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ファイン・ワインへの道Vol.63

東欧ナチュールで、プチ・宇宙旅行?

 ビリオネアの宇宙旅行のニュースが目立つ毎日ですが……、新しい偉大なワインの発見もまた、人にとっての小さな宇宙旅行じゃないでしょうか(少なくとも私にとっては)。
 そして、私にとって最近の宇宙旅行は、東欧、特にスロヴァキア、ハンガリー、チェコの自然派ワインの数々でした。
 端緒の一つはコロナの少し前、取材で訪れたオーストリアで連日サーヴされたオーストリア周辺国のワインでした。オーストリア取材で、チェコ、ハンガリー、スロヴァキアなどのワインが供されるのはやや不思議な感じでしたが、主催者のオーストリアワイン委員会曰く「 広く中央ヨーロッパ・ワインのポテンシャルを示したかった。オーストリアはもちろん、昔は同じ国だった周辺国にも、ローマ時代以来の偉大なワイン造りの歴史とポテンシャルがあることを伝えたい!」との大志(野心?)を、語ってくれたのです。
 その際、約一週間・ 300種類ほどの試飲で、最も印象的だった周辺国ワインはスロヴァキア産、カルパッカー・ペルラ2018リースリング・クラマーレ。見事な酸とミネラルの清明さと躍動感あるビオディナミワインだったのですが、亜硫酸は50mg/l前後は入っている印象でした。
 ところが帰国後、意識してスロヴァキア、 ハンガリー、チェコ(略して“SHC”。シック・ワイン?)のナチュラル・ワインを探査していると・・・・・・ 、出てくる出てくる。 飲む・宇宙旅行級ワイン。すでにチェコには自然派ワインの生産者グループ 、オーテンティスタ(AUTENTISTA)まであると聞き、自分の不勉強を恥じました。

オーストリアとの国境から臨む、ハンガリーの平原。未来のスター生産者の胎動が、息づく。

 

 そんな中で、昨今の3大・ サプライズ生産者をあげさせていただくなら、
●ベンツェ・ビルトック(BenczeBirtok)/ハンガリー、ヴェスプレーム
●スロボドネ・ヴィナルストヴォ(SlobodneVinastvo)/スロヴァキア,ゼミアンスケ・サディ
●ドヴラー・ヴィニツェ(DobráVinice)/チェコ、南モラヴィア
(※チェコのミラン・ネスタレッツは、一足先にメジャーになった感があり、本校では割愛します)

 中でも圧巻だったのが、ベンツェ・ビルトックのピノ・ノワール・マーズ2018。壮麗な活力と躍動感ある、甘い黒スパイス、すみれとバラのドライフラワーと生花、白檀、 透明感あるベリー、ザクロ、イチジクなどのアロマとニュアンス は、まるでモレ・サン・ドニの上級クリュに、少しヴォーヌ・ロマネをブレンドしたようなニュアンスだったのです。ヴォーヌ・ロマネの上級クリュを亜硫酸無添加で生産する生産者はいませんが(私が知る限り)、このキュヴェは亜硫酸添加ゼロ。亜硫酸無添加による欠点は一切なく、その美点が際立つ、 どこまでもピュアでクリーン、魔性の官能的アフターテイストに震撼させられました。
 この生産者は2011年が初ヴィンテージ。 当初から畑で化学薬品を全く使わず 、ピノ・ノワールの区画は植樹1999年。 キュヴェ・マーズは収穫量25hl/ha、もうひとつのピノ・ノワール、アトラスは20hl/haを保つという志高き生産者です。
 土壌も、怪異とさえ思える複雑さ。古代の海が火山活動で隆起した土壌ながら、石灰ではなく玄武岩、凝灰岩、粘土、砂岩、褐色森林土が入り混じり、さらに 畑の近くには石柱状の玄武岩がパイプオルガンのように連なった自然遺跡があるとのこと。そのテロワールに運命的出会いを感じたのが、元エンジニアだった生産者がこの地でワイン造りを始めたきっかけだったと言います。

 また、スロヴァキアでオレンジワイン造りに卓越し、原則的に亜硫酸添加を20mg/l以下に留める気鋭、スロボドネは 空気を透過する卵型プラスチックタンク などの最新器材も活用開始。
 チェコの自然派生産者グループのリーダーであるドヴラー・ヴィニツェも、ブルゴーニュ、シャンパーニュで学んだ後イタリアやジョージアにも足を運び様々な生産者と交流 。最近はヒュー・ジョンソンに加え、かのマダム・ルロワからも評価を得たという成果を挙げています。

 そしてもちろん、冷涼産地ゆえ、現時点では気候危機の影響がプラスに働いているのも追い風です。アルザスでさえシルヴァネールのアルコールが15.5%!! になってしまう世で、高アルコール表記を見て思わず顔が青ざめる心配も、今のところはなさそうです。

そんな、なんともダイナミックな動きを見せ、元・共産国の暗いイメージはすっかり遠い過去のものになった感のある東ヨーロッパ、SHCナチュラル・ワイン。
 でも、なんとなく国のイメージがつかみにくいよなぁ・・・・・、というのも事実かもしれません。イタリアみたいに分かり易いイメージ・ソース(ミケランジェロ、フェラーリ、ヴェルディなどなど)がないですからね。ミステリアスな国々はミステリアスなままでいいかもしれないですが・・・・、
 例えばハンガリーはクラシック音楽でグラミー賞受賞アルバム数世界一の指揮者、 ゲオルグ・ショルティを生んだ国。
 チェコは偉大な作曲家ドヴォルザークとスメタナ、そして作家・カフカを生んだ国・・・・と知ると、親近感が湧き(遠ざかり?)ますか?

チェコは、カフカの出身地。

 ちなみにチェコには、「音楽と陽気な考えは半分の健康」(その二つがあれば健康であるのと同じ)との諺があるのですが・・・、そこに上記生産者のワインがあれば、もう”完全な健康”を手にしたとさえ、私には思えました。
 ともあれ、東ヨーロッパ、新世代SHCナチュラル・ワイン。試してみれば、もし宇宙旅行とまではいかなくても、“白馬が人に尾を向けた”状態 (ハンガリーの諺で“大きな幸運が訪れた”の意)は、あなたの食卓と心にきっと。
 訪れることでしょう。

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:

Virgínia Rodrigues e Tiganá Santana(ヴィルジニア・ホドリゲス&チガナ・サンタナ) 『Sou Eu』

秋の澄んだ空気に、“奇跡の美声”を。

 晩秋の、凜と澄んだ空気をそのまま声にしたような・・・・・、まさに神様に選ばれた美声、でしょう。ブラジルで“奇跡の声”と言われる女性ヴォーカリストが、しっとり温かなハスキー・ヴォイスで知られるバイーアの男性ヴォーカリストとコラボしたこの一曲。ゆったり、メロウで静かな曲調と、声自体の響きの美しさ、アーシーさは、まさに今の時期に、澱が舞いがちな心をス~~~ッとクリアに落ち着かせてくれるもの。
 曲の雰囲気をワインに例えるなら、20年くらい熟成させた亜硫酸無添加シルヴァネールか、30年ほど熟成したロワールのカベルネ・フランといった趣き、でしょうか。そんな熟成ワインは、入手に骨が折れますが……、この曲はクリック一つで体に入ります。
https://www.youtube.com/watch?v=LCE-yoOWXUI

 

今月の言葉:

「どんなお粥も、食べる時は煮た時ほど熱くない」
  チェコの諺。 大変そうに思えることも、実はそう大変なものでもないという意味。

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。

 
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