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ファイン・ワインへの道Vol.57

クリムトの国。オーストリアの白に花束を。

 ハイドン、モーツァルト、クリムト、フロイト、そしてルドルフ・シュタイナーを生んだ国、オーストリア。 2018年、2019年、この国の特に白ワインの品質が、渾身の力で祝福したくなるほど劇的な素晴らしさ になっていることをお伝えしたいと思うだけで・・・・・・どうにも興奮が抑えられません。しかもその輝かしい果実味の躍動感、美しく走る酸の多層性と透明感あるワインは、小売価格わずか2000円ほどのものにさえ、まばゆく漲っているのですから ”もう黙っちゃいられねぇ” という感じです。
 もちろん。「フランスとイタリアの有名生産者をチェックするだけで手一杯。オーストリア? そこまで手が回らないし、手を回す気もないよ」、とおっしゃる方々のお気持ちも分かります。ちょっと前まで、ボルドーとブルゴーニュで手一杯で、アルザスなんてどうでもいい、 と多くの方々がおっしゃっていましたし。

 ともあれ。特に、 ヴァイングート・スールナー、マーティン&アナ・アーンドルファー、エルンスト・トリーバウマーの3社の白、2018、2019(もちろんクリスティアン・チダの白、2018も)は、オーストリア・ワインの歴史を書き換える、新たな金字塔的ヴィンテージとさえ思えるほどの傑出した出来映え。 アルプス山脈の最高峰はモンブランの4,810M だと思っていたら、それよりも500 M 近くも高い山が突然出現した、とでも思えるような輝きがあります。
 これほどまでの成功要因は何なのでしょう・・・・・? もちろん生来生真面目なゲルマン気質での長年に渡る真摯なビオロジック栽培、及びナチュラルなワイン醸造が功を奏したという面は要因の一つでしょう。
 そしてやはり、強く感じるのは、地球温暖化の恩恵です。フランス、イタリアの伝統産地を苦しませる急激な温暖化は、どうもオーストリア(やドイツ)では、少なくともワイン造りにはプラスに働いているようなのです。

 オーストリアの主なワイン産出エリアは緯度ではブルゴーニュのボーヌとシャンパーニュのランスの間で、そう北の国でもないわけです。とはいえ大西洋の暖流(メキシコ湾流)の恩恵をたっぷり受けるフランスと、 小さなアドリア海からの海風を受けるといえど南部のみのオーストリアは、フランスよりは少し寒冷でした。 それゆえここで赤ワイン品種にブラウフレンキッシュ、ツヴァイゲルトなどが選ばれた理由は、最高に美味しい、というよりは寒い年でもなんとかある程度タンニンとストラクチャーのあるワインができたから、という要因かと感じます。ところが2015年以降、連続した暖かさで「シラーやカベルネ・ソーヴィニヨンなど、この国では完熟することが難しいとみなされていた品種さえ素晴らしい成果を残している」とさえ現地メディアは語っています。 
 また例えば、たった10年少々前の2008年の収穫は10月後半と11月前半、その10年後、2018年の収穫は、中部ブルゲンラントでは地域により8月からスタートしたワイナリーもある、とのこと。
 まさに、ザ・温暖化、定着。後戻りなし、の様相であります。
 ともあれ、昔はぶどうがある程度熟するギリギリの環境だった場所が、 十分な暖かさと太陽を得て、ブドウそしてワインが、それまでは見せなかった表情の伸びやかさ、朗らかさ、華やぎ、豊かさを 、見せ始めているのです。
 そんな、近年のオーストリア・ワインの開花ぶりは、まるで一面の広大なバラ園の花が咲いていく動画を、超早送り映像で見るような印象、もしくはグスタフ・クリムトの絢爛豪華な絵画を想わせる様相とさえ思えます。
 ちなみに怪物クリスティアン・チダは2018年について「前例がないほど暑かった年で、ワインのバランスが心配だったが、いざ出来上がってみると未曾有の奥行きと深遠さのあるワインになった。このヴィンテージで、僕のワインは、今までにない全く新たな次元に突入した」と誇らしく語りました。(生産者にとっても、ここまでの暑さは不安要素だったわけですね。しかしチダのワインは、既に今まで完全に異次元の偉大なワインだったのですが・・・・・)。

 また、2019年の世界ソムリエチャンピオン、 マルク・アルメルトもつい最近、こうコメントしています。
「ここ10年でオーストリアは非常に進歩し、成長した。品質と価格のバランスがとてもよく、ソムリエやワインバイヤーがリストに載せるには最適なワインです。多くの主要なワイナリーでは二代目、三代目が育ち、興味深い時期を迎えています」。そして実際、彼がヘッド・ソムリエを務めるチューリッヒのホテルでもグラスおよびボトルで 何種類かのオーストリア・ワインを提供しているそう。(ちなみに彼が同じインタビューで同様に注目したい産地として語っているのはポルトガルとギリシャでした。)

 そんなオーストリア・ワインの”見逃せなさ”に、世界はとっくに気づき始めています。なんと、COVID19でフランスやイタリアのワイン産地の多くが輸出対前年度マイナスに苦しむのを尻目に、オーストリアは2020年度も、輸出は金額ベース数量ベースとも伸長。 金額ベースでプラス+2.4%、数量ベースでプラス6.3%の伸びを見せています。輸出国別ではドイツ、スイス及び北欧諸国が伸びて、日本はマイナスでした・・・・・。

 それでも・・・・・・冒頭に2,000円のエントリー・レベルのワインでさえ目を見張るような出来栄えと書いた瞬間、「2,000円のワインなんて所詮安物」と反射的に見下す方々も少なくないようです ( このコラムの読者の方にはいらっしゃらないかと思いますが)。 でも昔は、アンリ・ジャイエのヴォーヌ・ロマネが5000円くらい、コシュ=デュリのアリゴテは3500円ぐらいでしたよね。 それがそれぞれ50万円、3万5000円になったのは美味しさや、畑やセラーでの仕事量が10倍100倍になったからですか? 違います。味は全く同じ。ただ、その美味しさが世界に「発見された」、からでした。良いワインは十分、2000円、3000円、5000円といった価格帯で造れますよ。
 昔、リッジのポール・ドレイパーにインタビューした際、彼はこうも語っていました。「僕がワインを勉強し始めた頃”教科書”として飲んでいた、61年のラトゥールやオー・ブリオンなどなどはほとんど一本30ドルから45ドルまでの間だった。繰り返し何度も飲んだ。」と語っていました。何のためにそんな話を持ち出したかと言うと・・・・最高額ワインでさえ原価は 私たちが思っているほどのものじゃない、ということが言いたかったわけです。 
 ともあれ。オーストリア・ワイン。特に白の偉大さは、まだアメリカやBRICS諸国など、世界規模では発見されてない、と言っていい段階でしょう。彼らが発見し終えて、値段が上がって、上がった値段を見てやっと安心して手を出すのか。 もしくは、先に自ら探査に乗り出すのか。
 さて、どっちが賢明、かつお得でしょう?

追伸: 

 この原稿を書いている時点では、クリスティアン・チダ、シュナーベル、セップ・ムスター、つまりオーストリアのフェラーリ、ランボルギーニ、ロールス・ロイス級スター生産者の2018のほとんどの主要キュヴェは、まだ日本に届いていません。彼らの2018、そして2019の主要キュヴェを想像するだけで・・・・・たぎりませんか、全身の血が。 

 

今月の、ワインが美味しくなる音楽:

声そのものが春風。メロウ・ラテンのナチュール感。 

Natalia Lafourcade 『Soledad y El Mar』

 ボサノヴァ、及びメロウ・キューバ音楽の影響を大きく受けたメキシコ音楽でしょう。もちろんこのコーナーで取り上げる音ですから、ゆったりとスロー&メロウ。このシンガーはメキシコの元アイドル? として人気を得た後、この名作シングルを含む6作目のアルバムで、完全アコースティックな伝統的ラテン・カンシオーンへ回帰。バックを務めるおじいさんギターコンビ、ミゲール・ペーニャ&ファン・カルロス・アジェンデの、ゆるさの中にピッと凛々し背筋の伸びがあるギターも、本当に甘美です。アルバムでは10曲めにキューバのレジェンド、オマーラ・ポルトゥオンドも参加。
 まさに、春の心地よく暖かい風をそのまま音にしたような一曲。オーストリアの白、またはロゼ の美味しさが倍増します。

https://www.youtube.com/watch?v=gd4jntP0tco

今月の言葉:

真の発見の旅とは、新たな風景を探すのではなく、新たな視点を持つことなのだ。 
                       マルセル・プルースト 

 

寺下光彦
ワイン/フード・ジャーナリスト
「(旧)ヴィノテーク」、「BRUTUS」、「MEETS REGIONAL」等に長年ワイン関連記
事を寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン 大阪校」、自然派ワイン、および40年以上熟
成イタリア・ワイン、各クラス講師。イタリア、ヴィニタリーのワイン品評会・審査
員の経歴も。音楽関連記事も「MUSIC MAGAZINE」に約20年、連載した。


 
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