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ドイツワイン通信Vol.113

公開日: : 最終更新日:2021/03/01 北嶋 裕の連載コラム, ライブラリー, 新・連載エッセイ

2020年産モーゼルの味わい予想

 先週末、20℃を超す暖かさで庭の梅が満開になった。その前の週に日当たりの良い枝から咲き始め、次第に西側の、日陰になった下の部分の枝へと広がっていった。フェイスブックを開くと出てくる、数年前の開花よりも、今年は少しタイミングが遅いようだ。それでも、うららかな陽気の週末に満開の梅を満喫することが出来たのは、幸せなことだった。

 3月に入ると、ドイツではそろそろ新酒の試飲会が始まる。毎年3月下旬にデュッセルドルフで開催される、世界最大規模のワインメッセProWeinは、来年に延期されることが早々と決まった。例年ならば3月中旬の週末、モーゼル中流のヴェーレンにある醸造所に、近隣の生産者達が集まる新酒試飲会もおそらく、ロックダウンが続くこの状況では開催は難しいだろう。VDPが毎年4月下旬に、マインツで開催する大規模な新酒試飲会は、今年は7月4・5日に開催予定だが、日本から参加できるかどうかは、ワクチンの接種状況次第かもしれない。 

2020年の栽培・収穫状況

 新酒試飲会への参加が難しいのであれば、とりあえず栽培・収穫状況から2020年産の味わいを想像してみることにしたい。まずはDWIドイツワインインスティトゥートが、昨年公表した報告だ。生産者からの供託金が主な資金源の広報団体なので、ネガティヴなことは短い言及に留めるか、ニュアンスをぼかして表現することが多いことを念頭に置いて、一通り目を通してみよう。Weinjahrgang 2020: Blick in die 13 deutschen Anbaugebiete (deutscheweine.de) 

「旱魃、高速収穫、そして最高の品質
 春先は暖かく晴れた日が多く、4月には新梢が芽を出した。だが、ちょうど5月中旬の氷の聖人の祭日(訳注:5月11~14日)に厳しい寒さが戻り、フランケン、ザクセン、ヴュルテンベルクの一部で霜害に見舞われ、収穫量が減った。
 過去30年間の平均よりも8~10日ほど早い、5月末には開花が始まった。その結果、多くの生産地域では8月末には収穫本番を迎えた。真夏のような暑さと晴天が続いたことで、多くの品種が同時期に熟し、収穫作業を急がねばならなかった。早朝か夜間の涼しいうちに収穫し、ドイツワインに典型的なフレッシュな味わいを保とうとする生産者も多かった。9月中に収穫を終えたところも少なくなく、2020年は『ターボの秋』として記憶に残るだろう」

 これ続いて13の生産地域の報告があるが、ここではモーゼルの報告を要約する。これも、産地の広報団体がDWIに提出した公式発表であることを念頭においておきたい。

「モーゼルには『妬ましい秋』という言葉がある。蛇行を繰り返して全長230kmにわたるモーゼル川沿いのブドウ畑では、人生最多の収穫に喜ぶ生産者がいる一方で、そのすぐ近くの村で、ほとんど収穫がないことを嘆く生産者がいるという塩梅だった。ただ、共通していたのは、長期の旱魃に特徴づけられた年が3年続いたということだ。つまり、その村に雨がどれだけ降ったかで、勝敗がわかれたのだ。ただ、モーゼル全体として見た場合、大幅に収穫量の少なかった2019年に比べれば、2020年は平年より約10%多かった。さらに旱魃で病気が発生しなかったのも幸いだった。健全に熟し、酸もほどほどなブドウが収穫され、凝縮したアロマのフルーティな、モーゼルらしいワインになるだろう。とりわけ、軽く繊細で果実味の明瞭な、カビネットに好適な生産年だった」。

 では次に、モーゼルの生産者がサイトで公開している、収穫報告を2件見てみよう。一つはモーゼル中流ミュルハイム村のMax. Ferd. Richter醸造所のものだ。(Erntebericht-2020-Ein-Jahrgang-wie-keiner-zuvor.pdf (maxferdrichter.de)、生産者の訳出引用許可済)
 「コロナの世界的流行で、一年を通して大変な年だった。それはブドウの生育には、あまり関係がなかったが、ブドウ畑やセラー、醸造所の運営や販売で、様々な対応を迫られた。販売面では2019年10月から、WTOに承認されたアメリカ政府の報復関税で、手痛い損害を被っていた。その上2020年3月に始まった、世界的なレストランの閉鎖と、感染予防措置としてのワインショップの閉店で、4・5月の営業成績は再び落ち込んだ。精霊降誕祭(訳注:5月31日)からのホテル、レストラン、ショップの再開で状況は好転し、夏から11月初旬のロックダウン再開まで、ドイツ各地から訪れたモーゼルで休暇をすごそうという人々が、ひっきりなしに醸造所にやってきた。輸出も予想に反して、東南アジアを中心に夏には回復した。

 今年の収穫は『妬ましい秋』と言われているように、遅霜や雹、豪雨、カビの蔓延による被害を受けた生産者もいたが、幸い我々のブドウ畑は無事だった。ここ数年続いて慣れてしまったが、冬らしい冬がなかった。4月は晴天と雨が入り交じってブドウは順調に発芽し、5月初旬の雨で成長が促進された。その後好天が続いて、順調な生育条件となった。5月末には開花がはじまり、6・7月の暑さでブドウはすくすくと成長した。旱魃ストレスは我々の畑には見られなかった。一部に日焼けの被害が出たものの、とりたてて言うほどのものではなかった。ブドウの成熟は平年より3週間ほど早く、速やかに熟したが、旱魃と暑さは昨年・一昨年ほど厳しくはなかった。

 収穫を始めたのは9月13日で、9月末にはリースリング・カビネットになるブドウを収穫。10月上旬から天候が変わりやすくなり、しばしば作業の中断を余儀なくされたが、気温が下がったおかげでブドウの状態は良好に保たれた。収穫量は予想を上回ったが、果汁糖度はシュペートレーゼやアウスレーゼの基準になかなか到達しなかった。それでも少量だがTBAが収穫出来た。収穫を終えたのは10月19日。酸度はだいたい2019年と同じ水準で、2020年産は2016年産に通じるものになるのではないかと思う」

 いつもよりも大変な年だったことが伝わってくる。記述の内容は、モーゼルの生産者団体の公式声明とおおむね合致しているが、旱魃と暑さにもかかわらず、果汁糖度がそれほど高くならなかったのは、おそらくブドウ樹の渇水ストレスから、糖分の光合成が滞ったためだろう。

 次に、もう一軒別の生産者の報告を見てみよう。モーゼルの支流ルーヴァーに醸造所があり、ザールからモーゼル中流域にかけてブドウ畑を所有する生産者Reichsgraf von Kesselstattの報告だ。(Reichsgraf von Kesselstatt | Jahrgangsberichte, 生産者の訳出引用許可済)

 収穫開始:9月15日、収穫完了:10月19日、平均収量:67hℓ/ha
 冬は2月の大雨を除けば乾燥していた。春先は乾燥して温かく、若芽は急速に成長した。暖かい気温に恵まれて、モーゼル中流域の急斜面のブドウ畑では4月初旬に、ザールとルーヴァーでは7日前後おくれて、速やかに新芽が開きはじめた。ザールとルーヴァーの支流の渓谷にある二つの区画で、4月と5月に遅霜の被害があり、多くのブドウ樹は改めて新芽を伸ばしたが、そこに実ったブドウの成熟はやや遅れた。6月上旬から中旬にかけて開花し、結実してからの房の成長は、雨と低温にもかかわらずスムーズで、収穫量にもほとんど影響しなかった。
 モーゼル中流で局地的に強い雨が降ったことを除けば、2020年の夏は日照りの夏だった。8月上旬に突如として訪れた強い日差しをともなう熱波は、一部のブドウ畑に日焼けのダメージを与えた。ただその後も温暖で乾いた天候が続いたおかげで、カビの繁殖はほとんどまったくなかった。
 こうして9月中旬に収穫を開始し、晩夏の暑さの中でほとんど健全な、生理的にも申し分なく完熟した収穫を得た。収穫の後半は平均気温が10℃前後まで下がり、雨がちとなった。3日間休んだ後、日差しの中でTBAを収穫し、2020年の収穫を終えた。平均した果汁糖度は約85°エクスレで完熟しており、様々なスタイルの、とりわけテロワールの特徴が出たラインナップを醸造するのに、うってつけの素材を得た」

《2020年産ワインの味わい―ポイント》 
 さて、以上の収穫レポートとともに、生産者にも評価の高い無料リサーチペーパーMosel Fine Wines Issue No. 55 (January 2021)を参考にすると、2020年産のワインの味わいのポイントは以下の2点となる。(www.moselfinewines.com)
 ・ここ数年の傾向に反して、果汁糖度がそれほど上昇せずにカビネットの水準にとどまった。10月まで収穫を続けた生産者の収穫はシュペートレーゼのレヴェルに届いたが、全体的な傾向としては、辛口でもアルコール濃度は控えめなワインが例年よりも多いだろう。(果汁糖度85°エクスレの場合、潜在アルコール濃度は11.4%)
 ・10月上旬の雨と気温の低下により、果汁糖度の上昇は引き続き抑制された一方、酸度は保たれた。全体を判断するのは早計だが、2020年はドイツで気象観測史上最も暑い年の一つだったにもかかわらず、エレガントで透明感のあるワインが特徴となるだろう。 

2019年産と2020年産はどちらが買いか

 では、2019年産と2020年産、二つの生産年のワインがリストに掲載されていた場合、どちらを選ぶべきだろうか。2019年産の、2020年との相違点は以下となる。

 《2019年産の特徴》
 ・ザールとルーヴァーでは、5月5・6日に氷点下となり、収穫の約25%が失われた。
 ・開花時期は6月上旬から下旬にかけてと幅があり、2020年よりも1~2週間前後遅かった。 
 ・2018年に続く記録的な猛暑で、7月末にはザールで最高気温41.6℃、8月末にも35℃に達した。モーゼル中流では8月上旬に十分な量の雨が降ったが、日焼けで干からびたブドウも多かった。
 ・9月中旬までは暖かく乾燥した日が続き、夜間の気温も下がり、成熟には理想的だった。
 ・9月末から雨がちとなり、猛暑で厚くなった果皮が、雨水を吸って裂け始めた。気温も高めでカビと腐敗が広がったため、高品質なワインを醸造するためには、徹底的な選果が欠かせなかった。幸い貴腐菌が多く、果汁の濃縮と独特な風味が加わった。

 《2019、2020の比較—結論》
① 総体的印象
 以上からすると、開花時期が遅く、収量が絞られた2019年は、凝縮感があり複雑で、フォーカスの定まった味わいだと言えそうだ。アルコール濃度が低めで、軽やかで繊細な、モーゼルワインに典型的な味わいとなりそうな2020年産と比べて、どちらが良いとは一概には言えないが(そもそも、2020年産はまだ飲んでいない)、てんぷらなどの和食に合わせるなら2020年産、味わいのしっかりした肉料理なら2019といった感じで、使い分けることが出来そうだ。
② 貴腐の年とアイスヴァインの年
 また、2019年と2020年の違いとして挙げておかねばならないのは、前者がベーレンアウスレーゼやトロッケンベーレンアウスレーゼといった、貴腐ワインの生産に向いた年だったのに対して、後者はアイスヴァインの当たり年となったことだ。2019年は秋に貴腐ブドウが収穫出来たので、アイスヴァインの収穫のため、樹上でブドウが凍るのに必要な氷点下7℃以下の寒気を待つというリスクに賭ける生産者が、そもそも少なかった。一方で2020年は、11月30日には早くも最初のアイスヴァインが収穫され、翌年1月11、16, 17日と2月10, 11日にも十分な寒さとなり、ドイツはもとよりオーストリアでもアイスヴァインが収穫された。 

 2018、2019、2020年と3年、温暖な冬と夏の旱魃と猛暑に見舞われた生産年が続いたが、それぞれの個性がある。ちなみに2018年は収穫量が多く、酒躯が軽く酸度が控えめで、厚い果皮に由来するタンニンの軽い苦みを余韻に感じることが時々あった。ただ、それも生産者次第で、酸度の維持とアルコール濃度の抑制を優先して早めに収穫したものもあり、一概には言えない。
 今のところ現地を訪れて試飲することが叶わない以上、日本に到着したワインを飲み比べるより他はない。ドイツの生産者は3月から5月にかけて新酒をリリースすることが多いので、2020年産が到着するのは7月頃だ。届いたら、三つの生産年を比較する試飲会が出来ればと思う。 

附)温暖化とモーゼルの未来

 今年2021年の冬のドイツは、久しぶりに冬らしい、雪の多い厳しい寒さに見舞われている。だが、国際的に現在も平年気温として使われている1961年から1990年の平均からすると、1月の平均気温は平年よりも1.1℃あまり高いそうだ。

 ちなみに、2020年のモーゼル(正確にはモーゼルの上流寄りのトリーア)の年間平均気温は11.6℃(平年比+2.5℃)、年間降水量は657.9mm(平年の84%)、年間日照時間は1,953.9 (!) 時間(平年の124%)だった(https://www.wetterkontor.de/de/wetter/deutschland/monatswerte-station.asp)。ディジョンの1981年から2010年までの平均値が、年間平均気温10.9℃、年間降水量761mm、年間日照時間が1,848.8時間なので、近年のモーゼルのブドウ栽培条件は、ほぼ、かつてのブルゴーニュに匹敵すると言っても過言ではない。

 ドイツのピノ・ノワールを含む赤ワインの品質向上が著しいのもむべなるかなで、今後はおそらく、知名度があり売りやすい、ブルグンダー系品種の栽培面積が増えていくだろう。一方でリースリングは、近年の高温と乾燥に特徴づけられる栽培条件が今後継続したらならば、冷涼な立地条件や給水に恵まれた区画が求められたり、果汁糖度の上昇の抑制と酸度の維持を意図した栽培手法が重要になったり、果汁の酸度とpHに、より一層の注意を払った収穫と醸造が必要になったりするのではないだろうか。 

 

北嶋 裕 氏 プロフィール:
(株)ラシーヌ輸入部勤務。1998年渡独、2005年からヴィノテーク誌に寄稿するほか、ブログ「モーゼルだより」 (http://plaza.rakuten.co.jp/mosel2002/)や個人サイト「German wine lover」(https://mosel2002.wixsite.com/german-wine-lover)などで、ドイツワイン事情を伝えてきた。2010年トリーア大学中世史学科で論文「中世後期北ドイツ都市におけるワインの社会的機能について」で博士号を取得し、2011年帰国。2018年8月より現職。


 
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