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ファイン・ワインへの道Vol.62

”詩人の谷”のワインに、風向き変化。

 イタリアで最も不憫なグランヴァン生産地の一つかもしれません・・・・・・。イタリア三大赤ワインの一つ、と言っても(日本では) 信じてもらえないほど、マーケットの死角に入ったワイン? その存在はまるで、ダンテの「神曲」。つまり世界で最も有名な小説でありながら、最も読まれていない名作(と言われる)、のような存在とさえ思えます。アマローネ、およびそれを産むヴェネト州西端、ヴァルポリチェッラ地区のワインです。
 同国三大赤ワインを占めるバローロやモンタルチーノは、日本のリストランテのリストで生産者別にずらりと居並ぶのに対し、アマローネおよびヴァルポリチェッラは申し訳程度に少々、もしくはまるで透明人間のように無視されているケースが・・・・・ 悲しいほど多くないですか?
 この、栄えある丘で育つブドウの木とワインのおかげで文化的・経済的にヴェローナとヴァルポリチェッラが発展し、14世紀以降には多くの貴族が別荘を建設。貴族が人文主義者、学者、詩人を庇護した歴史から、この地にについた別名は「詩人達の谷」。18世紀には「特別な気品のあるワイン」との記述が見られたにも関わらず(※1)。 
 さらに時代を遡れば、6世紀には当時このエリアを治めた王朝の大臣が「色は 王家風で、濃厚で肉付きよく、飲めるスミレ」とさえ記述しているにも関わらず・・・・・、です。 
(肉付きが良い(meaty)という表現、及びワインの香りをすみれに例えることはこの当時からあったのですね。そして 王家風(Royal)な色合いとは・・・・・、 コルヴィーナの妖艶な紫色を例えたのだとすると、なかなかに風趣ある表現ですね。 昔の人々の“表現”への意欲と努力も見習いたいものです)

「詩人の谷」の風景。ガルダ湖から東側に続く丘陵の数々が、なんとも美しい。

 ともあれそんな栄光の歴史を誇る、詩人たちの谷のワイン、日本では「笛ふけど戻らず」どころか、神格化されたクインタレッリの存在を除くと「笛も吹かれず、踊らず」。 本来笛を吹くべき立場のソムリエやワインショップも、アマローネ&ヴァルポリチェッラには何とも冷淡な日々が続きますが・・・・・、日本だけが取り残されているのか? 輸出は絶好調。生産量も 右肩上がりで、なんとアマローネの生産量は2009年~2019年のたった10年間で1.75倍に。リパッソにいたっては2.2倍にまで増加しています。またヴァルポリチェッラ全体のブドウ栽培面積も1972年の4600 haから現在の約8400haへと増加。昨年のコロナ・ショックでも、ヨーロッパおよび北米での手堅い人気はゆるがず、輸出減はわずか3.3%のマイナスにとどまっています。

 もちろん、 日本市場がヴァルポリチェッラに時には猜疑心さえ持っていたのは、ヘクタールあたり12トン(84hl/ha)!!もの高収穫量を認めるDOC法による、遠回しな品質破壊の容認ゆえ、との主張は一定の理があります。“ヴァルポリチェッラ? 薄くて香りも風味もない、 観光客向けワインかな? ”とのイメージです。しかしそのイメージは、ソアーヴェ同様、真摯に収穫を断行する職人肌生産者の識別、という消費者側の努力によってたちどころに解決する、という話はこのコラムをお読みの方には不要でしょう。(その努力は、時に小さなもので済む場合も、甚大なものが必要になる場合もあるということも)。 

 そんな中で、元々ややこしい話を、さらにややこしくしたいわけでもないのですが・・・・・・、最近の試飲で印象的だったのは、ヴァルポリチェッラ・スペリオーレの卓越した品質でした。レチョートだのリパッソだのだけでもややこしいのに、 スペリオーレって、邪魔くさすぎる! とのご意見、ごもっとも。しかし、 干しブドウ工程(アパッシメント)を 経ないスペリオーレでも、卓越した生産者のワインは、アマローネの妖艶なカカオ、ビター・チョコ、なめし革のニュアンスはないものの、その分、よりピュアでクリーンなスミレ、チェリー、ラズベリー・キルシュ感が表れ、楽しめるように感じられたのです。
 最低アルコール度数も、アマローネ14%、一般的には16%前後の高アルコールとなることが多いのに対し、スペリオーレは12%で OK というのも、より普段のフードペアリングに向いているのかもしれません。 

 さらには近年、イタリア初のマスター・オブ・ワイン、ガブリエレ・ゴレッリからも興味深い発言があります。「干しブドウ工程(アパッシメント) を経なくても現在の環境は、この地域のテロワールを表現するには十分である。誰も悪者にはしたくない乾燥工程だが、その起源はブドウの成熟難を解決するもの。しかし、今日では気候の変化によってその必要は克服されつつある」。
 またまた論議を呼びそうな発言ですが・・・・・。実際、以前はひとまずアマローネから、この地域のワインに入門してみるというのが定石だと思えたのですが、逆に優良生産者のヴァルポリチェッラ・スペリオーレから試してみる、という手法も、毎週末の食卓を彩る上質ワインたどり着くための賢明な選択となってきているようにも感じます。  

ヴァルポリチェッラに棚仕立てが多いのは、春の遅霜対策が重要だったゆえ。(モンテ・ダッローラの畑にて)

 そしてもちろん。ゆうに20年以上どころか40年近く、熟成してもまだ若々しさが残るほどのアマローネの長期熟成力は、何ものにも代え難いものです。つい最近もマァジ・セレーゴ・アリギエーリ(MASI SEREGO ALIGHIERI)のアマローネ1997年、2003年などを試飲する機会があり、まさに絢爛豪華なスミレと野バラのドライフラワー、チェリーとラズベリーのキルシュ、エスプレッソと官能的なスパイスのアロマ、 太さと奥行きの中に多元性と多層性のあるタンニン、深々と響く余韻で、文字通り瞑想を呼ぶワインとして、その偉大さに震撼させられました。
 ちなみにこのマァジ社、今年完成したドキュメント映画で、アマローネを産んだ10ファミリーをテーマにした作品、 「Famiglie Storiche – A Tale about Amarone」でも当然主役級。映画は近日、メゾンの Web からでもアクセスできるようになる予定とのことです。

マァジ・セレーゴ・アリギエーリのアマローネ1997年ほか。官能的で太いスミレ、キルシュ、スパイス香が妖艶至極。97年は、あと20年は十分熟成、向上しそうな印象。(2021年7月、シルミオーネ郊外で試飲) 

 さらにもう一つ、このマァジ社は40年前から文人と科学者への文化賞も毎年独自に発表・表彰。今年は、イタリアのピアノ製作者パオロ・ファツィオリ氏も、その賞を受賞していました。かのアシュケナージやチッコリーニなどの巨匠ピアニストが愛し、最近ではハービー・ハンコックも弾き、 ショパン国際ピアノコンクールの公式ピアノにも 指定される、偉大な(そして非常に高額な)ピアノの製作者です。
 なのにその存在は、スタンウェイ、ベーゼンドルファーの二大巨頭ピアノ・ブランドに比べると、一般には不憫なほど霞みがち・・・・・・。なんて話をしていると。アマローネ、およびヴァルポリチェッラは、ワイン界のパオロ ・ファツィオリ・・・・・? とも思えてきます。
 その美しい音色。しばらくご無沙汰な人も、この秋こそ、目を向けてみてはいかがでしょう。

※1『Verona illustrated』Sciopine Maffei

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽: 

OMAR SOSA , SECKOU KEITA(オマール・ソーサ、セコク・ケイタ)
Transparent Water』 

秋にも風情あり。
俳画系? ほっこりアフリカン。

 微妙に残暑が続く中、 ゆるいアフリカ音楽が まだ気持ちいいものです。中でも、ピッチのゆるさと、音の残響(アフター・テイスト?)を聴かせる粋が、卓越しているのがこの2017年のアルバム。
 セネガルの伝統的コラ(アフリカン・ハープ)奏者と、最近めっきりアフリカ回帰色を強めるキューバの大御所ジャズ・ピアニストのセッションです。ごく少ない音数でぽつり、ぽつりと楽器で静かに会話するような、しかし流麗ななごみ感と、俳画みたいなわびさびがあるこの名作。
 音の奥にゆったりと大陸感が広がるのも・・・・・、ワインのタイプを選ばずに合う秘密であり、懐深さでしょう。 

https://www.youtube.com/watch?v=TppkJMWv-kM&list=OLAK5uy_kFb5Cnt1Sk6p7oHJe5g_sWX0JpKQVGkrA

今月の言葉:
「まず疑い、次に探求し、それから発見する。」
              ヘンリー・バックル(19世紀イギリスの歴史家) 

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。


 
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