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ドイツワイン通信Vol.116

ドイツワインのニューノーマル

1.ドイツの緊急事態宣言

 ドイツ各地では5月18日に、4月24日から3週間あまり続いた緊急事態宣言が解除され、レストランやホテルの営業が再開された。

 緊急事態宣言のことをドイツでは「連邦緊急ブレーキ(ブンデスノートブレムゼ)」Bundesnotbremseと呼ぶ。今年3月からロックダウンを段階的に解除するにあたり、7日間の10万人あたりの新規感染者数(発生率)が100人を超えた地域では、再び規制をかける「緊急ブレーキ」を設定することで、政府と各州が合意していた。そして4月4日をはさんだ復活祭の連休以降、変異株の感染拡大が続き、全国の新規感染者数が2万人を超す日が増え、医療態勢がひっ迫する危機に直面した。そのため、従来は各州にあった保健衛生政策の権限を連邦政府が掌握し、4月24日からは全国一律に、発生率が100人を超えた地域では、午後10時から翌午前5時までの外出禁止などの規制強化が課されることとなった。

 この緊急規制発出とともに発生率は下がり、5月13日頃から発生率が100人を下回る地域が増えたことから、感染防止対策は再び州政府に委ねられた。4月下旬は約2割にとどまっていたワクチン接種率も、5月20日には約4割に達し、18日には発生率も5日連続して50人以下の地域が増え、規制は段階的に緩められることになった。
 飲食店に関しては、昨年11月2日から閉店措置がとられた。当初は約1カ月の予定だったが、店によってはそのまま閉鎖を余儀なくされたり、テイクアウトのみ営業していたりしたが、閉店期間中は前年同月の売り上げの75%が、補助金として国から支給された。3月11日以降は屋外のテラス席のみ、午前6時から午後6時まで営業を許されたが、4月の連邦緊急ブレーキの後、5月18日頃から多くの飲食店が約半年ぶりに、店内の客席を含めての営業を再開した。
 州ごとに規制が異なり、ラインラント・プファルツ州では、客席の間隔は1.5m以上(カップルや家族連れは除く)、着席時以外はマスクを着用すること、連絡先を店に届け出ること、陰性証明書(PCR検査、抗体検査、簡易検査)か、既感染者は医療機関の発行した快復証明書、ワクチン接種証明書を提示することなどが必要となる(5月24日現在)。飲食店でのアルコール飲料の提供に関しては、これまでも特に規制はなく、発生率100人を超えると、公園や路上などでのアルコール飲料消費が禁止されたに留まる。

 トリーアの中央広場にあった、地元のワインを気軽に飲めるワインスタンドも、5月31日に再開する。ただし今年は中央広場ではなく、街はずれにある広場で、48席の客席を設けて営業するという。利用に際しては、レストランと同様に間隔を開けて、着席時以外はマスクをして、陰性証明書等を提示しなければならないそうだ。(参照:https://www.trier-info.de/weinerlebnisse/weinstand-trier
 海外に渡航する際の入国審査はともかく、レストランでワインや美味しいものを楽しむのに、陰性証明書の提示が必要になるとは。これが当分—集団免疫を獲得し、感染拡大の恐れがなくなるまでの間—は、ニューノーマルとなるのだろう。

図1:フランケンワインの広告。「バイエルンでの間隔は、ボックスボイテル11本分以上」 

 

2.新しいドイツワイン法による革新と継承

 1月27日に施行された新しいドイツワイン法(ヴァインゲゼッツWeingesetz)に続いて、ドイツワイン法の枠組みの中で政府(連邦食料・農業省)が定めるドイツワイン規則(ヴァインフェアオルドヌングWeinverordnung)が3月26日に連邦参議院を通過し、地理的呼称範囲を基準とした新しい格付けシステムが正式にスタートした。
 既にこのエッセイでもVol. 101 (2020年3月)とVol. 109(2020年11月)で途中経過を報告してきたが、ひとまず決着がついたことになる。ただし、2025年産までは移行期間であり、それまで各生産地域の保護委員会(シュッツゲマインシャフトSchutzgemeinschaft)が、畑名を名乗るワインに認められる品種や、産地特有のワインの個性と、収量などの製造要件を議論し、策定することになる。新ドイツワイン法に基づくラベル表記は、2026年産から登場する見込みだ。

 では、新しいドイツワイン法では何が変わり、何が残されたのだろうか。そしてドイツワインは、これからどうなるのだろうか。 

(1) 格付け基準の変更:果汁糖度(エクスレ)から地理的呼称範囲(テロワール)へ

 最大の変更点は、従来の1971年のドイツワイン法では収穫時の果汁糖度であった格付け基準が、フランスやイタリアなど他のEU諸国と同様の、地理的呼称範囲になることだ。これは2020年3月にもお伝えしているが、最終的な決定では、以下の2点が異なっている。

a.単一畑の格付けの中に、「グローセス・ゲヴェクスGroßes Gewächs」(=グラン・クリュの辛口)と「エアステス・ゲヴェクスErstes Gewächs」(=プルミエ・クリュの辛口)の格付けが採用された。(第32b条第1項、第2項) 

b.従来の集合畑(グロースラーゲGroßlage)を名乗る場合、「レギオンRegion」の語が、集合畑名と同じ大きさで前置して表記される(例:Region Michelsberg)。また、「ベライヒBereich」は「Region」と同義語として扱われ、従来のベライヒ名も「Region」に続けて表記することが出来る(例:Region Obermosel)。(第39条)


図2:地理的呼称範囲に基づく格付けの概念図。最終的には、最上位の「ラーゲLage」(単一畑)の中に、「グローセス・ゲヴェクス」(グラン・クリュの辛口)と「エアステス・ゲヴェクス」(プルミエ・クリュの辛口)が設定された。 

a.グローセス・ゲヴェクスとエアステス・ゲヴェクス

 畑の格付けについては、著名生産者のみ加盟を許されるVDP.ドイツ高品質ワイン醸造所連盟のものが有名だが、それはワイン法に定められたものではなく、VDPの自主規制に基づいている。ラインガウの「エアステス・ゲヴェクスErstes Gewächs」は、ドイツワイン法のヘッセン州条例として認められていたが、その他の州では醸造所団体か、個々の醸造所が独自基準で格付け呼称を用いることがあった。

 新しいドイツワイン規則では、ヘクタールあたりの収量や、収穫時の果汁の潜在アルコール濃度、辛口であることや、販売開始時期が規定された(ドイツワイン法改正に関する日本語の情報は以下参照:ドイツワイン規則の最終的な改正内容|齋藤 通雄|note)。そして今後は、各生産地域の保護委員会が、それぞれの格付けに使用できる品種や、香味の特徴などを規定するが、さらに産地の特性に鑑み、必要に応じて最大収量や生産可能エリア等について、より厳格な基準を定めることが出来る。(第32b条第4項)
 ちなみに保護委員会は、既に2018年から各地で発足している。例えばモーゼルでは2019年1月に、ブドウ栽培者連盟、大手醸造会社、醸造協同組合の3団体が集まって発足した。今回のドイツワイン法改正に少なからぬ影響力を行使したVDPは、このうちブドウ栽培者連盟に加盟はしているが、その中でどこまで発言力を発揮できるのかは未知数である。

 そしてVDPやラインガウが行ったように、ブドウ畑やその区画を検証し、格付けされた畑が新たに策定されるかどうかは、現時点ではわからない。ラインガウが1999年にエアステス・ゲヴェクスを施行した際は、地質や保水性、日照など、ブドウの栽培条件の詳細な調査結果をもとに、格付け畑を定めた。VDPでは周知の通り、19世紀の格付け地図や、畑や区画で産するワインの味わいをもとに格付け畑を設定したが、今後各地の保護員会が、どこまで踏み込んだ規定を行うか注目される。
 あるいはかつて、ドイツワイン法で初めて味筋を定めた規定として話題になった、「クラシックClassic」や「セレクションSelection」と同様に、単一畑のワインで、それぞれの生産規定を満たせば名乗ることのできる格付けになる可能性も、現段階では残されている。いや、ブドウ畑の所有者のメリットを考えると、むしろその可能性の方が高いかもしれない。 

b.集合畑(グロースラーゲ)と「レギオンRegion」

 集合畑の廃止はVDPの長年の悲願だった。今回、格付けの基準が地理的呼称範囲になることで、集合畑の「ライトゲマインデLeitgemeinde」—複数の市町村にまたがる集合畑が、一つの市町村名を名乗ることで、あたかもその村の中にある単一畑のように見える制度—が使えなくなった。新ドイツワイン法では、市町村名を名乗る場合は、その市町村にあるブドウ畑の収穫を85%以上用いなければならないからだ。(参照:ドイツワイン通信Vol. 109
 しかし、数十年間使い続けて来た集合畑名を手放すことは、販売上大きな不利益を被るという醸造協同組合や大手醸造会社からの強い要望により、「レギオンRegion」(ドイツ語で「地域」の意味)の語を前置することを条件に、集合畑は存続することになった。
 今回の最終的なドイツワイン規則の大きな成果と言えるのは、「Region」の語を集合畑名と同じ色・書体・大きさで記載することに決まったことだ。それまでは1.2ミリ以上の大きさが提唱されていた。虫眼鏡でなければ見えないような小さな文字では、記載しないのと大差ない。この合意を得るためには、VDPと醸造協同組合や大手醸造会社の間で、厳しい交渉があったのではないかと想像される。

c.単一畑の表記

 一方で、単一畑(「アンツェルラーゲEinzellage」もしくは単に「ラーゲLage」)の表記は、市町村名またはオルツタイル(市町村の一部地域)名を並べて記載することとなったが、こちらは市町村名またはオルツタイル名は、1.2ミリ以上の大きさでよいことになった。「Kanzemer Altenberg」という風に、単一畑名以外は、よく見ないとわからないものも出てくるだろう。また、単一畑の中の区画名も、各州のブドウ畑登記簿(ヴァインベルクスロレWeinbergsrolle)に登録してあれば、単一畑と同じように表記することになった(例:Wiltinger Volz。Volzは単一畑Wiltinger Braunfelsの中の区画名)。これは、一般消費者には単一畑と区画名の区別がつかないのが普通なので、あえて単一畑名を記載するよりも、ラベル上の表記が煩雑になることを避けたほうが良いという判断である。(連邦参議院本会議議決11、参照:ドイツワイン規則の最終的な改正内容|齋藤 通雄|note

表:新ドイツワイン法およびワイン規則に基づく表記例(現時点での推定)

地理的呼称範囲

旧ワイン法

新ワイン法

新たな生産条件

Deutscher Wein

Deutscher Wein

Deutscher Wein

 

Landwein (g.g.A.)

Landwein der Mosel

Landwein der Mosel

味筋に関する規定は削除

Anbaugebiet (g.U.)

Mosel

Mosel

 

Region (g.U.)

Piesporter Michelsberg

Region Michelsberg

・Regionを集合畑名と同じ色・書体・大きさで前置して記載。
・市町村名は記載不可

Ortswein (g.U.)

Piesporter

Piesporter

 

Lagenwein (g.U.)

Piesporter Goldtröpchen

Piesporter Goldtröpchen

・市町村名の記載は必須。大きさは1.2ミリ以上。

参考:Weinrecht: Das kommt auf Sie zu | der deutsche weinbau (meininger.de) 但し、この記事では集合畑(Region)であっても、一つの市町村からの収穫が85%以上であれば、その市町村名を記載できるとしている。

(2) 肩書(プレディカートPrädikat)の継承

 ドイツワイン規則の最終決定までは、カビネット、シュペートレーゼといった肩書は、畑名ワインのうち、残糖度20g/ℓ以上の甘口に必須の呼称とし、カビネットとシュペートレーゼについては、例外として辛口・中辛口(trockenもしくはhalbtrocken)を併記してもよいことになっていたが(第39条第1項の3のe及びf)、この規定は削除された。
 連邦参議院議決によれば、地理的呼称範囲に基づく格付けと、収穫時の果汁糖度に基づく肩書システムの混在は、消費者を混乱させるためであるとしている。「例えばオルツヴァインや生産地域呼称(g.U.)ワインに、引き続きトロッケンから甘口までの肩書を表記できるとしたら、これは消費者にほとんど説明不可能である。さらに多くの生産者は、『シュペートレーゼ・トロッケン』を、単一畑もしくはそれよりも地理的範囲の狭い区画名を名乗るワインに用い、最上の品質階級のワインとしていることが多い」と、削除の理由を述べているが、いまひとつ要領を得ず歯切れが悪いのは、決議に難航したことを伺わせる。(参照:Microsoft Word – TOP069=0175-21(B)=1002.BR-26.03.21 (bundesrat.de))。
 この規定の削除は、単一畑の甘口のみに肩書(プレディカート)を限定しないことになり、オルツヴァインやレギオン、生産地域名ワインにも、従来の肩書と辛口・中辛口の表記をしてもよいことになるだろう。確かに、カビネット・トロッケンは、低アルコール濃度の辛口として、モーゼルの個性をよく表現したスタイルとして認知されているので、存続させるべきである、という意見も根強い。この削除が肩書の廃止を意図しているのはなく、甘口以外への使用の制限を回避したということであれば、現在のドイツワイン法の複雑さやラベル上の煩雑さは、そのまま持ち越されることになる。

3.改正ドイツワイン法雑感

 上記は新しいドイツワイン法およびドイツワイン規則のごく一部であり、消費者にとって最も関心の高い部分として抜粋した。この他興味深い規定としては、公認されていないブドウ品種であっても、一事業所あたり0.1haまで許可なく試験栽培として栽培可能で、それから醸造したワインを2000ℓまで販売することができるという規定や(第6条第1項及び第2項)、極端な気候に対して速やかに対応するため、各産地の保護委員会が生産規定を一時的に変更できるとする規定(第20a条)が盛り込まれている。

 1971年のドイツワイン法から半世紀を経てようやく、温暖化の進む現在の栽培条件に適合した法的制度が導入された。ただ、従来の肩書の使用を単一畑の甘口のみに限定しなかったのは、禍根を残すことになるだろう。なぜなら、ドイツワインを最もわかりにくくしているのは、収穫時の果汁糖度に基づく肩書—糖度が高いほど高くなる—と、それに相反するような味筋の表記—発酵後の残糖度によって区別される—が、様々な組み合わせで存在しているというラベル上の表記だからだ。

 エクスレからテロワールへと、一見すると大きく舵を切ったように見えるが、肝心かなめの部分で従来通りの制度が残されてしまった。今後、2023年産までは各産地の保護委員会で、制度の運用が議論されることになる。もしも、肩書の運用を甘口に制限し、ブドウ畑や区画を指定してグローセス・ゲヴェクスとエアステス・ゲヴェクスに認定する保護委員会が登場すれば、ドイツはフランスやイタリアにならぶ、テロワールが格付け基準のワイン生産国になったと言えるだろう。
 ただ一方で、ドイツワインならではの繊細さや、酸味を生かした味わいのバランスを、国際的な競合の中でアピールするには、現在の肩書や味筋の表記が相応しいという見方も理解できる。革新と継承のせめぎあいの中で、今後ドイツワインがどのように変わっていくのか、注目したい。 

 

北嶋 裕 氏 プロフィール:
(株)ラシーヌ輸入部勤務。1998年渡独、2005年からヴィノテーク誌に寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)や個人サイト「German wine lover」(https://mosel2002.wixsite.com/german-wine-lover)などで、ドイツワイン事情を伝えてきた。2010年トリーア大学中世史学科で論文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得し、2011年帰国。2018年8月より現職。


 
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