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『ラシーヌ便り』no. 188 「サンテ・ベルトーニ、ドイツの大洪水とメルケル首相のスピーチ」

【サンテ・ベルトーニ】

 アチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ造りを革新したサンテ・ベルトーニさんとは、バートン・アンダーソン著『イタリア 味の原点を求めて』(白水社・刊、1997)を翻訳した際に興味を抱き紹介を受けました。単身ボローニャからタクシーで訪ねましたが、タクシーから不当な料金を吹っ掛けられた際、サンテさんはドライヴァーに毅然として注意し、正しい料金を請求するよう言ってくださいました。初めてお目にかかった時のことが、今も鮮やかによみがえります—もう24年も前のことです。バルサミコ酢もさることながら、優しく、温和なほほ笑みで静かに話されたサンテさんにすっかり魅了されて、お取引をお願いしました。

 イタリアの12の至高の食材を追究する本の中で、バルサミコ酢に関する指導的なスポークスマンをつとめる、歴史学の教授にして明敏なエピキュリアンであるレナート・ベルゴンツィーニがバートンを案内する場面に主役として登場します。
 「本職は電子技術者、永遠の謎に包まれていた酢造りの仕事に、そこからは縁遠い近代的なプラグマティズム精神を持ち込んだ。・・・現実的な革新策と、しっかりした論理に裏ウチされた、巧みな近か道。旧態依然たる手法が数百年も生き続ける領域にあって、革命にもひとしい。スムーズでバランスよく、メリハリ鮮やかなバルサミコ。初出品した1991年に、いきなり人もうらやむ好成績をあげ、第一作は農密度、個性、品格の諸点において賛辞がおくられた」(同、第11章)とあります。
 先日、朝日新聞デジタルマガジン『〈234〉「私、頑張っているよな」。台所は自己肯定の場所』

(https://www.asahi.com/and/article/20210623/405881666/?ref=and_mail_w&spMailingID=4683696&spUserID=MTAxNDQ0MTU4NTU1S0&spJobID=1520585073&spReportId=MTUyMDU4NTA3MwS2)、表題が気になって読みましたら、添付写真の最後にサンテ・ベルトーニのバルサミコ・ビアンコが出ていて、思わず嬉しくなりました。50年近く前の私にとっても、台所は頭と心の整理をする空間でした。辛いことや、情けないこと、気持ちの持っていき場がないと、独り夜中じゅう台所にいて、ミルフィーユを焼いたり、ラザニアを作ったりして、翌朝にはまた元気をとりもどしていました。そんなことを思い出しながら、この記事を読みました。美味しい食材は、料理好きに愛され、作る人を勇気づけ、またその周りの人々を幸せにする。まさにワインもそうですね。
 以前も、sesenta & cincoさんのブログ「ばーさんがじーさんに作る食卓」(https://sesenta.exblog.jp/19160328/)に掲載された写真の中に見つけましたが、オリーヴオイルとともに、多くの方々に愛用していただけて嬉しいです。 
 サンテさんは、惜しくも2014年の冬に狩猟に出かけた後、78歳で亡くなられました。一族の中で組織も変わりましたが、子供さんたちが跡を継いでいます。最近ボトルのデザインが変わりましたが、味わいはこれからも引き継がれていってほしいものです。 

ドイツの大洪水とメルケル首相のスピーチ】 

 ご存じのように、7月14日から16日にかけて、ドイツではラインラント=プファルツ州からモーゼルにかけて大洪水に見舞われました。ラシーヌの取引先であるイミッヒ・バッテリーベルクのインスタグラムに投稿された写真を見た時には、驚きとともに、どれほどこれから大変なことになるかと思いましたが、事前の避難準備でワインは無事だったそうです。フランスのひどい霜害、雹害も心痛みますが、このような大洪水に見舞われるとは。  

 ギュンターりつこさんのFacebookの投稿で、メルケル首相のメッセージにあまりに心をうたれましたので、ご紹介します。
 自らの言葉で発すること、その為の日々のあり方、感心するだけでなく、少しでも努力しなくては、と強く思いました。 

 (7月21日ギュンターりつこさんのFacebook投稿より) 

https://www.facebook.com/ritsuko.guenther/posts/4246896475401742 

 

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 7月18日、アンゲラ・メルケル首相はラインラント・プファルツ州の洪水被災地を訪問し、特に被害が大きかったアイフェル地方のシュルトで記者会見を開きました。首相の被災地訪問後の感想と、質疑応答の一部を訳してみました。

                   

メルケル首相:
 本日、私がラインラント=プファルツ州首相マル・ドライヤー氏と共にシュルトを訪れているのは、もちろん政府として現状を把握するためなのですが、この恐ろしい惨状を表現できるドイツ語が見つかりません。しかし、皆さんの助け合いと固い結束は大変心強いものです。また他の被災地も訪れましたが、同じようにひどい状況です。どれほど多くの犠牲者が出ているのか、その数字はまだ正確にはわかっていません。
 金曜日に州政府と危機管理チームで協議しました。州政府内務大臣を始めとする皆様にも感謝します。本日、ホッペンシュテット国務大臣とドイツ連邦議会の同僚たちがここに来たのは、支援することを明確に示すためです。連邦政府と州が協力し、この美しい地域を元に戻していくのです。
 それは直ちに行わなければならないこと、それと同時に長期戦となるであろうことを確信し、私たちはそれを行うことをお約束します。連邦政府は、水曜日に迅速な支援、中期的課題、インフラ整備のための計画を決定し、州政府と協力して進めていきたいと思っています。
 私はこの地域の方々と全国的な団結が実現することを確信しています。今現在、多くの寄付、多くのボランティアが集まってくれており、調整しています。金銭的寄付は最良の支援です。ここでは再建に多くの時間を要するでしょう。
 私たちは自然が持つ恐ろしさを目の当たりにしています。それにもかかわらず、人々は希望に満ち、強い意志を持っています。どれほどの愛と力と情熱を持って、この美しい町を作り上げてきたかを市長から聞きました。私は戻りましたら「シュルト市と他の町の再建のためにお手伝いしたい」と伝えたいと思います。幸いドイツは財政的に対応できる国です。短期的にはもちろん、中期的、長期的に、これまで以上に気候に配慮した政策をとり、立ち向かっていく必要があります。だからこそ、ここにご招待くださり、感謝申し上げます。私は8月末にここに再び来ることを約束しました。すべてがすぐに元通りになるわけではありませんから、今後も連絡を取り合いましょう。

記者:これは気候変動に直接的な原因があると思いますか?今後の温暖化対策にどのような意味をもたらしましたか? 

メルケル首相:ひとつの事象から全体像を把握することは出来ません。しかし、私たちがドイツで体験してきたすべてのことと、現在私たちが体験している急激な変化を科学的に総合して考えるならば、気候変動と関係があると言えるでしょう。なぜこのような停滞した雨雲があるのか、非常に興味深い説もあります。私たちには多くの課題があります。連邦議会と連邦参議院は気候保護法を強化させたところなのですが、エネルギー供給、すべての交通手段、経済の「変革」だけを考えるのではなく、それぞれの状況に「適応」していくための対策に取り組む必要があります。かつてエルベ川やライン川は、川の直線化によって洪水が発生し、川の流れを速くしたと言われてきました。しかし、今回は違います。ここの地域では川は大きなカーブを描いて流れていますが、それでも完全に破壊されたのです。今後は洪水対策と並行して農業政策、林業政策についても考える必要もありますし、ミティゲーション(人間の活動によって発生する環境への影響を緩和する行為)と呼ばれる気候変動対策を、カーボンニュートラルな経済への移行と並行して、段階的に進めていく必要があります。

記者:すべてを迅速に、ということですか?

メルケル首相:そうですね。できるだけ速く。

記者:気候変動から世界が得た教訓は何でしょう? 

メルケル首相:それは私たちがこれまで知っている教訓と異なるものではありません。気候変動に対抗する闘いを急ぎ、スピードアップする必要があるのです。EUは今世紀半ばまでにカーボンニュートラルが実現する初めての大陸となるであろうと発表しましたが、それは最も重要な課題です。何年か前から『シュテルン』レポートは、温暖化対策には大変な費用がかかるけれど、何もしなければさらに費用がかかると繰り返し伝えていました。ここで私たちが見ている状況がそのひとつの例です。一回だけの洪水で「気候変動が原因だ」と言うことは出来ませんが、ここ数年、数十年の被害状況を見ますと、以前に比べて明らかに頻度が高くなっています。だからこそ、私たちは努力しなければなりません。 

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(引用終わり) 

 
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