ファイン・ワインへの道Vol.71
公開日:
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最終更新日:2022/07/01
寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ BGM, マスター・オブ・ワイン, チャールズ・スペンス, クロスモーダル知覚
音楽で、ワインの味を変える、”脳操作”術。
目次:
1. マスター・オブ・ワインも、音楽が変える人の味覚、に着目。
2. プロフェッショナル71名中、70名が、音楽に騙された実験。
1. マスター・オブ・ワインも、音楽が変える人の味覚、に着目。
全く同じイチゴムースを、 白い容器から食べると、黒い容器から食べた時よりも甘さが10%もアップしたように感じる。全く同じコーヒーを、白いマグカップから飲むと、黒いマグカップから飲んだ時よりも2倍味が強く、しかし甘さは2/3 に感じられる。
人間の視覚や聴覚が味覚に与える影響は、 多くの大学の心理学研究室だけではなく、 とうとうマスター・オブ・ワインにも、 この研究に挑む人が出たようです。
先のイチゴムースとコーヒーの話は、イギリスが世に誇るオックスフォード大学の心理学教授、チャールズ・スペンスの研究です。 論文には、部屋の色を変えるだけで、ワインのアルコール度数の感じ方が変わる、との報告もあります。
そして、最近ますます研究が活発化しているのが、音楽と味覚の関係のよう。
スペンスの実験でも、カール・オルフの「カルミナ・ブラーナ」(!)を聴きながら飲むと、 赤ワイン、白ワインとも、無音で試飲した時よりも「パワフルで重い」 と感じた試飲者が60%もいたとのことです。
さらに、マスター・オブ・ワイン、スーザン・リンの研究では、 シャンパーニュを飲む際、より早いテンポでエキサイティングなクラシック音楽を聴くと、その他のタイプのクラシック音楽を聞いた時より、さらにワインがフレッシュで、力強い発泡性があると認識された、と発表しています。
2. プロフェッショナル71名中、70名が、音楽に騙された実験。
スーザン・リンMWの実験はかなり本格的で、被験者はソムリエからワイン業界のベテランまで計71名。全く同じシャンパーニュがグラス5杯サーブされ、それぞれが出る際に異なるクラシック音楽、計4種類、及び無音、の環境を作ったそう。
最もワインをマズくしたのは音楽なし・沈黙の状態で「フルーティーさも豊かさも複雑さもない」と認識されたそう。
参加者の中には、実験前からクラシック音楽に嫌悪感を持つ人も一定数いたそうですが、クラシック嫌いの人も、やはり沈黙状態よりは、音楽ありの方が同じワインを高く評価したしたそうです。
実験曲は下記4曲、+沈黙なのですが、 レポートでは最もシャンパーニュを美味しくした曲は公表されていません。しかし下記から早いテンポでエキサイティングとなると、サン=サーンスと判断せざるを得ませんね。
ブラームス : 『ヴァイオリン協奏曲 : 第3楽章』
クロード・ドビュッシー : 『神聖な舞曲と世俗的な舞曲』
モデスト・ムソルグスキー : 『展覧会の絵 : プロムナード』
サン=サーンス : 『動物の謝肉祭 : XIV – フィナーレ』
https://www.youtube.com/watch?v=EFjogGXKuuo
筆者がシャンパーニュを飲むなら、死んでもサン=サーンスの動物の謝肉祭なんかを聞くのは嫌で、せめて上記の中ならブラームスにしてほしい ( このコラムで普段お勧めしている音の方が格段に 、おいしさ up 効果がある)と思います。
先に述べたスペンスの実験曲( https://www.youtube.com/watch?v=2dXwNyDVLUI )なども、極端極まる大げさ曲(テレビドラマで主人公が自殺する直前にかかったり、悪の大王降臨、みたいなシーンで使われる曲です)。実際、こんな曲を聴きながらワインを飲む、という設定自体に大いに無理を感じるのですが・・・・・。そこは科学者のやること。しかしそんな、選曲の野蛮さの話よりも、気になったのが次の点です。
それは、ほぼ全員がワインのプロフェッショナル、または準プロフェッショナルである71名のうち70名が、全く同じシャンパーニュが注がれた5杯のグラスを、別々の種類のシャンパーニュだ、と判断したことです。
音楽、つまり BGM で、ワインの味(=お客の感じ方。つまり脳?)を“操作”できる、と、この実験を解釈することもできるでしょう。
とすると、ワインバーやレストランの方々は、今までちょっと安直に BGM を選びすぎたかな・・・・、と不安になりますか?
しかしこの分野(ちゃんと心理学で、クロスモーダル知覚というジャンル名まであります)の研究はまだまだ始まったばかり。
正解は、日々気長にゆったり、探求して行けば十分かと思います。
私としては、冒頭に述べたチャールズ・スペンス (UKの三ツ星、ファット・ダックのシェフと共に研究ラボも運営)の仕事では、「食品パッケージの色やデザインを変えるだけで、その食品を食べた時の塩分濃度や、脂肪の強さの感じ方を変えることができる」という研究。つまり、パッケージの色と形で、より低塩分低脂肪の食品に、しっかり食べた満足感を与えることができる、という研究の方が有益なように思えます。
きっとこちらのほうが、より人類の健康と長寿、ひいては幸福に貢献するように思いますが・・・・・。いかがでしょうか。皆様。
え、ワインの亜硫酸を少なく感じさせる曲探しのほうが急務、ですか?
今月の、ワインが美味しくなる音楽:
Bent 『Come on Home』
海辺の夕焼け系・チルアウトの大御所。
プレイするだけで、家がイビサに。
無名の大御所(日本では)、チルアウト・ユニットなのです。夏の夕焼け(海辺なら、なおよし)のキリッと冷やした白ワインの美味しさが倍増する、イビサなダウンビート・サウンドの、まさに王道にして至高。イギリス、ノッティンガムを拠点に、名作チルアウト・アルバムを7枚も出している実力派なのに、 不思議なほど日本では無名。
でも本当に、 この人たちが作り出す、美しくゆったり、そして 極上の浮遊感があるメロウ・リズムは、夏の納涼効果、格別です。
この曲は2020年発売の最新アルバム『UP in the Air』より。もちろんアルバム1枚通して聴けばさらに、 ほのぼのとゆるく、夏の幸せ感に浸れて・・・・・、特にイビサ島の近く、スペイン、イタリア、ポルトガルなどの白ワインの、ミネラルの輝きも。酸の美しさも。増す気がしますよ。きっと。
https://www.youtube.com/watch?v=vyH5gCCAoYc
今月の言葉:
「音楽は、新しい創造を醸し出す葡萄酒だ」
ベートーヴェン
寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。
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