナとアントニオは農夫のように丁寧な畑の手入れを心がけていますが、常に現代的な、あるいは既存の視点とは別の視点を持つことを心がけています。ティベリオ兄妹の目標はただひとつ、品種と産地を明確に語るワインを造ることです。
醸造を担当するクリスティアーナ自身は、10代の頃からワインの魅力に取りつかれていたので、古い年代の様々な国のワインを飲むことが出来たのは幸運だったといいます。というのも、様々なスタイルのワインに触れ、それらを比べながら飲んできたことで、あるとびぬけた個性を持ったワインが、他のワインと比べてどれどけ、どのような点が違っているかを感じ取る訓練になっていたからです。その経験のおかげで、古樹の畑からのセレクション・マサルで植樹した新しい区画のワインが、明らかに他の区画と違い、自分の造るその他のワインとは違う醸造をするべきだ、と気づくことが出来たのです。
【畑・栽培について】
ブドウ栽培は主にアントニオが担当。現在のワイナリーでは地場品種(ペコリーノ、トレッビアーノ・アブルッツェーゼ、モンテプルチアーノ)の古木を大量に選んで植えており、美しいマイエッラ山(2,793m)とグラン・サッソの山々(アペニン山脈の最高峰2,912m)に近いクニョーリ地区にあります。ブドウ畑は海抜330~360メートルの間にあり、昼夜の温度差が大きく、比較的涼しい微気候に区分されます。所有する30haの畑は、いくつかのプロットに分割されていますが、全てセラーに近くにあります。
トレッビアーノとペコリーノは、主に石灰岩の土壌に植えられていて、山と海からの涼しい風と相まって、バランスのとれた酸味と骨格を特徴とするミネラル感のあるワインを生み出します。モンテプルチアーノは、石灰岩と粘土の混じった土壌に植えられています。
古木の8ha以外は全て2000年代に植えられており、古樹を植え替える必要がある際も畑全体を植え替えることはせず、必要に応じてブドウの樹単位で交換していきます。植え替えの際の穂木はもちろんセレクション・マサルです。
・トレッビアーノ・アブルッツェーゼ
クリスティアーナは「トレッビアーノ・アブルッツェーゼはトレッビアーノ・トスカーノとは全くの別物だ」と繰り返します。現在、アブルッツォ州の多くの畑には、トレッビアーノ・トスカーノ、モストーザ、ボンビーノ・ビアンコが栽培されており、トレッビアーノ・アブルッツェーゼと混同されてきました。この4つの品種は似たような特徴ではあるが、クリスティアーナは「トレッビアーノ・アブルッツェーゼは高貴かつ繊細でライトボディーでありながら、より深みと複雑さを持つワインを生み出すことが出来る」と自信をもって話します。
「これらの品種は、あまりにも長い間混同されてきたため、苗木屋でさえその違いを認識してこなかった。トレッビアーノ・アブルッツェーゼを植えようとする人々に対し、悪気無しに、これらの他のブドウの樹を送り出してきた。この地域にあるトレッビアーノ・アブルッツェーゼの畑の大部分は、土壌、日当たり、台木、品種でさえも異なる様々な品種が混在している。それでは最適な収穫日も決めようがなく、トレッビアーノ・ダブルッツォの評判を下げることにつながった。私たちの父、リカルド・ティベリオがこのワイナリーに興味を持ち、前職の他のワイナリーを辞めて、自分のワイナリーのオーナーとして新しい人生を歩み始めたのは、このトレッビアーノ・アブルッツェーゼの古株の畑がきっかけだった。樹齢の高い健全なブドウの美しい畑には、そんな力がある」
・ペコリーノ
リカルドの購入した古いブドウ畑にはペコリーノも植えられており、その畑から穂木を選び、少しずつ植えていきました。
クリスティアーナ「ペコリーノは2010年以降人気を博しており、栽培面積も増えているが、残念ながら、アブルッツォ州に新たに植えられたペコリーノのほとんどは、この品種が最大限の力を発揮できない平地の畑に植えられることがあまりにも多い。海辺の畑や標高の低い場所に植えられたブドウは、糖分の蓄積が非常に早いため、収穫タイミングも早くなり、ポリフェノールが完全に熟すことはほとんどない。現在市場に出回っている多くの薄くて酸っぱいペコリーノワインは、この品種の個性を全くと言っていいほど表現していない。なぜならペコリーノの自然な生息地は、より高い丘陵地や山の斜面だからだ。真に偉大なペコリーノワインは、常にリッチでグリセロールに富み、触感の良い口当たりでありながら、高い総酸性に恵まれており、それによって質感と活気のユニークな組み合わせを提供している」
【セラー・醸造について】
ワイン醸造は強靭な意志と、澄んだ知性の持ち主であるクリスティアーナが担当しています。彼女は化学を専攻し、シャンパーニュ地方とオーストラリアで研修を受け、モーゼルとシャブリへも何度も足を運びながら知見を広げ、 2011年にワイン醸造の全業務を引き継ぎます。
ステンレスタンクで自然酵母醗酵。プレスジュースは使用せず、フリーランジュースのみを使用。標準的なワイン醸造レシピに従わないのは、ブドウやテロワールが “できないことを無理強いしない” ためです。ステンレスタンクによる醗酵という選択についても、「ブドウがそれを望んでいる」から行っているという、クリスティアーナの感性と視点は非常に興味深く、マロラクティック醗酵もあえて行わないことで、ワインに特有の緊張感を与えます。
広いセラーは整然とタンク類が配列され、衛生状態も入念なチェックを受け、全体として森閑とした気配さえ感じさせる趣があり、醸造家の精神が細部にまで行き届いていることが分かります。
ティベリオでは、エントリーレベルのワインを4種類と、少量生産の特別キュヴェを3種類造っていますが、当初は高価格帯のワインを造ることは考えていなかったそうです。けれども土壌を調べ、その土壌に合った品種(セレクション・マサル)を植え、毎年醸造を繰り返すたびに、明らかにその土壌から出来上がるワインが特別な存在であることが分かりました。エントリーレベルのワインはステンレスタンクで1-2年の熟成するのに対して、それらの区画は、熟成を樽で2年以上行い、瓶詰後も休ませてからリリースしています。
~プロフィール~
合田 玲英(ごうだ れい) 1986年生まれ。東京都出身。
2009 年~2012 年:ドメーヌ・レオン・バラル(フランス/ラングドック) で研修
2012 年~2013 年:ドメーヌ・スクラヴォス(ギリシャ/ケファロニア島) で研修
2013 年~2016 年:イタリア/トリノ在住
2017 年~:日本在住
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