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ファイン・ワインへの道Vol.65

テイスティング・コメント、敗北宣言?

目次:
1. マスター・オブ・ワインも、敗北宣言?
2. ニュアンスの強弱記録には、音楽記号が役に立つ?
3. シェイクスピアも、頭をひねった。 

 

1. マスター・オブ・ワインも、敗北宣言?
 「10万件以上のテイスティングノートを書いてきた一人として、私はこの上なく退屈なノートを多数書いてきた点は反省すべきだろう」。
 ワインを表現することの難しさを延々と述べた、とあるマスター・オブ・ワインの素直な自白なのですが……、そのマスター・オブ・ワインが、あのジャンシス・ロビンソンだとすると、「 MWでも難しいなら私には、さらに難しいはず」、と絶望的な気持ちになりますか? 

 ほとんどのワイン雑誌やワインメディアで、2,000円のワインと20万円のワインの試飲コメントが、ほぼ似たり寄ったり。コメントを読んだだけではワインの優劣がわからず、結局見ているのは点数だけ。もちろん今申し上げている2,000円のワインは、その価格の数倍の力量があるワインなどではなく、また20万円のワインも三流ネゴシアンのそれではなく、しかるべき一流ワインであっても、です。
 さらにその点数もまた、3,000円のワインと3万円のワインに同じような点数がついているとなると、さらに状況の暗澹度アップです。 
 3,000円のピノ・ノワールのすみれの花とドライ・フランボワーズの香り、
 30万 円のピノ・ノワールのすみれの花とドライ・フランボワーズの香り、
 少なくとも、その強さ及び感覚器官へのアタック感は強弱の違いがあるものですが……、単にその強弱の違いを表す文言さえ、今のワインメディアでは、ほとんど目にすることがないようにさえ思います。 

「SOMM ソム:ワインにかけた情熱」(アマゾン・プライムですぐ視聴できます) 

2. ニュアンスの強弱記録には、音楽記号が役に立つ? 

 アメリカでソムリエ試験を目指す若者の奮闘を描いた映画「SOMM ソム:ワインにかけた情熱」では、酸度とボディに関して「ミディアム・プラス」、「ミディアム・マイナス」などなどの言い回しを逐一使っていたのが印象的でした。
 ニュー・ヨークで長くソムリエを務めた、とある日本人テイスターは、香りのそれぞれの要素ごとに、その強弱を5段階で試飲メモに記載すると聞いたことがあります。
 私の場合は……比較的、音楽の強弱記号が有効かと考えています。
 ff(フォルテッシモ=とても強い)からpp(ピアニッシモ)まで合計6段階。
 このネッビオーロのアロマは、バラのドライフラワー:f(フォルテ=強い) 、なめし革:mf(メゾフォルテ=やや強い)、黒トリュフ:p(ピアノ=弱い)などなどと記述していくと、少なくとも香り要素の強弱は(ワインの優劣を大~きく左右する鍵ですが) は、比較的区分して記述できるように思います。
 もちろんこの音楽記号は、例えばシャブリの牡蠣殻のアロマや、シャンパーニュのミネラル感、リースリングの酸の強弱などにも応用できます。
 そして、 ffフォルテッシモの記号は、次回またラ・ターシュ、クリケット・パイエ、サピエンスなど、真に突き抜けたワインを飲んだ時のために、乱発しすぎないよう自制をもって使っています。(毎号毎号、98点、99点といったポイントを大盤振る舞いする雑誌は、真に偉大な年のドメーヌ・ルロワのグラン・クリュや、ラ・ターシュを掲載する際はどうされるんでしょうね? 100点としても、他のワインとの差は、たった1,2点ですか???? フェラーリ F 1は100点で、トヨタクラウンが98点 なんて評価をするクルマ雑誌みたいですね(クルマ雑誌で、そんな本はありません)。 

3. シェイクスピアも、頭をひねった。

 ともあれ。絵画や音楽、料理の偉大さを文で表現することと同等、ワインを表現することも最初から負け戦です。しかしながら、そこを認識しつつ難局に挑む偉大な先人もまた、多く存在しました。
 音楽評論家として文化勲章まで受賞した吉田秀和氏(1913年生まれ)は、モーツァルト・クラリネット協奏曲について「生き生きした動きと深い静けさとの不思議な結びつきがここにはある。動いているけれど静かであり、静音の中に無限の細やかな動きが展開されている」、などなど。その膨大な著書の中で、深く吟味され、音楽の陰影を美しく伝える ”リスニング・コメント” を、無数に残しています。 

シェイクスピアも、ワインの表現に苦労した? 

 また、ワインの味わいについて、テクスチャーという言葉を最初に使ったのは、他ならぬシェイクスピアであり、それは偉大なブルゴーニュに対して発せられたものだと言います。ボルドーに対してではなかったことも、この文学者の感受性の鋭さを表しているように思いますね。
 最近唸らされたのは、ラ・ターシュについてのこのフレーズです。
「大聖堂のミサに集まった千人の聖職者の中に、一人だけ殺し屋が潜んでいて、圧倒的に癒されるのだが、いつ殺されるのか分からない。そういった複雑さと錯乱を象徴するワイン」。
 これはなかなかに、ラ・ターシュのあの緊迫感と危険なほどの陶酔感に迫る表現だなぁ、と感心しました。意外にも、本当に意外にも 20年以上前に書かれた、村上龍の表現でした。

 もちろん、ワインの味わいを表現するのに、文学者である必要は全くありません。どんな方でも、紋切り型のアロマの羅列に、少しだけプラスした工夫に挑んでみることが、ワイン界の未来を明るくするのではないでしょうか?
 MW だって、 準・敗北宣言をしてるのですから。私たち市井の民は、すべって当然、最初から負け戦と思って挑んで十分でしょう。 
 私も、2022年また。懲りずにこの負け戦に挑み続けたいと思います。
 9割方(それ以上)、失笑ものかと思いますが……、でも、おなじみの羅列型に終始するより、少しだけ。ましになれますように。 

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:

バッハ『BWV4 Christ lag in Todesbanden』
バッハ・コレギウム・ジャパン

 お正月の清新な空気に、バッハの教会曲。

 お正月独特の、凛と澄んで清新な空気。思わず心洗われ、気持ちを新たに……、という節には、同じく”神聖な響き”を生涯かけて追い求めたバッハの教会カンタータが、やはり心の浄化効果の点でシンクロするように感じます。ミサ用の教会カンタータだけで217曲も作ったバッハですが、中でもこの曲はコーラス、テノールと弦楽器の抑制の利いた荘重さがなんとも味わい深い曲。
 その曲調の凛々しさはどことなく、おせちと合わせるドイツのリースリングの硬質なミネラル感にも通じる雰囲気があり・・・・・、こたつでゆるゆる、飲みながら楽しめるバッハとしても、お正月向きじゃないでしょうか?
https://www.youtube.com/watch?v=qIuNKzR9PPc

 

今月の、ワインの言葉:
「アンリ・ジャイエは試飲の際、とりわけワインのテクスチャー(質感)と、自然なヴィヴァシテ(活力)に敏感だった」
                    ジャッキー・リゴー

参考文献
「アンリ・ジャイエのブドウ畑」 ジャッキー・リゴー著 立花洋太:訳 立花峰夫:監修 

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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