ファイン・ワインへの道Vol.61
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最終更新日:2021/09/07
寺下 光彦の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ イタリア, 品種, ペコリーノ, ピクリット・ネーリ, ティモラッソ, ペラヴェルガ, チリエジョ―ロ, パッセリーナ
イタリア、固有品種復興のサード・ウェーヴ
イタリアの知られざる、しかし見過ごすときっと損かもと思う、未知の魔性品種、隠れキャラ立ち品種について。先月に続き第2弾です。 そういえばあれもこれも外せない、ご紹介せねばと、頼まれもしない義務感で挙げていくと、少なくともこれだけは・・・・と思う怪・快品種が計6品種にもなり、やや手短めにご紹介しますね。
●ペコリーノと、パッセリーナ:「躍る蜂蜜アロマの妙」
チーズの名前、と思うのが人情ですが、両者ともマルケの土着白ブドウ。「特にペコリーノは房が小さく収量が少ない。皮も薄くデリケートで丁寧に扱わないとすぐ酸化する。だから 原産地マルケでも絶滅直前の品種だった。再び脚光を浴び始めたのは、ほんの20年ほど前。私達はこのブドウの潜在力を確信している。この品種はまだまだこれから世界を驚かせる」。
そう語ってくれたのは、ペコリーノから目覚ましい果実味の活力ある白を産む生産者、チェンターニのオーナー、エリザ・チェンターニ。
ビオロジック栽培、亜硫酸無添加キュヴェも造るこの生産者。試飲は50mg/L亜硫酸添加のあるペコリーノ2018だったが、ライム、オレンジの皮、やや硬いパイナップル、白い花、アカシアの蜂蜜の香りが一体となり、ガツンと鼻をアタックするようなアロマのエネルギーと活力は傑出したレベル。
ミディアム・プラスの程よい太さながら、グリップある果実味と、綺麗な多層性がある繊細な酸の重なり方も目覚ましく印象的でした。
この品種は、一房の重さがせいぜい250~300 gの小ささ。グリーン・ハーヴェスト全くなしでも ヘクタールあたり6 t、つまり42hl取れば良いほう。35hl ぐらいしか取れない時もあるとの少産品種で・・・・・・見捨てられるのも無理はない。
しかしながら近年、トロピカルフルーツ香とのコメントが比較的ネガティブに響く世の中で、この品種の非常に引き締まって優雅上品、かつ躍動感あるトロピカルフルーツ香とライトな蜂蜜感は、なんとも美しく胸に焼き付くものです。
ペコリーノよりはグリップと華麗さはやや弱まるものの、サルビアとラベンダーの香りが際立つパッセリーナも、できればセットで知っておきたいマルケの隠れ至宝。 貴方の頭のワインリストに入れておくと(良い生産者のものを)、日々のワインライフがさらに楽しくなること、間違いなさそうです。
●ティモラッソ:「白の重戦車」
20歳代でブルーノ・ジャコーザの醸造長を務め、ジュリオ・ガンベッリ賞(イタリア若手最優秀エノロゴ賞)を授賞した気鋭、フランチェスコ・ヴェルジオ。彼に現勤務地のルイージ・オッデーロでインタビューした際、今後手掛けたい品種の筆頭に挙げたのが、このティモラッソ。
そしてその翌日に訪れたロアーニャのセラーで、「これを飲んでみろ」と、いかにも高額そうな垂直型大樽から注いでくれたのも、このティモラッソでした。
品種特性は明快すぎるほど明快。低収穫にした場合、白とは思えないほど ズシンと重厚、低酸でとろりと粘性のあるオイリーな舌触りのフルな白です。その迫力は、まさにピエモンテ・白版重戦車の趣。わずかに地中海ハーブを刻んだ溶かしバターのような太い果実感は・・・・、オマールや伊勢海老のローストなど王道甲殻類、仔牛や豚などのホワイトミートの塩焼きなどとも絶妙の相性です。
何年か後にはもしや、「オマール海老にはモンラッシェじゃなくティモラッソよね」なんて時代が・・・・くると面白いですね。
●チリエジョーロ:「ピノ・ノワールの孤独な妹?」
イギリス人マスター・オブ・ワイン、ニコラス・ベルフレージが「トスカーナ海岸地方トップワインの試飲会で、サッシカイアやオルネライアの名だたるワイン以上に私に衝撃を与えた」と書いているのがこの品種100%、サッソトンドのワイン。トスカーナ南西端、グロセート県サヴォーナ周辺でひっそりと隠れていたブドウ、近年の研究でなんとサンジョヴェーゼの片親であることが判明。サンジョヴェーゼのもう片方の親は、これも謎の品種カラブレーゼ・ディ・モンテヌオーヴォという話はさておき、このチリエジョーロ、やや土の香りが強い素朴で野太いピノ・ノワールという風情がどうにも蠱惑的。スミレと清潔なベリー香、ほのかなスパイスも、なんとも心地よいのです。
最近ではその輝かしい個性が認められたのか、原産地のマレンマ南部からウンブリア、キアンティなどにも栽培が飛び火。気鋭ジャコモ・マストレッタも早速目をつけて、トッレ・アル・トルフェでこの品種100%のワインをリリースしていたのも印象的でした。
ただし一点、欠点あり。この品種はどうやら暑さにかなり弱い様子。特に2015年のサッソトンドは、この品種の醍醐味であるフラワリーな香りと、繊細で格調高い酸の深遠さが暑さで押しつぶされたような仕上がりでした。
地球温暖化がスイスイとテンポ良く進む中、この品種の原産地、トスカーナ南部でこの品種の良さが表現されるのは、もしや今が最後のチャンス、なのかもしれません。
●ペラヴェルガ:「ランゲ版、ミニ・ピノ・ノワール?」
今回ご紹介する中では、最も早くから脚光を浴びていた品種でしょう。産地はピエモンテ、ランゲ、バローロ生産地域。しかもバローロ DOCG認定の村の中でも、その西北端の小さな小さな村、ヴェルドゥーノでのみDOCが認められると言う何とも狭小・ニッチ品種 なのです。
この品種もキャラクターはピノ・ノワール方向。 赤いフルーツ、スミレの花、わずかなスパイス、くっきり主張のある酸、ひかえめなタンニンが特徴です。ただし生産者とヴィンテッジによっては、やや酸が尖るケースも時折。
バローロ伝統派の雄、G・B・ブルロットあたりが安定して、愛すべきミニ ・ピノ・ノワールといった風情のペラヴェルガを生んでいます。
ちなみにこの品種、イタリア人ワイン・ジャーナリストに「最近、家でどんなワイン飲む?」と質問した際、生産地域の狭さに大いに反して、名を聞く頻度がなかなか高い品種でもあります。
●ピクリット・ネーリ(Piculit Neri):「見捨てなかった農家、2軒のみ」
今年7月のイタリア取材で初めて出会ったのですが・・・・・・。フリウリ・ヴェネチア・ジュリア州の中でも現在たった2軒の生産者しか、この品種を栽培していないとのこと。高名な同地の甘口品種ピコリットとは全く別の、黒ブドウ品種です。
「現在でも10月中旬収穫なほど晩熟で、収穫期の雨と病害のリスクが高かったのが絶滅に瀕した理由」と生産者ロンコ・マルゲリータのオーナー、アレッサンドロ・ベッリオ。ワインのニュアンスは、酸の質感がやや冷たく、タンニンが心もち粗いピノ・ノワールという雰囲気。ピノ・ノワールの代わりにはならないにしても、いい意味での田舎っぽさ素朴さは愛してあげたい個性だと感じられました。
と、とても駆け足でご紹介しましたイタリアの隠れ固有品種たち。
おそらく今も、このような忘れられかけた品種が、あの細長い国の山あいや海沿いで静かに人知れず、朝日を浴びているのかもしれません。
20世紀の産業効率からこぼれ、見捨てられつつも、慄然としたキャラクターを持つ品種たち。今後さらに再発見と復興が進めば・・・・・、
もしかすると何年か後「20世紀にはイタリアワインの真の偉大さを、ほんの一部しか知らなかったね」なんて話を、私達はしているかもしれませんね。
★今月と先月のコラムでご紹介した品種の半数近くは、今年7月、ミラノのエージェンシー「Miro&Co.」が主宰した試飲会『Italian Taste Summit(ITS)』で発見したものです。
イタリア全土から約60以上の生産者を集め、毎年行われるこの試飲会。基本はB to Bですが、非常に密度ある内容で、筆者は是非来年も参加したいと考えています。
https://www.italiantastesummit.com/
今月の、ワインが美味しくなる音楽:
澄んだシルヴァネールの余韻みたいな、
秋味、わびさび・ボサノヴァ。
セルソ・フォンセカ(Celso Fonseca) 『O tempo』
まさに、わびさび系ボサノヴァ。シンプルで少ない音数の隙間と残響を、まるでよくできた俳句の余韻みたいに聞かせる名曲ばかりなのです。このミニ・アルバム。ブラジル音楽ファンならみんな知っている、渋くも芳醇な音楽を聞かせる才人、2019年リリースの最新作です。
現在65歳。ジルベルト・ジルやガル・コスタの作品をプロデュースするなど、昔から十分大物だったのですが、近作の音のミニマムさの奥にある“間合いの粋”は まさに圧巻の域、洗練の極みです。
20歳代からスターだったミュージシャンが、最高傑作を発表したのが60歳代、というのはブラジルではよくある話ですが、この人のケースもまさにそれでしょう。
少し訪れが早そうな今年の秋、澄んだシルヴァネールの余韻や美しい酸をそこはかとなく耳で感じるような音。何と風趣があることでしょう。
https://www.youtube.com/watch?v=eJ2WL8Mov2w
今月の、ワインの言葉:
「これからは水ばかり飲まないで、胃のために、また度々起こる病気のために。葡萄酒を少し用いなさい」
新約聖書 テモテへの手紙 5章23節
寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。
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