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『ラシーヌ便り』no. 190 「Peter Liem シャンパーニュRMとNM論」

Peter Liem シャンパーニュRMとNM論
 シャンパーニュは、特別な地方で特別な造り方をされてきた発泡性ワインですが、長らく世界中から愛され、もてはやされてきた、特別なワインでもあります。20世紀このかたシャンパーニュをめぐる著作もまた汗牛充棟。リチャード・ジューリンの大作をはじめとして数多くあります。例えば、親しい友マイケル・エドワーズの編んだポケットブックの名も逸することはできません。

 けれどもシャンパーニュに在住してそれを慈しみ味わうだけでなく、生産者の身近でワイン造りを観察し、生産者と交流し、インサイダーとしてシャンパーニュを直視してきた敏腕なワインライターは、たぶん一人しかいないでしょう。そういう例外的な存在が、これまた私たちの友人でもある、ピーター・リーエム(敬称略)です。

 ピーターは、シャンパーニュについての会員制ネット情報頒布組織である、
Peter Liem’s ChampagneGuide.netをつくって運営し、10数年にわたり正確で重要かつ最新の情報を発信してきました。2017年に大著「Champagne: The essential guide to the wines, producers, and terroirs of the iconic region」を出版しましたので、ご存じの方も多いことと思います。 

PL略歴: 1996年にサンフランシスコのワインショップで働いていたころ、Salon1979年を味わって以来シャンパーニュという壮麗な味わいにすっかり魅せられてしまったそうです。2004年にWine &Spirits誌にシャンパーニュについて評論を書くようになり、2006年にエペルネ近くのディズィ村に居を移しました。

 以来、間近で観察と試飲、考察を重ねたリーエムの総結論ともいえる文章が、複製地図付きの大冊にまとまられました。題して“Champagne: The essential guide to the wines, producers, and terroirs of the iconic region”「シャンパーニュ:ワイン聖地のワインと造り手、テロワールについての必携ガイドブック」。 その冒頭の文章を読むと、ピーターの味わいを感じ分ける天性と優しい人柄を共感でき、書き手としての素晴らしさに驚きます。Salon 1979 を初めて味わった感激を思い出しながら、こう語ります。 「多くのシャンパーニュはブレンドされて造られたもので、多面的なハーモニーに多様な要素が加わって、総合的に複雑な味わいが醸し出されます。それに対してサロンは、ル・メニル・シュル・オジェという村産のブドウだけから生まれ、明らかに単一の村産ゆえの幅の狭さを感じさせますが、完成度では劣るどころではありません。味わいは、今まで経験したいかなるシャンパーニュとも異なることが瞬時にわかると同時に、次々と疑問があふれだしました……」 まさにピーターがサロン1979年に感動していた時、私は前社ル・テロワールで仕入れた600本のAlain Robert Mesnil Tradition 1979が売れずに格闘していたことを思い出しました。「これほど素晴らしいシャンパーニュが売れないのは、市場として間違っている、おかしい!」と心の中で叫んでいたのです。
 ピーターはシャンパーニュを隅々まで訪問をして、ちょうど正に大きな変化が始まっていたシャンパーニュ地方についてデータを蓄積していきました。私たちはシャンパーニュで開催されるまだ規模の小さかった試飲会でよく出会って親しくなり、よく食事をして、共にシャンパーニュを楽しみ意見交換をしました。ある日ピーターからメッセージが届きました。「毎年、『20年の熟成を味わう会』を開いているのだけれど、アラン・ロベールが手に入らない。持ってきてもらえないだろうか?」
 あまりに素敵な誘いに、喜んで出かけました。32種類もの、堂々たるシャンパーニュは、いずれも造り手から蔵出しで集められ、シャルドネ100%のキュヴェと、ピノを含むキュヴェにわけ、二日にわたり開かれました。私たちも、東京からアラン・ロベール・メニル・レゼルヴ1990年を持って行きました。
 会場は、サロン社の美しいテイスティング・ルーム。モダンな素晴らしいテイスティング・ルームは、機能的でかつ洗練されていて、グラン・メゾンの華というべき“サロン“ならではの特別な空間でした。サロン・マグナム1990年は、活き活きとした味わいをまといながらも20年の熟成を経て表れた奥深い高貴な味わいがあり、初めてその真価を経験することができました。

  

 数年後ピーターは、ニューヨークに戻り、造り手も出席をする“La Fete du champagne”という、ニューヨークならではの驚くほど贅沢きわまるシャンパーニュの会を催し、相変わらず興味深いニュースを発信しています。
 「ワイン・アノラック」(ジェイミー・グード発信)に、ピーター・リーエムが行った興味深い講演が紹介されています。Peter Liem on Champagne: dosage, growers versus houses, and viticulture 「ピーター・リーエムがドザージュ、RMとグラン・メゾン、そして栽培について語る」 「土壌と地域の特徴、さらに土壌によってもたらされる香りについて。シャンパーニュ地方における有機栽培、ドザージュについての考察」どれも面白い話題ですが、さすがピーター、シャンパーニュを知り尽くした彼だからこその視点で語られたのが、「RMとNM、またはグラン・メゾン」についての論点です。ここでそれにかんする彼の注目すべき大胆な考察についてご紹介します。
 まず、RM(原文growers)かメゾン(原文houses)かという見方です。「この20年の間、信じられないほど多くのRMシャンパーニュが入手できるようになりました。以前は入手不可能だったありとあらゆる小規模の造り手たちが登場しました。」とピーターは述べます。しかし、これによってシャンパーニュ地方は、《大型メゾン 対 小型RM》という重要な対立構造に分けられるという考え方が生まれました。「輸出市場では特に、両グループが戦闘状態にあるかのように紹介されました。」しかしながら、グラン・メゾンは工業生産であり、一方小規模な造り手はより高品質かつテロワールを表現しているという考え方は、ミスリーディングです。「私がただ一つ学んだとしたら、シャンパーニュでもシェリー(ピーターのもう一つの得意分野)のどちらも、生産規模の大小は品質とはほとんど無関係だということです。私たちには「小・即・優」(小さいことは良いことだ)という文化的偏見がありますが、規模の大小は品質とは関係ありません。」
 ピーターは、たしかに生産者が何百万本も製造している場合は、量の上限を越える可能性を認める一方で、数軒のメゾンは2〜300万本もの傑出したシャンパーニュを造っていると指摘しています。例えば、ルイ・ロデレール(約250万本)、ポル・ロジェ(約200万本)、ボランジェ(約200万本)です。 「この地は質と量が両立できる素晴らしいエリアなのです。」 しかし、木曜日の夜にピーターと私(ジェイミー)が共に楽しんだドンペリニョン2008は、実に見事なワインでしたが、おそらく生産本数が500万本に及ぶとピーターは認めてもいます。 「私たちは家族経営の小さな造り手という物語が大好きですが、小さいからといって、それは優れたワインを作ることを意味するわけではありません。」 

 以上がピーターのRMシャンパーニュとメゾンシャンパーニュの比較論です。
 実際のところ、シャンパーニュでは1980年代にアンセルム・セロスの登場でポジティヴな影響が広がり、優れた小規模の若い造り手が登場しました。シャンパーニュ地方における有機栽培の広がりはフランスの中で最も大きく、北の産地でベト病やうどんこ病にみまわれやすい環境を考えると、若い造り手達のより高いクオリティに向けての強い意志を感じます。メゾンでも除草剤の使用が以前と比べ減ってきているようです。
 フランソワ・モレルがワイナートの寄稿にこのように述べています「ヴァン・ナチュールと一般のワインとの、多くの人を巻き込むような議論は常にくりかえされている。ヴァン・ナチュールが市場に並ぶ2パーセントも占めていないにもかかわらず、その2パーセントに対して大手の新聞すらコラム欄を割くこと自体が、ヴァン・ナチュールの活力の現れだろう。議論や討論の激しさは、ひとつの疑問がいきいきと脈打っている証拠だ。」この言葉は、そのままシャンパーニュ地方にもあてはまり、同地のワイン造りがますます活気あふれ、より素晴らしいシャンパーニュ造りに向けて大きなうねりが続いていることに現れでているように思います。 

    

    


 
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