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ドイツワイン通信Vol.114

リースリングとソムリエ

 お彼岸を過ぎ、今年も桜の季節となった。ラシーヌのオフィス前にある公園の満開の桜の下には、お昼時になると近隣のオフィスの人々が集い、桜を愛でながら昼食を楽しんでいる。
 もはや旧聞に属すが(2010年のこと)、ザ・ニューヨーク・タイムズ紙の主席ワイン評論家Chief wine criticエリック・アシモフは、春になるとリースリングが飲みたくなるとか。今がまさに、その時だ。
「私の理想の世界では、春の到来を寿ぎ祝うグラスにあるのは、モーゼルのリースリング・カビネットだ。それは華やかで繊細で、春先に最初に咲いた一輪の花のように可憐だが、完璧なバランスに由来する、しなやかな強靭さがある。それは儚く、印象を押し付けるのではなく何かを想起させ、しつこくなく軽やかに振る舞い、精妙なニュアンスで語りかけ、大声をあげない」。
(参照:”A German Riesling That Embodies Spring”, The New York Times, April 12,2010; https://www.nytimes.com/2010/04/14/dining/reviews/14wine.html

リースリングの魅力

 アシモフにとって、繊細に語りかけるモーゼルのリースリングと向き合うひと時は、都会の喧騒からはなれて、静かにおだやかにワインと向き合う至福の瞬間なのかもしれない。アシモフだけでなく、NYではリースリングは人気があると、しばしば聞く。なぜだろうか。
 2003年から2012年までNYで活躍してきたソムリエ梁世柱氏は、自他ともに認めるリースリング好きだが、リースリングの魅力の要点を5つ挙げている。
  ・ブドウ品種の明確な個性
  ・スタイルの多様性
  ・高貴品種の名に恥じぬ品質
  ・料理との幅広い相性
  ・コストパフォーマンスの高さ
   (参照:SommeTimes【リースリングの聖地ドイツのグランクリュは、本当に世界最高か?】2020.12.1)

 一方、リースリングの伝道師としてつとに知られるNYのソムリエ、ポール・グリーコPaul Grieco氏は、リースリングを語る時はまず、「信念は嘘よりも危険な、真理の敵である」という、ニーチェの格言から始めるという。つまり、リースリングとはこういうものだという思い込み-例えば、ただ甘いだけ-を、まずは捨てさせなければならない。そして豊かな酸があるゆえに、辛口から甘口まで多様なスタイルを高い完成度でこなす、信じられないような能力を持つことを相手に認識させる。さらに産地によってスタイルも異なるので、リースリングを勧める際は幸か不幸か、お客とのコミュニケーションが欠かせないのだという。(参照:Riesling Guide with Paul Grieco | Tasting Table) 
 NYのリースリング人気のきっかけの一つとなったのは、おそらくグリーコ氏が2008年に始めた「サマー・オブ・リースリング」と称するイベントである。今は全米500店舗以上が参加する一大ムーブメントに成長したが、その発端はグリーコ氏のレストランで7月から9月までの3か月間、白のグラスワインを30種類以上のリースリングだけにしたことだ。仮にお客が「ソーヴィニヨンブランが飲みたい」と言っても、開いている白ワインのボトルはリースリングだけ。グリーコ氏は会話の中でお客が本当はどんなワインを飲みたいのかを探り、それにあうスタイルのリースリングを提供した。それで成功したのはやはり、梁氏の言うところの高貴品種の名に恥じぬ品質とスタイルの多様性、そしてグリーコ氏のコミュニケーション能力の高さも当然あるだろうし、NYの夏の暑さも一役買っているに違いない。(参照:Follow that Somm – Paul Grieco of Terroir Talks Riesling – Wine4Food (myftpupload.com)
 グリーコ氏のサマー・オブ・リースリングと同じ頃、日本でも有坂芙美子氏が中心となってリースリング振興団体「リースリング・リング」を2009年に立ち上げ、毎年試飲会を開催していた。だが、私の知る限りでは運営の人手不足により、残念ながら2018年を最後に活動を停止している。昨年はコロナ禍で開催を見送らざるを得なかったのだろう。今後の活動再開が期待される。(参照:Riesling Ring (リースリング・リング))。

ドイツが苦手なソムリエ達

 日本でのリースリング、ことにドイツのリースリングは、日陰にひっそりと咲く花のような趣がある。リースリングが大好きだと公言するソムリエは、ブルゴーニュが好きだというソムリエよりもずっと少数派だ。リースリングを語るならドイツワインを避けて通れないということもあり、リースリングに苦手意識を持っている人も多いのではないだろうか。なぜなのか? 長年NYでソムリエとして働いていた木山ヒロミさんはこう書いている。
「特にリースリングの本場であるドイツは、ニューヨークでのソムリエ修業時代、とにかく覚えるのに苦労した、私にとっては苦手なワイン産地だったのです。おそらく、同じような苦手意識をもっているのは、私だけではないと思います。
 英語と似ているようで理解不可能なドイツ語、成熟度に基づいた独特の格付けなど、難解でとっつきにくいドイツのワイン法、曲がりくねった河川沿いに集中する複数の産地、おまけに、長い数列で(暗号のように)表現される情報」。(参照:ブドウ畑をワインで描写する画家 (sommetimes.net)

 共感される方も多いことだろう。それでも木山さんはNYでソムリエ試験のために、13生産地域を覚えることからはじめて、発音しやすいモーゼルとラインガウに山を張り、寸暇を惜しんで勉強したという。一方日本では、2000年代の終わりごろの一時期、ドイツがソムリエ呼称資格試験の対象範囲ですらなかったことがあったと記憶している。その後もワインスクールの試験対策で「ドイツは覚えなくてもいいので、他でポイントを稼いで下さい」と指導する講師さえいたらしい。ドイツワインなど知らなくても、フレンチやイタリアンの需要が圧倒的な飲食業界で働くには差し支えない、ということなのだろう。ドイツワインにとっては肩身のせまいことである。

飲食業界とワインの関係

「ワインの需要は、飲食業界の流行に大きく左右されます」と、私の知人で、ドイツを含むヨーロッパのワイン生産国十数カ国を、一人で旅した経験を持つソムリエの延命大作氏は言う(参照:プロフィール|延命 大作|note)。つまりこうだ。80年代後半からカジュアルで洒落たイタリアンが台頭した時(いわゆる「イタ飯ブーム」)は、それまでのフランス・ドイツ一辺倒から風向きが変わり、イタリアワインの輸入量が増えた。2000年代にカウンターが中心とした店構えのバル・ブームが起きたときは、ハモン・セラーノとスペインワインの輸入が大きく伸びたこともあった。
 こうした飲食業界の動向とワイン需要の連動は日本に限った現象ではなく、例えば1990年代にアメリカでイタリア料理が流行り、いわゆる『ニューヨークイタリアン』が台頭した頃、カリフォルニアではサンジョヴェーゼの栽培面積が6倍に増えたことがあった。「だからもし、日本でドイツレストランが増えれば、リースリングをはじめとするドイツワインの消費はおそらく増えるでしょう。しかしながら、ドイツの星付きレストランはフレンチをベースにしていますし、かといって家庭料理を外で食べるほどに昇華できるかといったら難しく、ヴァリエーションも限られます」と延命氏。さらにドイツレストランでは、飲み物は一般の人に馴染みの少ないワインではなく、慣れ親しんだビールに流れる傾向が強いだろうと容易に想像がつく。もしかしたら、仮にドイツレストランが増えてもドイツワインの消費への影響は、食文化のワインとの結びつきが強いイタリアやフランス、スペインとは違って、やや限定的に留まるかもしれない。ドイツワインを飲んでもらうには、どこであっても仕掛けやコミュニケーションが必要となるだろう。

ドイツワインの真価

 そんな訳で今の日本には、これまでドイツワインをほとんど勉強しなかったため、ドイツに苦手意識を持つソムリエやプロ達が多いようだ。おそらくそこが、NYのリースリング人気と日本の不人気を分ける原因の一つとなっているのではないだろうか。
「ドイツワインの品質は間違いなく、世界最高峰の一つです。ドイツワインに明るくないソムリエも、それは薄々感じています」と、延命氏は言う。「彼らに自信を持ってもらうことが大切です。ドイツワインに対して自信を持てなければ、どうしてお客様にセールス出来るでしょうか? あれほどエレガントなドイツワインが、現代フレンチやモダンイタリアンに合わない訳がありません」。延命氏の饒舌はとまらない。「2013年に無形文化遺産に指定された『和食』も、素材を重視した軽やかさや、軽い火入れが持ち味となっています。ワインも低アルコール濃度でエレガントなものが評価されるようになってきました。ドイツワインの魅力は、まさにそこです。世界一美しく、緻密で豊富な酸は唯一無二であり、デリケートな前菜系の料理-モダン・フレンチでは、メインの肉料理まで7皿くらい続くこともあります-に汎用性があります。まさに今求められているスタイルこそドイツワインなのです!」。延命氏は10月にワインビストロを開店し、ドイツワインも充実させるという。今から楽しみだ。

発信される情報の質の向上

 ドイツワインを学べる機会はこれから増えていくはずだ。例えば、ドイツワイン公式広報団体ワインズ・オブ・ジャーマニー日本オフィスでは、2020年からGerman Wine Academy資格認定制度を開始した。現在ワインスクールなどに所属する31名の公認講師がいて、彼らが今後日本各地でセミナーを行い、ビギナー、アドバンス、エキスパートの3段階の資格認定者を広めていくという(ドイツワイン | German Wine Academy(ジャーマン・ワイン・アカデミー) (winesofgermany.jp))。また、ドイツワイン愛好家の団体である日本ドイツワイン協会連合会でも公認講師制度を2018年に立上げ、現在6名の講師を認定している(一般社団法人日本ドイツワイン協会連合会 セミナー講師認定制度 (dwgjp.com))。他にもドイツワイン専門のインポーターが、コロナ禍の中でしばしばウェビナーを開催したり、WSET Diplomaを取得したドイツワイン愛好家が、ワインスクールで最新事情をレクチャーしたりする例もある(Diploma Study Session vol.43 ー丸尾編ー | ワイン | キャプラン株式会社 (caplan.jp))。
 また、ラシーヌでも昨年はイミッヒ・バッテリーベルクのゲルノート・コルマンと、リタ・ウント・ルドフル・トロッセンのルドルフ・トロッセンのウェビナーを開催したが、今後は定期的にドイツワインセミナーを開催する予定だ。

 そしてドイツワイン法の複雑さに苦手意識を持っていた人々に朗報がある。これまで独自路線を歩んできたドイツワイン法が今年改正され、EUの他の生産国と同じ地理的呼称範囲を基準にした格付けに変更されたのだ。(参照:ドイツワイン法及びワイン規則の改正|齋藤 通雄|note)。改正されたワイン法には移行期間が設けられ、ラベル上の表記など、まだ不透明な部分も多々あるが、フランスやイタリアと同じ格付け基準となったことで、ドイツワインに対する心理的な抵抗は、いくらか軽減されるのではないだろうか?

 今回紹介したリンクからもわかるように、ドイツワインについて発信される情報の質は、数年前に比べると格段に向上している。そんなところからも、ドイツワイン復興の胎動が感じられる今日このごろである。 

 

北嶋 裕 氏 プロフィール:
(株)ラシーヌ輸入部勤務。1998年渡独、2005年からヴィノテーク誌に寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)や個人サイト「German wine lover」(https://mosel2002.wixsite.com/german-wine-lover)などで、ドイツワイン事情を伝えてきた。2010年トリーア大学中世史学科で論文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得し、2011年帰国。2018年8月より現職。


 
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